2.三人目は明らかではない

 相豆あいづ玉宗ぎょくそう稚蚕鋼ちさんこう加工の権威とも称される下町の歴史は、未曾有の災厄の末に果てた。

 そこは、為政者の膝下である相豆城下の市場と縣随一の貿易港とを繋ぐハブにして、輸入品加工の職人が集う活気ある町でもあった。縣の産業振興の礎であり、事実上、土地の職人組合が支配する地域であった。

 世に比類無き識格上の大災厄が起こった時、玉宗の職人組合は全ての既得権を放棄し、神の見えざる掌中へとたやすく手招かれた。数々の工芸は失われ、長らく空いた支配者の座には地方銀行が着いた。

 同時期、玉宗に隣接する港町である諸橋では、後に「白遊記」伝承の祖となる一人の者が生を受ける。

 名を「鬼蔵法師きぞうほうし」という。当時、港町に流布していた始祖信仰篤く、若くして実直敬虔な暮らしをしていた。

 二十歳の折に患い、治療のため修験の旅へと出るも、道中三人の妖怪と出会い、遠征を共にする。

 共の一人目は始祖の法に疎い猿の妖怪。二人目は人喰い豚の妖怪。三人目は明らかではない。鬼蔵法師に三人の共がいたことは複数の記録上間違いのないことのように思われるが、彼らの道中に残された伝承において、その容貌について言及したものは一つたりともなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る