第8話 邂逅

 夜闇に紛れた馬車の荷台、覆われた布の隙間からダクは外の様子を見つめていた。馬車と同じほどの高さの塀、その上から顔を覗かせる建物の数々、それらをはるかに凌ぐ高さから見下ろす『黄泉の塔』。今からあそこに行かなければならない。

 ダクは荷台の中をチラリと見る。荷台に乗せられているのはドレイクとナキ、それに巨大な装置。彼らとそれは息をひそめて時を待つ。

 そしてこの計画で最も警戒しなければいけない相手。ドレイクに教えられたその相手は、ちらりとあたりを見渡すだけですぐに見つかった。はるか遠くの見張り台から、月の光に照らされた艶のある銀髪が鮮やかに揺れている。その女性の瞳は王城の前の通りの往来を捉え、まるで弓を構えるかのように指先を人々に向けていた。


「あれが指近衛の一人、パンク......!」


 ダクはその姿を見ながら、ここに来る直前に行った作戦会議について思い返していた。


――――――――――――――――――――――――――――


 空が夕焼け色に染まる中、手狭な活動拠点に四人の志士がひしめき合う。

 ハタヤが地図を見つめながら作戦の説明を行う。


「襲撃作戦を決行する。決行日時は今夜21時からだ」


 ハタヤは地図に書いてある王城の前の通りを指さした。


「王城の前までは馬車を借りて行く。あの通りの前は行商人が多いから、そのフリをすれば怪しまれづらいというのもあるけれど、一番の理由はアレを持って行かなくちゃならないからだね」


「アレ?」


 ダクが首を傾げるとハタヤは小屋の裏手に案内した。ハタヤに着いて行くとそこには小屋ほどの高さがありそうな巨大な装置が置かれてあった。その見た目は投石器のようだが、軸となる部分には見たことのない複雑な機構が施されており、物を投げる部分には椅子のようなものが括り付けてあった。まるで人でも載せられそうな......と考えたところでダクに嫌な予感がよぎる。


「これはレジスタンスの支援者パトロンが作ったんだけど簡単に言えば黄泉の塔の最上階まで『直通で』行ける装置だね。長すぎる階段を昇るなんてこともしなくて済む優れものだ! ダク君にはこれで最上階に居るはずの唯一王に会ってもらおうと思ってる」


「......つまりはこれであの塔の上まで飛べと」


 ハタヤが装置自体の説明から意識的に話題を逸らしているのに気づき、それを指摘するとハタヤがニヤリと笑った。


「でもそれしか道はない。護衛を一々相手にしてられないし、あの塔の上まで登るのは時間がかかる。もちろん君が嫌と言うなら乗せはしない。ただ唯一王には会えないよ。どうする?」


「やる。無論だ」


「君ならそう言うと思ってた」


 ダクは改めてその装置を見る。背中を預けるには少々心許ない気がする。


「そもそもあの塔の上までこれで飛ばせるのか? 飛ばせたとして俺の体がぐちゃぐちゃになったりしないのか......?」


「あー、俺も最初に見た時は度肝を抜かれたよ。間違いなく死ぬんじゃないかって。ただこれを作った人の話によると人がつぶれるかどうかは加速度ってので決まるらしくって、急に速くするんじゃなく時間をかけて速くしていけば大丈夫らしい。塔の壁も祝福ありきで作られているから呪いで打ち消してやれば壊せる。ダク君はアーマーで身を固めればそのまま中に入れるってわけ。あとは瓦礫が腐ってクッションになるよ」


 あまり理論は理解できないが、そう言われると大丈夫な気がしてくる。


「まぁ、発射のタイミングは団長が合わせられるかどうかだから失敗したら明後日の方向に飛んでいくんだけどね」


 ......やっぱり大丈夫じゃない気がしてきた。それでも行くが。シャレにならないジョークにダクは唇の端を引き攣らせながら笑った。

 ダク達は小屋に戻って作戦会議の続きをする。


「まぁ、発射についてはそんなに問題ないんだ。ただ、発射にかかる時間が問題なんだ」


「どれくらいかかるんだ?」


「3秒間」


 ダクはその時間の大きさについて理解できなかった。3秒間かかると問題なのだろうか。ダクの疑問を浮かべている表情にハタヤがため息をつきながら解説を加えた。


「いるんだよねぇ。『指近衛ゆびこのえ』とかいうヤバいのが」


「指近衛?」


 ハタヤは渋い顔をしてこくりと頷いた。


「唯一王は国を治めるのに一人では手が足りないから、指近衛と呼ばれる人々を自分の直属の部下にしたんだ。その6人は何らかの形で唯一王から祝福を分け与えられているとされている。そしてその一人――パンクはいつも王城の見張り台に立っている。そこから王に仇成あだなす者に攻撃するんだ」


「攻撃って......どうやって」


「君にはまだ教えていないけど、持影制御の技術の一つにシュートと言うのがあって、持影を一点に集中させて放つ技があるんだ。それを用いて攻撃してくる。一応、ナキなら軌道をずらすぐらいはできるだろうけど果たしてどうなるか......」


