第3話 レジスタンス
市場のはずれ。少し大きめの建物と強くなる生臭さに、ここが彼女の言った『教会』であることを予感する。
入って正面に見えるのはカウンター。山積みになった書類の束と眼鏡をかけた少年が格闘していた。奥には複数の丸テーブルと今にも足が折れそうな朽ちた丸椅子がざっくばらんに置かれている。そこには小汚い身なりをした人達がたむろしていた。教会というよりは酒場や集会場などに近い雰囲気を感じる。
三人の男女が目に留まる。一人は吊り目で黒髪の女で黙々と飯を喰らい、それをよだれを垂らしながら見ている若い男が一人と、その脇で腕組みをしたまま寝ている中年の男の三人組だった。この中でも明らかに変わり者だと思われるその三人を周りの人は避けているようだった。
ソレイユは三人を前にしてダクをずいっと押し出した。しかし誰もダクの方に目を向けない。ソレイユは大きなため息をつき、背後から顔を覗かせて若い男に話しかける。
「連れて来ましたよ。
「あぁ、ありがと。シスターちゃん。でも知ってるでしょ。俺がご飯食べられないの。いっつも持って来てくれるのは有難いんだけど―― それ誰?」
「
会話の途中でダクの方を向いた若い男が怪訝な目をする。何やら妙な雰囲気が漂っていることに女も勘づいたのか芋をかじる手を止めて見た。
「こちらのお方が何を隠そう、唯一王の兄にして十種全ての呪いを持つとされ、唯一王を打倒する可能性があるただ一人の少年、ダク様でございます!」
ソレイユの
「マジ?」
「マジです。墓から出てくるのを見ました。呪いを物にまとわせて溶かしたのも」
「マジか......まさか500年目でほんとに生き返るとはな......とりあえずこの子に何か食事を持って来てくれる?」
「え? でも......」
「良いから良いから」
若い男はソレイユに食事を持ってくるように命じてから、頭を抑えて色々な情報を整理するように黙り込む。ダクは他の席から丸椅子を取ってきて男の隣に座った。
「気になっていたんだが、その500年目で生き返るというのは何かそういう話が流布されているのか? 俺に出会った時のソレイユも生き返ることを予期していたようだったが」
「あぁ、えっと......」
男は状況を整理しながら残り少ない脳のキャパシティで質問に答える。
「昔の伝承があってね、兄が唯一王に祝福を授けてそのまま死んだんだけど黒く変色しただけで死体は腐らなかったらしいんだ。それで唯一王は死体を火葬しようとしたんだけど、死体は傷つかなかった。それで仕方なく土葬を行ったっていう古い伝承なんだけど――」
「あの唯一王が不老不死だから腐らない死体もまだ生きているかもしれない、なんて話がことあるごとに話題に上がるんですよ。今年は日照りが続いたから生き返るかもしれないとか、近頃物騒なことが多いから生き返るかもしれないからとか。500年っていうのも別に根拠があるわけではないんですけどね。はい、どうぞ」
「なるほど......」
ソレイユが半笑いで渡して来た料理を受け取る。料理と言ってもふかしただけの芋だったが、目の前に差し出されたそれによだれがとめどなく溢れる。
思えば500年も何も食べていなかったのだ。忘れていた飢えという感情がよみがえり、腹の虫がうるさいぐらいに喚きだす。
その姿を見てソレイユが一瞬、憐みの表情を向けたのにダクは気が付かなかった。
芋を齧る。感じられるか感じられないか程度のほのかな甘味が口を満たした。咀嚼するごとに脳が幸福感を覚えるのが分かった。
飲み込もうとした瞬間だった。
流動体になった芋が頑なに喉を通るまいとうごめいているような感じがして、猛烈な吐き気と共にそれを嘔吐する。テーブルにまき散らす前に、すでに若い男が受け皿を構えていた。荒い息のままちらりと若い男の方を見る。
「三の呪い、
「試したのか......?」
「ごめん。ちょっと信じられなかったから」
若い男は軽く頭を下げる。確かに相手の立場だと自分が本当に500年前に死んだ人間なのか疑わしいだろう、とダクは
「改めまして自己紹介だ。俺はハタヤ。そこの芋食ってる女がナキ。で、そこの寝てる人がドレイク団長。俺達は唯一王に歯向かうレジスタンスだ。ちなみに俺はこのレジスタンスの参謀。この中では一番賢いってことで間違いないだろうね」
「調子に乗るな」
ナキが足を振り上げてハタヤのすねを蹴る。ハタヤは痛そうにしながらも話を続けた。
