3.錦川の分流点に建設された巨大な堰堤

 青年と婦人との間に浮いた話の一つでも無いかと問われれば、次の話を持ち出すしかなくなるであろう。もっともこの話を持ち出すのであれば、ついに事の真実へと筆を進めなければならなくなる。

 なぜ水下の地に再び氾濫が起きたのか。その痕跡を辿ろう。



 錦川の分流点に建設された巨大な堰堤は、水下の隠れた名所として知られる。堰を見渡せる土手がすぐ南側にあり、青年は一度ここで婦人と会話をしている。婦人のゴシップが世間を賑わせた数日後のことであった。

 青年がいかにして婦人をそこへ案内したか、正確な記録は残っていないが、それまでの青年と婦人の関係は確認されていないため、たまたまこの場所で邂逅を迎えただけではないかと推測している。

 青年が婦人と何を話していたのかは記録に残っていない。ただし、近所の住人の同日の日記から「土手の方から大きな声で『愛してます』と聞こえた」という事実は確認していることから、ここでは十中八九青年の愛の告白が敢行されたと捉えて良いだろう。

 婦人がこれにどう返答したのかは無論分からない。参考程度に、当時、婦人が別の男性からの告白を受けた際には、彼女は必ず「もう決めています」とだけ答えていたようだ。青年に対してもこのように答えたと考えるのが、当時の記録からは妥当であろう。

 この説とは一転して、婦人が青年の告白を受理した可能性もあり得ないとは言い切れない。その可能性の提示は、婦人の独身のまま生涯を終えたという事実と相反するように思われるかもしれない。しかし、青年の告白が受理されながらも、青年と婦人の恋がついには実らないという事実を両立させうる唯一の解は存在している。

 即ち、婦人の生涯はこの日に終わるのである。

 二人が帰宅した後、水下本川の神社前通りに、仁識の外側から一人の人獣が現れた。

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