太平の学園 ー 163

「安心しなさい。私の作戦がうまくいけばすぐに勝てるはずよ」

 猪原智真美がアブラムをそう励ました。

「作戦?」

「そうよ、名付けてストレンジャー作戦」

 アブラムが首を傾げながら「病人を運ぶやつ?」と尋ねた。

「語感は惜しいわね。残念ながらあなたの間抜けに構ってる暇は無いの」

「……猪原さんきびしー」

「本題に入るわよ」

 アブラムの笑いにも構わず、彼女は説明を続けた。

「まず、この争いにおいては、一つの実証結果が担保されていると言えるわ。それは、あの薄ら間抜けと、その恋人ぶっている妖怪たちの存在よ」

「……実証結果? 二人の愛は偽物だったっていう実証結果かな?」

「そう思いたいなら結構。けれどここでの結論は違うわ」

「……」

「実証結果というのは、この空間に招かれた『外部の者』が、このゲームにおいてどう扱われるかということよ」

 アブラムはまだ理解が及んでいないようであった。

「このゲームの開始時点で、彼らはこの学校の外側にいた。ゲームの参加権というものをその時点では持っていなかったということね。それが今は正当な参加権を得てゲームメイカーへと変貌を遂げている」

「うん」

「その時、二人はどちらの陣営についたの?」

「私たちの方だね。八朔はともかく、彼女も残念ながらこっちについた」

「そういうことよ」

 猪原智真美が頷いた。

「要するに、このゲームは外部からの戦力の供給を許していて、それらが悉皆私たちの味方をしてくれることもまた許容してくれる可能性を示唆しているのよ」

「なるほど」

「そして生徒が校舎の外側に出ることが自由なのも確認している。つまり、外の世界から要請を誘い放題ってわけなの」

「おー!」

 アブラムが歓喜の声を上げる。

「なら警察に頼んで保護をしてもらえばいいじゃん!」

「ええ、それも依頼したわ。そして同時に、この控え室の外に出られた人たちには、生物の獲得をも依頼しているのよ」

「生物の捕獲?」

「そう。ミミズでも、オケラでも、アメンボでもいい」

「みんなみんな生きてればいいってわけだ」

「伊藤春雄流に言えばそんな感じ」

「じゃあセミだっていいと思わない?」

 アブラムに快活に問われて、猪原智真美が押し黙る。アブラムは彼女のリアクションを待たずに解答を示した。

「セミはみんみん生きているからさ」

「究極に面白いわよ、鴇田花梨」

「思ってないでしょ?」

「思うわけないでしょ?」

「そんな直球な」

 項垂れるアブラムに、猪原智真美が「ともかく」と話題を強制的に断ち切った。

「生物を一斉に捕まえて持ち帰る。それを、あの薄ら間抜けの能力によって別の生物へと変えていく。そうすることで、私たちが手にしていたミミズは、化け物の大蛇へと化ける可能性がある。それがストレンジャー作戦ってわけ」

「勝ったあとどうするのさ」

「その時はまたその時で考えるわよ。今は下らないゲームを終わらせることのほうが先決でしょ?」

「うーん、絶対後悔しそうな気がするけど、大丈夫なのかな。この地域の生態系が狂いそうだよね」

「狂うことで何か問題があるの?」

 アブラムはぎこちなく答えた。

「私もよく意味は分からないけど、アウラっていう神話を成り立たせているのはこの環境そのものだから、その生態系が狂うようなことをするとね、カワセミにたぶんものすごく怒られると思うんだよね」

「なら後で謝ればいい」

「謝って元に戻るものでもないでしょう?」

「そりゃそうだね。単純に私がそう思ったってだけだから、流してよ」

「変な子」

 二人はそれから世間話を始めたのだった。

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