「それで俺たちのところに案内されて来たっていうことは何か理由があるんだよね? まぁ、大体想像はつくけど......」
ダクはレジスタンスという言葉に引っかかりを感じたが、拳を握りしめまっすぐにハタヤの瞳を見つめる。
「弟と話がしたい。この国の現状についてあいつと話をしなくちゃならないんだ」
やっぱりか、とハタヤが頭を抱えた。ナキの方を見ると、フンと一度鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。
沈黙が流れる中、意外なところから声が聞こえた。
「ならば戦う技術を身に着けろ」
「起きてたんですか、団長!? 一体いつから」
「25秒前だ」
「いやだから秒数で言われても分かりませんって......」
そんな会話をしながらもドレイクは何やら紙にペンを走らせる。傷だらけの大きな手に収まるペンはとても不釣り合いであった。レジスタンスという言葉から察するに、その傷一つ一つに唯一王との対立の歴史が刻まれているのだろうとダクは感じた。
「俺は弟と戦うつもりはない」
「お前が殴らなくても相手は殴る。相手に殺されても会話ができるならそのまま行くと良い」
ドレイクは強い言葉でダクを否定しながら紙をハタヤに渡すと、またもや俯いて腕組みをしてしまった。ほどなくしていびきが聞こえてくる。ハタヤは渡された紙の内容を見て苦笑いする。
「君がもし力を手に入れてまで唯一王と話がしたいというのなら君は二つの
ハタヤが腕まくりをして手のひらを上に向け、その上に先ほどの紙を乗せる。息を吐きながら手に力を籠めると周囲に強烈な生臭さが漂い始めた。しばらくしてハタヤは紙を裏返す。表面は何も起こっていないように見えたが、裏面は長年野ざらしにされたかのように薄茶色になっていた。
「これはアーマー。呪いの元、持影を体にまとわせる技だ。アーマーの状態で物に触れると触れた部分だけ劣化する。呪いをまとわせることによって祝福による攻撃をある程度打ち消すことができる。そしてもう一つの技がエミット。まとわせた持影を物に送る技だ。君が物を溶かしたのもこれを半端に発動させたからだと言える」
ハタヤはダクの食べかけの芋をおもむろに掴む。そして感触を確かめるように手の中で
次の瞬間、灰のように微塵になった。強烈な異臭と共に。
「これがエミットだ」
ダクは自分の手のひらを見つめる。自分の手のひらにもそれだけの力が宿っていると思うと少し恐ろしい。
「君がこれらをコントロールできるようになれば、
ダクは手のひらを見つめながら言った。
「セイと話し合う。立ち向かうかどうかはその後決める」
「決まりだね」
ハタヤが席を立ち、ダクを手招きした。ダクはハタヤに連れられて教会の奥の部屋へと入っていった。
――――――――――――――――――――――――――――
王都のとある場所、息を荒げた中年の男が一人。
豪奢な扉をノックする。
「骨組管理支部長殿ッ! ご相談があって参りました!」
「入り給え」
荒い息を整えもせず扉を開ける。そこには眼帯の男が肘掛け椅子に足組みをして座っていた。
「不審なルーザーの少年が盗難の罪の執行を妨害! そのまま盗難を行った女と宵橋教会へと逃げ込みました! 少年と女、それに匿った宵橋教会の横暴をこれ以上許さないためにも一刻も早い処置を求めます!」
中年の男がそうまくし立てた。眼帯の男はその残された左目でじっと中年の男を見つめる。中年の男はごくりと唾を飲みこんだ。眼帯は男の持っていた棒を顎で指す。
「それを見せろ」
「は、はい? これですか?」
男は溶けかかった長い棒を差し出した。ダクに溶かされた棒である。
眼帯はそれを手に取ってじっと見つめて、そしてニヤリと笑った。
「これをやったやつの名前は」
「ダク、とそう名乗っておりました。唯一王様の兄の名前を騙るなど......恐れ知らずもここまで来ると命知らずですな」
中年の男は鼻を鳴らして笑った。
「お前の目は二つもついているのに、何も見えない。恥ずかしいとは思わんか?」
「は?」
眼帯がクククッと笑った。
「伝令を出せ。準備が整ったら宵橋教会へ殴り込む」
「はっ!」
中年の男は素早く返事をし、急いで部屋を出る。
残された眼帯は溶けた棒を天井の明かりに照らして見つめた。
「面白くなるぞ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます