太平の学園 ー 169

 およそ全ての勢力が揃ったところで物語には適切な割愛が求められるであろう。もはやその状況において、漆畑経済が生み出したゲームは事のきっかけに過ぎなかった。

 漆黒猛虎を従える少年「鹿野明星」は、漆畑経済の正当な後継者として無数の花子を連れ能面学園一のプレイボーイの名を得た。彼の花子らに対する緩やかな支配は、学園側からは特段に危険視されることなく、学生の自由という大義名分によって適切に放置された。彼の親友である一人の女性「猪原智真美」は、ここに自らの親衛隊たちを白山飛龍ホワイトドラゴンと名付け、漆黒猛虎と全面対立した。彼らは普段の帰り道を共にしながらも、互いに牽制を続けた。彼らの間で二つの勢力について語られた会話は、大体以下のようなあらましを持っている。

「漆畑経済と同類になってどうするつもり?」

「僕にも考えはあるつもりだ。僕は君を守るために適切な男らしさを準備しているんだ」

「……あなたもあの薄ら間抜けと同じ病にかかってるのね。中学の頃のいじめのようなものを懸念しているのなら心配はいらないわ。すべて実力でねじ伏せてきたし、これからもそうするのだから」

「昨日、教科書無くしたでしょ?」

「……ええ」

「ホントに無くしたの?」

「真相は分からないわ。それゆえに邪推の必要もない」

「そういうことさ」

 教科書を盗んだのが彼自身であることは、この場では語られなかった。

 二つになった槍ン慈愛は、抗争の末、新たな生命のみが生存した。即ち、漆畑経済の反抗者の側が勝利するための一助をそこで担ったのであった。新たな生命の行方は、未だようとして知れない。

 母乳のスナイパーと死の工匠の戦いの顛末はいずれいやでも話すことになろう。少なからず二人の存在があったことは、カワセミが無数の雨宮翡翠を戦場に投入することを躊躇う大きな理由となった。

 少年の運命の女性はもちろん生きていた。こんなことで死なれては物語に水を差すこと請け合いであるから、語り手としても嬉しいことこの上ない。少年と運命の女性との関係に昨日よりも大きな発展があったこともなお良しである。二人の恋路を邪魔する奴らは、早々に退散するがいい。悪霊退散!!

 そして、悪霊の一人であるアブラムもまた生存して帰還した。ただし、翌日に学校では彼女についてこんな噂が付きまとうようになった。

「あの女、ロボットらしいぜ」

 噂の火元を紐解けば答えは容易いだろう。即ち、屋上で自らの正体を口にしたのが災いして、運命の女性は大胆な告発の機会を得たのだった。

 流血の闘狼は当人の努力も虚しく、強者としての負の側面である支配者の側にスポットライトを当てられ、学校からは畏怖される存在となった。ヒーローになるには彼には迷いが多過ぎたのである。

 そして、漆畑経済を巡る挿話の紛れもないヒロインであった彼女については、あらすじではなく明確にそのシーンの描写を必要とするだろう。さらば話を少しだけ遡る。

 事件の渦中、意識を取り戻した彼女は真っ先に屋上へ向かった。そして、そこにもはや存在しない漆畑経済の亡骸を認め、滂沱の涙を流した。

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