太平の学園 ー 171

 カカシを空中で抱きながら、少年は告げる。

「救えた……」



 運動場に下ろされたカカシは尻餅をつき、涙目になりながら「なんで?」と少年に尋ねた。

「なんでアタシを救ったの?」

「理由を説明する必要があるのかい?」

「あるよ。アタシは死のうとしてたんだ」

「死んで何になるの?」

「KGのいない世界におさらばできるんだよ」

「漆畑経済は君にとっての何なんだろう」

「全てだよ。アタシの身体、精神、その全て」

「……」

「アタシはこの呪いを愛したんだよ」

 少年は俯いた。

「俺も高橋さんと同じだ」

 そして、さまざまな言葉を思い浮かべた。自らの母を名乗るスナイパー、自らの母を名乗る友人、自らに関わり続ける宿敵。彼らの言葉が目まぐるしく彼の精神を責め立てた。

「俺も、呪いにかけられたんだよ。それが魔術の呪いであるか、家庭の呪いであるかはともかくさ」

「何を言ってるの?」

「俺はそれに縛られた今の生き方が嫌で、呪いから解き放たれた自分を見つけようとした。そして、間違った。呪いってのは、自分で解けないから呪いなんだ」

「……うん、そうだよ。アタシだってそれを分かってるからこそ、変わることを諦めたんだよ」

「変わることを諦めていいなんて、俺は思ってないよ」

 少年は言った。

「でも、呪いにかけられた俺たちが呪いのない世界から始めようとするのは、変わろうとすることじゃないんだよ。それはきっと創るということなんだ」

「……」

「それは神にだけ与えられた禁忌さ。つまり俺たちは、創ることなんてできやしない。変わるしかないんだ。つまりさ、変わるなら、呪いを背負った上でどこまでも足掻き続けるしかないのさ。所与のものに安住せず、後天的に人生を転がり続けるしかないんだ」

「説教くさい話ならよしてよ」

「ああ。もう終わりにするよ。最後にこれだけは言っておく」

 少年は不可解が吸い込んで告げた。

「俺は君を大切にするために変わりたい。俺が今のままじゃダメだと思うのは、君がいるからなんだ」

「アタシにとってはそれがKGなんだよ」

「……少し待ってほしい」

 少年が手を握りしめる。

「せめて数日、いや一週間の猶予が欲しい。君が俺を大切だと認識するまでに要する時間だ」

「……」

「俺に惚れさせるよ、だから、ちょっと待って」

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