 ナキはダクの不安そうな視線をよそに「ふん」と鼻を鳴らす。なるようになるということだろうか。ハタヤは地図上に描かれた見張り台にマークを付けながら唸っていた。

 ダクはハタヤに言った。


「けれどそれさえ凌げばセイのところに行けるんだろう?」


「指近衛を侮るな。やつらは強い」


 ずっと黙っていたドレイクが口を開く。


「お前がするべきことは二つ。俺たちが宝物庫を壊す間、指近衛と唯一王の注目を集めること。もう一つは俺たちのところまで戻ってくること。唯一王と話をするのはそのついでだ。そしてやってはいけないことが一つ」


 ドレイクが鋭い目でダクを見つめる。


「指近衛と戦うことだ」


 ドレイクはそう言ってまた眠りについた。


――――――――――――――――――――――――――


 ドレイクの忠告を思い出しながらダクは目の前を見渡す。揺れる荷台の中、見えてきたのは大きな城門と二人の兵士の姿だった。おそらく門番だろう。ガタイの良い二人の門番の前にハタヤが出ていく。


「そこのお前! 止まれ!」


「今は諸事情により厳戒態勢を引いている! 荷台をあらためさせてもらうぞ!」


 外見が瓜二つの男たちが、通り過ぎようとする馬車の前で槍をクロスさせた。

 ハタヤは馬車を留めて、ガタイの良い二人の門番の前に出る。にへらと笑いながら門番に近づいてゆく。


「いやぁ、ちょっと――」


 表情が変わる。

 ハタヤは門番が槍を構えなおす前に懐に潜った。あまりにも一瞬すぎる出来事だった。両手で二人の門番の腹に短剣を突き刺し、目にもとまらぬ速さでさばく。


「王にちょっかい出しに来たんで」


 門番が腹を押さえつつ槍を構えなおすと同時にハタヤが叫ぶ。


「用意っ!!」


 掛け声と同時にドレイクが荷台の布を引っぺがす。投石器とその椅子に括り付けられたダク、それに指先に持影を集中させたナキが現れる。

 ドレイクは投石器のストッパーに拳を一撃入れる。ストッパーは粉々に砕け、支えを失った投石器がぐるぐると稼働し始める。回る世界の中、銀髪がこちらを見ているのが見えた。そしてその指先で閃光が煌めいたことも。


「来るっ!」


 ダクがそう言った時、ちらりとナキの顔が見えた。彼女は目を凝らしてその弾の軌道を推測する。そしてスッと細く短く息を吸い込んだ。


「シュート!」


 馬鹿みたいに大きな反動の衝撃と共に呪いの弾丸が放たれた。遥か遠くでバキィンッと弾と弾がぶつかる音がした。

 上手くいったかに見えた。しかし普段表情を崩さないナキが大きく目を見開いていたのを見て、ダクは未来を予感した。


「しまっ──!」


 刹那、閃光が暗闇を支配した。

 その光と衝撃は雷に等しく、触れた城壁の一部と荷台の半分を粉微塵にした。消し飛んだものは交じり合って砂塵となり、闇に消える。投石器は車輪を失った荷台と共に大きく傾いた。


 まだ回っている。


「出せっ!!」


 ナキが絶望に支配される中、ダクが咆えるように叫んだ。投石器はバランスを崩し傾いてはいたが回転は続けていた。ダクの瞳はまだ前を向いていた。

 そして前を向く人間がもう一人。


「行ってこい」


 傾いて地面と擦れる荷台の上、類稀なる体幹でその男は拳を構えていた。そして放たれた拳はカンマ一秒を貫いてダクの固定された椅子を粉々に砕く。


 ダクの体は上に打ち出されて宙を舞った。放たれた衝撃に耐えながら目を見開く。

 塔の真ん中にぶつかるはずだった体は荷台の傾きのせいで塔の端へと逸れていた。塔に触れなければダクの体は再び地面に落ちる。その姿がありありと想像できる。

 塔と肉薄する。手を伸ばしても塔に触れられるか分からないギリギリの距離。その時、ダクの瞳に映ったのは塔の壁に備え付けられた窓だった。


 ダクは神に祈らなかった。


 ダクは手を伸ばした。


「シュートォォッ!!!」


 ダクの指先から放たれたのは洗練されていない弾丸とももやともつかない何かだった。弾丸は空の彼方へと消えたが、弾丸はダクに反発力を生み出した。

 反発力によってダクの体は後方に吹っ飛ばされた。ガシャンと窓ガラスの割れる音がして、ダクは窓ガラスの破片の上を転がりながら石畳に着地する。


「何だ!?」


「そいつを捉えろ!!」


 男と女の声がして反射的にそちらを見ると槍を持った若い男がこちらに走ってきていた。そしてその奥に見えた少年に、ダクは目を見開いた。

 目つきは前よりも鋭くなっていた。黒かった髪は真っ白になっていた。佇まいから威厳が漂い、雰囲気がまるで変わっていた。でも直観的に分かった。それが誰なのか。


「セイ!!!」


「来ると思っていました。あなたなら」


 弟は表情一つ変えずにそう言った。

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