太平の学園 ー 165

 ミミズはすかさず少年の下に駆け寄って叫んだ。

「ちょっと、説明しなさい!」

 少年は大声に一瞬だけ怯えた後、知己の仲である彼女を認識し、安堵したような表情を浮かべた。

「おー、ミミズ。いいところに来た」

「要求に応えて? それが先でしょ」

「説明するには……すごく時間がかかる。俺にはこういう能力があって、今のもその範疇なんだよ」

「そうじゃなくて!」

 ミミズは彼の胸倉を掴んだ。

「そこの女は何者?」

 彼の視線が先ほどキスを交わした一人の少女へと向けられる。彼は首を傾げて「さあ」と答えた。

「誰かは別に知らないよ。俺はただ、彼女がゴキブリを持ってきたから、それを深☆痴に変えて、そのお礼に接☆吻をしただけだ」

「ゴキブリの対価がキス? うちを馬鹿にしてるの? ふざけないでくれるかな?」

「ふざけてなんかいないさ。これは俺と猪原智真美との間で結んだ契約関係なのさ」

「猪原智真美の馬鹿がキスを強要してるってわけだ? 雨宮さんとあなたを引き離すために」

 少年は彼女の言葉に露骨な嫌悪感を示す。

「あいつはそんなことしねェよ。キスは俺自身の意思でしてるだけだ。猪原智真美と契約したのは、俺が、そこら中の生物を味方につけるための算段なだけだよ」

「雨宮さんのことどう思ってんの?」

「本命の人間としかキスしちゃいけないのか?」

「本命の人間としかキスしちゃいけないね!」

「お堅い人間なんだな。アブラムという鉄壁の女を落とすためにはもっと積極――」

 彼女のトーキックが彼の鳩尾にさく裂する。彼は後方へ吹き飛んで、仰臥の姿勢に馬乗りを食らった。

「アブラムの名前を気安く出さないでくれる? うちは別にアブラムに恋してるつもりはないの」

「……はあ? お前のあの態度のどこが恋じゃねえってんだ」

「うちのキモさは知ってるでしょ? うちがどれだけ長いことアブラムを想像しながらひとりでしてると思ってるの? そうやって自分の手を汚す度に思うのよ! うち、キモって」

「決断力がねえんだな、てめえは」

「あんたに言われたくないわ!」

 ミミズの正拳突きが彼の腹部に再び衝撃を与える。彼は息苦しそうに深呼吸を繰り返す。

「お前の恋は成就が想像できねえ病なんだよ。それは一昔前の俺と同じだよ」

「あんたに何が分かるのよ」

「告白してみりゃいいじゃねえか。それで玉砕したって、鴇田さんならまた元の関係に戻ってくれるだろ?」

「それで一生アブラムに気を遣わせ続けるの?」

「それが振った女の代償だよ」

「なんて傲慢なやつ!?」

「人間、傲慢でいいんだよ」

 彼は彼女の身体を払いのけ、ゴキブリを持ち込んだ彼女へと再び近づいていった。そして、彼女の胸部を再び優しく愛撫し、感応の声に耳を澄ませる。

「見ろよ、女ってのは漢の持ち物なんだ」

「……」

「漢には、酒池肉林を征する権利がある!」

「……」

「お前は漢か?」

「……」

「漢とは肉体の性別をさすわけではない。漢とは、即ち、精神の漢なんだよ」

「……」

「分かったか? お前も漢になれよお」

 ミミズは踵を返し、地面に唾を吐き捨てた。

「見下げた馬鹿に返す言葉も無いね」

「……ふん、分からず屋め」

「私は漢じゃない。私はどこまでも女々しい愛を生きて、私なりの幸せをつかむよ」

「0か100しかお前には無いのか?」

「こっちのセリフだよ!」

「……漢が欲しければいつでも俺の下に来いよ」

「なら二度とあんたに会うことはないね」

「……」

「悪い奴じゃないと思ってたのに、残念だよ。二度とその汚い精神をうちに見せないでくれ。アブラムにも近づいてほしくないね」

「……」

「せいぜい人生に迷いなよ。そんで気づいた時にはもう手遅れだって知るんだ。じゃあね」

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