太平の学園 ー 164
運動場は物言わぬ死骸を蹴り飛ばす暴漢の集う球技広場と化していた。自らの蹴りに呼応して仲間の帰還がもたらされることに一人一人の生徒が歓喜し、死体を蹴り飛ばして虚空へと送り飛ばしていた。
「……おかしな光景だね」
気を失ったカカシを担いで運動場に訪れたミミズが、同伴者のカワセミに告げた。
「私の旦那が――」
「あ、なるべく返事は手短にしてくれる?」
「私の旦那は愚かなんですよね」
「……せめてQ&Aの原則に則った対話はしてくれる?」
「質問が悪いんですね」
「あらごめん。じゃあ言い直すよ」
ミミズは億劫そうに答えた。
「生徒たちが暴徒と化してるのを見て、どう思う?」
「思い入れがそもそも無いのでどうも思いませんね」
「衆愚は相対的に自尊心を高めないかい?」
「私のような部外者に彼らのゲームプレイスタイルを評価することはできませんね」
「部外者だろうが全人類に平等に批評の機会は与えられてるよ」
「それを理解していますよ。私が申し上げたの批評の市場的価値のことです。残念ながら、部外者の批評というものはその正当性以前の問題として、あまり内部の者からは関心を持たれないわけです」
「正当性が市場価値を決めるわけでは無いんだね」
「マーケット次第ではそこに価値を置く場合もありましょう。このゲームはそうではないと私が直感したに過ぎないんですよ」
「そうか。まあいいや」
ミミズの視線は、その時、運動場へと近づいていく一人の少年へと向けられていた。
流血の闘狼だった。
「あいつもまた有象無象に過ぎないってわけかい」
彼女の評価に反して、彼は立ち並ぶ生物の死骸には特段に関心を持たず、運動場の中央あたりにどかっと座り込んで何かを待っていた。
そこに一人の女子生徒が近づいてくる。彼女の手には一匹のゴキブリが握られていた。
「おいおい、ゴキブリ素手で持ってるじゃん、あの子」
「学生時代にゴキブリの動きぶりというダジャレを昔披露したことで一時期クラスの人気者になったことがありましたが元々のクラスの人気者に嫉妬され――」
「ちょっと静かに」
「ぴえん」
流血の闘狼はゴキブリを見るや否ややおら立ち上がり、歓喜の様子でそれに近づいた。そして右手を前方に構え、何かをした。何かの言明は少なからずミミズにはできなかったが、彼のその行動によって周囲に塵埃が立ち、大気が揺れ、そよ風が吹いた。
その時、もはや一寸前のゴキブリはゴキブリではなかった。それは、
「ちょっと待って……ゴキブリがなんか進化してるんだけど」
「あのゾウのような体調であのチャバネゴキブリのような羽を使って飛べるものでしょうか?」
「飾りじゃないのかい? 顔はどう考えてもゾウじゃないか」
「伊藤春雄の物語にダンボというゾウがいましたね」
「物理的な制約を無視したファンタジーだろう? それは」
「ゴキブリのあの進化が物理的な制約に則ってると?」
「それもそうか」
次の瞬間、深☆痴は大空を駆け回り、軽々とその体を空中へと持ち上げた。そして、空を揺曳する一匹の羽虫のようなものを食らった。それは男子生徒へと変化して、深☆痴の口元をクレードルにして眠っていた。
深☆痴は地上へ再び降りて、男子生徒を地の安全へと帰した。
「よくやった」
流血の闘狼と女子生徒が深☆痴を撫でた。そして、彼の手は見知らぬ女子生徒の胸部を撫でた。能面越しに繰り広げられるキスに、ミミズは奇妙な感覚を覚えた。
「……あいつ何してんだ。雨宮翡翠という実質の恋人がいながら。……殺してやろう」
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