第9話 唯一王、弟、セイ
投石器から飛んだダクの軌道を門番たちが青ざめた顔で見つめていた。軌道は塔の左寄りにずれてそのまま墜落するかに思われた。しかし空中に黒い靄が噴き出し、小さな体は急に軌道を変えて建物の中へと消えた。はるか遠くでカシャンと窓ガラスの割れる音がした。
「よそ見をしている場合ではないと思うが?」
ドレイクは門番に近寄ると至近距離からそう言った。門番は我に戻ったように三人の敵に意識を移す。しかしそこにはドレイクの姿しか見当たらなかった。
「仲間はすでに支度にとりかかっている」
それを聞いた門番達はドレイクを相手にするか逡巡し、同時に城内へと駆け出した。反乱者たちをこのまま野放しにしてはならないと思ったのだろう。そしてわき目も振らずに駆け出した二人は何かに足を取られて同時に地面にキスをした。
一体何が起こったのか分からぬまま門番は足元を確認する。そこには小さな沼のようなものが出来ていた。
「呪いは物を腐らせる。それが神の恵みである神聖な大地であったとしても、だ。そして腐った大地は沼のようになる。これを利用した技を俺は『オブセッション』と呼んでいる」
ドレイクはひょいと彼らの体を跨いで城内へと侵入する。そして彼らの方を振り向いて両腕を広げた。
「5分だ。その間に準備は終わる。お前たちはそれを止められない。止めさせないのが俺の役割だからだ」
ドレイクは沼から這い出す二人の門番に向き合いながら、この作戦の命運を握る少年が居る塔の上にちらりと目をやりぼそりと呟く。
「あとはお前次第だ」
―――――――――――――――――――――――――――――――――
窓ガラスを割り弟の名前を叫ぶ。中に居た人間がそれぞれ思い思いの行動を取った。ある者は王を守るためにダクと王の間に割って入り、ある者は一歩後ろに下がり、ある者は地面に手のひらを当て祝福を流した。ガラスの破片は黄金色を帯びて宙を舞い、元の位置へと戻る。そしてある者は微動だにしなかった。
中に居た若い男が一人、槍の切っ先をダクに向けた。その目つきは殺意を宿している。
「そこから動くな! お前を捕らえる! 指先一つでも動かしてみろ! 瞬きする間に消し飛ばすぞ!」
「俺は弟と話をしに来ただけだ。対立するかどうかはその後決める。だから今、お前と戦う気はない」
「そんな理屈がここで通るか! 御屋形様の御前だぞ!?」
「ラン、槍を下ろせ」
命令口調でそう言い放った声には少し幼さが残っていた。しかしその男はこの状況の中、微動だにせずこの状況を受け入れている。相当な修羅場をくぐって来たのだろう。とても少年の反応とは思えない。しかし、ダクにはその男がセイであることが直観的に分かった。
「すっかり大人になったな、セイ」
「五百年もあれば誰でも大人になりますよ」
セイはそう言ってほほ笑んだ。この笑みが再開を喜ぶものではなく、話し合いを円滑に進めるためのものであることをダクは感じ取っていた。
「起きてから、少しだけこの国の現状を見てきた。そしてここに来なくちゃならないと思った。理由は分かるな?」
「分かりますよ。あなたの思い描いた未来とは違うものになっているでしょうから」
セイにはすでに理由が分かっているようであった。それであってダクから目を逸らすことはしなかった。後ろめたいとは思っていないらしい。
そんなセイの考えを確かめるべくダクは問う。
「市場を見てきた。教会を見てきた。そのどちらでも格差が見えた。常人はルーザーを蔑みながら利用し、ギフテッドはルーザーを自分の理論で裁く。そうなると分かっていながらも人はルーザーとギフテッドを生み出し続ける。それは何故だと思う」
「人ではなく国が生み出しているからでしょう。国外の魔獣の脅威に備えるためにやせ細った土地から取れる資源を国が搾り取る。だから持影を持つ者に変わらなければ生きていけないのです。つまり私が格差を作っているというわけです」
「御屋形様――」
槍を持った男が口を挟もうとするがセイに睨まれて黙り込む。どうやら男はセイが自分をさげすむように説明するのが気に食わないらしい。
自分が非を認めているがその口調には悪びれる様子も反省する様子も感じられなかった。それはつまりすべての罪を背負いながらそれでも歩み続けているということだ。
さらに問う。
「骨組という名ばかりの治安維持組織がのさばっている。俺はあれが国の組織だと聞いた時に内心で耳を疑った。あれは治安を維持する組織ではなく、国の威光を借りてルーザーを差別する組織だ。国が人を裁くなら公正公平に物事を俯瞰してするべきだ。そうでないと民は権力でなぶり殺しにされてしまう。どうして組織をあるべき姿に正さない?」
「あの組織を正せるだけの力が私にないからです。この国は良くも悪くも私個人の力によって成り立っています。手が届かない部分も多くあり、治安を維持するためには治安を正そうとするものの力だけでなく、呪い持ちを抑え込みたいと考えている人の力も借りる必要がありました。国の威光を借りられるなら呪い持ちを取り締まりたいという人は多く居ますから。だから治安を正すと共に呪い持ちを差別するという側面も生み出してしまったのです」
やはりセイは何かに責任を擦り付けなかった。ダクはそれを聞いて、ここに来るまでに募っていた溜飲が下がるのを感じた。
確かめたかったのは真意だ。謝罪の言葉ではない。そしてセイはそれに応えた。ダクがそれを欲するのを知っていたからだ。そして彼の言葉はある側面から見ればきちんと正しさを持っている。
ダクはその答えを聞いて自分が確かめなければならないことをもう一度考え直す。
ダクは昔の弟と目の前の王を重ねる。
昔のセイはとても臆病だった。世界にあふれる色々なものに臆病で、だからこそ色々なものに優しく触れる人間だった。そんな弟にダクはこの国を、世界の行く先を託した。
目の前にいる王はそうではない。この世の酸いも甘いも嚙み分けて、王としてやるべきことは何なのかを考えて、考えた上で誰かを救うよりも皆を生かすことを優先させている。仮にそれで反感を買ったとしても、王の地位は揺るがない。目の前の王は力を持たなかった父とは違う。だからこの国はかろうじて体裁を保ち、混乱が人を殺すことはなかった。
それも王の在り方として正しいのかもしれない。国を成り立たせるための正しさは一方で罪を生み出したが、少なくとも自分が何の罪を負っているのかを弟は知っている。知らないのなら教えなければならないと思っていたが、五百年と言う時間は弟が王として成長するのに十分な長さだったようだ。
だからこそ。
「お前が本当にやりたいことは何だ。お前はこの国をどうしたい?」
問うべきは王に本当に必要な素質。
セイが『王の器』にあるかどうかである。
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