6.波濤の塚 〜時代がいま語ること〜

 あまねく歴史の局面はさながら記念碑のように、現場に膨大な白蚕を残す。

 そして、白蚕は劇場を集う。重大な白蚕の定着した土地では必定に灰儛公演が流行し、都市の記憶が鮮明に市民に語り継がれていく。

 ここから続く物語は全て、西水下の海上に拠点を構える「水下水上芸術会館」における定番演目として人口に膾炙する悲劇となっている。

 直近の公演におけるその題目は次の通りであるが、事実と大きく相違はないであろう。

 

 波濤の塚 〜時代がいま語ること〜



 物語の焦点は、一人の人獣「白洲しらすなにがし」が錦川の支川沿い、即ち放水路沿いにもたらした未曾有の水害に当てられる。

 人獣が人間の領分を超えて天災をもたらすというのは語弊があろうが、彼らが聖域を穢すことで環境の安定が崩れるという意味でそれは幾分か正鵠を射ているとも言える。

 巷間に揺曳する白蚕というものは、文化的営みの資料としてのみならず、土地環境の恒常性、周期性を保つための装置としても機能している。土地は自身の記憶を再起的に参照しながら、異分子を除外し環境を安定させるのである。

 人獣の玄儛がもたらす土地の記憶の離散は、その土地の自浄作用の不全を誘発する。ゆえに人獣の足跡には天災が招かれるのである。



 殺人犯の人獣を追っている最中、獣狩りと青年の道中は豪雨に見舞われる。視界が雨粒の幕で霞み、火薬の暴発のような断続的な雨降りの轟音が耳朶を打つ。それも人獣の轍の荒むこと甚だしいための災害に他ならない。

 獣狩りはこの瞬間に起きている事態が尋常でないことを肌で感じ、歩を進めながらもいとけない白蚕をその手腕で絡め取り、道すがらの適当な家屋に接着させ、白蚕の寿命をほんの僅かに伸ばしていく。それは帰路に再び回収され、元よりあった場所に堅固に定着させられる。その尽力あって、この物語は今もなお衆生に語られるに至っている。



 人獣の足跡はまた、異なる人獣を誘う蜜となる。

 獣狩りが錦川の分流点に位置する堰堤を見渡せる土手の辺りに到達した時、その急峻なる傾斜の下には、一人の人獣が潜んでいた。

 それは生い茂るススキを隠れ蓑に、獣狩りが緊張を解くその瞬間を背後から襲う算段を立てていたが、しかしながら、その全ての策謀は獣狩りの知悉しているところであった。

 獣狩りは土手を降りて人獣の首根っこを掴み、その頭部の輪郭を撫でるようにして、それから黒塵こくじんを拭い去った。黒塵は土地に定着せず腐食しきった個人の歴史を語る白蚕ゆえ、拭い去った後は灰燼に帰す他ない。

 そして、黒塵さえも拭われた人獣は、もはや玄儛の術もない、自己への認識すらない廃人と化す。廃人となった元人獣は、もはや精神の患者と性質は変わらない。

 獣狩りは自らの仕事を追え、然るべき施設にそれを引き渡すための手配を図ろうとするが、脇で立ち尽くしていた青年は血相を変えて次の質問をした。


 なぜそれを殺さないのだ。

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