太平の学園 ー 166

 少年の力によって、多くの生徒が救われた。救われた者の多くは少年に感謝し、彼にはいつの間にか「英雄ひでお」の二つ名が与えられることとなった。

「ヒデーオ! ヒデーオ!」

 運動場で仁王立ちをする彼を取り囲んだ観衆が、そう声を上げる。それらの一人一人が彼に跪き、接吻し、身体を捧げることで忠誠を誓った。

 少年の自尊心がひとしきり満足したところに、一人の来訪者があった。

「……僕は一体何者なんだ」

 タコの四肢を持つ二足歩行の少年の登場を、少年は身をもって受け入れた。

「おー、君は槍ンジャーだったものじゃないか。そうだ、私の名はキャッチャー・イン・ザ・グラウンド。モラトリアムな君のような若者を抱き、漢にするための兵器なのだよ」

「……僕は槍ンジャーというのでしょうか?」

「ああそうだ、かつてはね」

「あなたの名は……?」

「私の名は、英雄のソネットだ。18番の背番号を背負った歴史の体現者というわけだ」

「そうですか……ならば僕があなたに歯向かえば、僕は魔王というわけですね」

「……有り体に言えば、そう」

「よく分かりますか」

 突如、少年の上空に槍が出現する。それが少年を串刺しにする前、彼の頭上を深☆痴が割り込み、凶器の降下の餌食となった。

「深☆痴!!」

 少年の叫びも虚しく、それは息絶えた肉片となって運動場に転がった。控え室へと帰らないその物体を見て、少年は戦慄した。

「……お前はこちら側か?」

「僕にあっちもこっちも無いよ。僕は魔王なのだから」

「魔王は自ら望むやつがあるか!」

「黙りなよ道化師。僕は他人からの承認なしには生きられやしないのさ。ならば僕は英雄になるしかないのかい? 違うだろう、僕に英雄の座を賜る資格や能力なんてものは無い。僕は魔王となることでしか誰かに認めてもらうことは無いのさ。だから僕は君を滅ぼし、このゲームに本質的な恐怖を与えるのさ」

 槍ンジャーだった魔王が降らせた槍の雨は、運動場にそれぞれ刺さって、自ずから立つ108の柱の一つ一つと化したのだった。奇跡的に直撃を被った生徒はおらず、土の煙幕だけがその場を覆った。

 少年は叫んだ。

「考え直せ!」

「考え直すだって? 僕は一度たりとも考えたことなんてない。だから考え直すなどという作業はそもそも存在しないのさ。僕は僕の生きるために、僕を生きるしかない」

 少年はたちどころに手から衝撃波を放ち、周囲の槍の柱を外側にそれぞれわずかに傾がせる。魔王も吹き飛ばされ、尻餅をついた。その隙に乗じて、彼は「逃げろ!」と周囲の生徒に叫んだ。

 少年が追撃をするために上空のハエを捕まえ、小姑コジュト蝸牛エルゴススム君へと至らしめたのだった。それは嬌声を奏でながら魔王へと突進を図った。

「そうやってお母さんのご機嫌取りばかりして骨まで遺産をむしゃぶりつくすつもりなんでしょ!?」

 魔王はその矮小な身体に腹部を這われ、鳥肌を立てた。それに対抗して放った彼の槍は、C・E・Sを風のたよりに紛れた塵へと変えた。少年が悪あがきに更にもう一体の生物を投下しようとした時、魔王の頭上に槍が出現した。

 それは魔王めがけて降り注ぎ、魔王の手で振るう槍によって弾かれたのだった。

「僕の片割れが何かを仕掛けてきているようだ……君と遊んでいる場合じゃない」

 魔王は踵を返し運動場を去った。少年は膝を落とし、溢れ出る動悸を抑えて深呼吸を始めた。その上空では、詩ッPが一匹のツバメの身体を自らの痩躯で射抜いた。

 彼の背後から、その身体を抱擁する柔らかな身体があった。「アブラムか?」という少年の問いに対して、それは答えた。

「ええそう、私はアブラム、あなたは人生の這う者クローラー

「……」

「よくやったわ。けれど、おかしな状況になってるらしいわね」

 背後から聞こえた猪原智真美の声に、少年は動悸が隠せなかった。

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