5.特定非営利法人白蚕文化保全の会

 「獣狩り」を公共的な組織と勘違いしている者は多い。

 彼らはその性質ゆえ世間に警察組織と混同されること甚だしいが、実際は法人格を有した非営利団体に過ぎず、活動母体の設立登記上でも「特定非営利法人白蚕はくさん文化保全の会」を自称している。

 彼らの主な収益源は会費と寄付と講演費であり、現在ではその割合は7:1:2とされる。近年では講演費の割合が増加傾向にある。

 定款上の彼らの活動目的は、その名の示す通り、主として白蚕の文化を保全することにある。ここで言う白蚕は、芸能上のそれを意味するわけではなく、単に「地域に定着した土地の記憶」を指している。その点から、育手としての地域への派遣業務なども彼らの活動の範疇にはある。

 同時に、その活動にはもう一つの設立趣意が明確に示されており、その性質が彼らをして「獣狩り」の異名を世間に轟かせしめている。

 それ即ち玄儛げんぶへの抵抗である。人獣の破壊活動がもたらす「都市の記憶の離散」をに防ぐことが、彼らの最高なる本懐であると言ってよい。無論、玄儛の被災地を事後的に保全することも彼らの重要な役割にはなる。

 白蚕文化保全の会への形式的な入会はそれほど困難を極めるものではない。そこに伴うプロセスは意思の表明と会費の定期的な支払の約束のみであり、他の非営利団体と大きく変わるものではない。

 しかし、白蚕文化保全の会への入会者がたちまち獣狩りの現場に立つことは基本的に無い。白蚕文化保全の会において単なる正会員に許されるのは「特殊技能要員」の補助と講演の実施に過ぎない。

 特殊技能要員、即ち獣狩りの現場に立つ戦士となるためには、文字通り自らの特殊な技能の表明をしなければならない。具体的には白蚕保全及び触発行為の適性などがそれにあたる。目には見えない白蚕を指で絡め取り、我が身のように自由闊達に制御できてこそ、花形の活動にも勤しむことができる。



 水下に名高き婦人の帰らぬ人となった後、現場には概ね四種類の者が集っていた。

 一つは野次馬の類の衆。彼らは人獣の遁走後に残った惨禍を囲い、恐怖と憤懣で歔欷の声を上げた。

 一つは現場の保全を目的とする警察組織。彼らの手によって婦人の遺体は速やかに回収された。

 一つは白蚕の保全を目的とする獣狩りの派遣部隊。彼らは公的に与えられたある種の特権を持っており、事件現場への限定的な介入が許されている。大概の文化財破壊の現場には、その制服である白い半纏の姿が散見されることであろう。彼らは警察よりも早く現場に駆けつけ、婦人の遺体など見向きもせずに白蚕の保全を行う。見るも無惨な神社の輪郭を滑らかに撫で、今にも文化財から解離しようとしている白蚕を絹のように絡め取り、損壊の少ない箇所に留めるのである。

 一つは現場の目撃者。婦人の殺害される瞬間を発見し、人獣の尋常ならぬ健脚で去っていく姿を慄然と傍観した一人の青年。彼は警察及び獣狩りからの事情聴取を経て、人獣が本川の上流の方へ逃げていったことを正直に話した。その間、青年の目に生気が宿ることは無かった。



 獣狩りは二次被害を食い止めるため人獣の追走を図った。もはや人獣の姿は見えないが、彼らは青年から聴取した犯人の特徴を元に道中の白蚕を絡め取り、その逃走路の轍を巧みに追っていく。

 参考人として青年もそれに同伴していた。青年は獣狩りに対して人獣の確実な殺害を懇願したが、彼らはそれに請け合いはしなかった。どだい彼らの活動目的が人獣の殺害などにはないためである。

 獣狩りは人獣の暗殺者集団などではない。彼らは人獣をに変えることで新たな被害を防いでいる。

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