7-7.

「えぇ〜〜〜っ…」と言って抵抗を試みるも真中は折れてくれそうにもなかった。


 視線をカノっちや、いつの間にかあたしの傍を離れてカノっちの横に立つツクに向けても、何となくあたしの言葉を待っているように見える。


 そして再び観客席の方に視線を向けると、観客席の手前に降りてきていたハヅキチが右腕をブンブン振りながら声を出している。


「志乃ぉ! 藤川球児みたいにビシッと決めたってやぁ!」



 いや藤川さんって誰っ!? 政治家さんっ?!



 そう突っ込むと、ハヅキチがにこやかに言ってきた。


「1ヶ月かけて教えたるさかい、気張ってやぁ!」


 長っ!!!


 と、突っ込みつつもハヅキチの隣のはるぴょんが「短こぅない?」と言ってる。


 マジかぁ……


 そんな凄い人なのかぁ……


 等と思いつつ、あたしは右手で後頭部を搔きながらため息を吐いて今一度、観客席を見やる。


 どの顔も寄宿舎の時に初めて見たばかりなんだけど、たった5日間の紆余曲折の生活の中でそれなりに打ち解けた。


 尚且つこれからの3年間を共に過ごす仲間達に向けて声を上げるのも悪くはないかなって、柄にもなく思ったあたしは覚悟を決めて行動に出る。



 早くしないとまた響希に怒鳴られそうだし。



 あたしは左手を腰に持っていき、右手を頭上高く持ち上げて人差し指をピッと伸ばす。そして女子生徒に向けてウインクを飛ばしながら……



「みんなっ! 行くよっ!!!」



「「「「おぉぉぉっっっ!!!」」」」

「「「「キャァァァッッッ!!!」」」」

「「「「私をイかせてぇっ!!!」」」」



 いやエロいわっ!!!



 こうして気持ちをひとつにしたあたし達は訓練場から出て大講堂横を移動し、正面玄関の広場に着く。そこには保護者を乗せて出て行った学園専用のバスが横一列にきちんと並べられている。


 そのバスの列の、右側の6台に男子生徒達が乗り込んでいる最中だった。


 と言うことは、奥にある6台のバスが女子生徒用なのだろう。


 そこまで直線で行けばいいものの、少しでも男子生徒の傍に行きたく無い為にあたし達女子生徒はわざわざ大講堂の傍を通り、バスの真後ろから直角に折れ曲がるように移動する。


 ってか、響希がそのルートを通って先行したから着いて行っただけなんだけれども。


 先頭を行く響希は後列のバスまでたどり着き、あたし達は隊列を作ってスマホに送られているバスの車番を確認しながら歩いている。


 あたしは隊列の真ん中辺りを真中と横並びで、前にはマイマイとらさくら、後ろには須藤ツインズとカノっち。


 その後ろをツクとハヅキチとなるぴょんと並んでそれぞれ会話をしながら歩いている。と、ちょうど大講堂の正面入口に差し掛かった所で先程地面にめり込ませた……誰だっけ?


「剛堂だろう、そろそろ覚えてやってもいいんじゃないか?」


 と、真中に言われ「どうでもいいんじゃね?」と言い返す。すると、その剛堂なにがしがあたしを睨み付けながら言ってくる。


「テメェ……このクソが、調子に乗ってんじゃねえぞ」


 どっちが調子に乗ってんだかと思いつつ、あたし達の様子を足を止めて見ている女子生徒に先に行ってと促す。


 そしてあたしは再びなにがし? に視線を向けると、そのなにがし男は情けなくも別の男子生徒の肩を借りて立っていた。


「とことんコケにしやがりやがってっ! ナメてんじゃねえぞ、あぁっ!!!」


 と凄んでくるけど、実はこの男は治癒魔法をかけて貰って顔の形は元に戻ってるけど何やら痛そうに顔を歪めていた。


 それもそのはず、この世界では例え治癒魔法で以前と変わらずに傷一つなく元に戻っても、痛みが完璧に治ることは無い。


 治癒魔法とはどんな重症でも生きてさえいれば傷は治すことは出来るが、それ以上の事を施すことは出来ないのだ。


 つまり、傷相応の痛みは残るもので、この男の場合でも3日は痛むんじゃないだろうか。


 まぁ治癒魔法も万能では無いと言うことらしい。


 ちなみに、ゲームや物語の世界では回復魔法なるものがあるみたいだけど、『闇の魔女』に呪われたこの世界には残念ながらそんな都合のいい魔法なんて無い。


 治癒魔法と回復魔法は同じようにみられるけれど、この世界では怪我は全快しても体力の回復は30パーセント程でしか見込めない為に、『治癒』と『回復』は別物となっているのだ。


 つまり、このなにがしも見た目は訓練場にいた頃と何ら変わりは無い。けど、実はかなりの痛みを堪えていきがってるいるだけなのだ。


 すると、大講堂の入口からふたりの男子生徒が現れた。あたしは真中に視線を向けると、「はぁ……」とため息を吐いて真中が声を出す。


「背が高い方が有坂で、その隣が仮屋島だ」


 そう言われた有坂君は無言で佇み、仮屋島君の方は複雑そうに微笑む。そしてあたしと目の前の男に声を出してくる。


 「彼は剛堂君だよ、神之原さん。剛堂君、もう勝負は着いたんだ、これ以上のトラブルは校則違反になってしまう。それに、最低でも後2日は安静にしなければならないと言われているだろう。そろそろ移動をした方がいい」


 そう言われると、そいつは肩を貸してくれている男子生徒を乱暴に押しのけて仮屋島君に言った。


「俺様に指図するんじゃねぇぞ、あぁっ!!!」


 そう凄んでも仮屋島君は涼しい顔のままで剛堂? なにがし男に視線をやって答えた。


「剛堂君、君が今何を言ったところで立っているのが精一杯だろう。早く学園に行って身体を休めるのが先決だよ」


 その言葉を聞いた剛堂なにがし男は低い声で「やかましぃ…」と言って仮屋島君を睨み、そしてゆっくりあたしに向き直って声を出した。


「いいかクソアマ! 体力が戻ったら直ぐに再戦だ! もう既にテメェの戦い方は見切ったぜ。さっきは油断してテメェの戦法に乗っちまったが、人の怒りを買って隙を作るくだらねぇ作戦なんざもう俺様に通用しねぇ。次こそはオメェを俺様専用に、他の女共を男専用の肉便器してやるぜ」


 ったく……


 この男は何にも分かって無いみたいだし、まだあたしに勝とうとしてるところが浅はかすぎて反吐へどが出る。


 あたしの横の真中も同じ気持ちようで、後ろで様子を伺う女子生徒達は怒りを露わにしていた。


 その勢いに気圧されたのは先程までなにがし男を支えていた男子生徒だけで、その男子生徒は有坂君の後に隠れるように下がっていく。


 その有坂君が、剛堂なにがし男の横に立って声を出した。


「ええ加減にせぇ……」


 そう言った後で剛堂なにがし男の右腕をガシッと掴むと、剛堂なにがし男はギロリと有坂君を見上げて睨みながらドスの効いた声を出した。


「離せや有坂……テメェからぶちのめされてぇのか……あん?」


 言われた有坂君は動じず見下ろすだけだけど、そろそろバスにも乗らなきゃならないし、何よりこの馬鹿野郎に現状を分からせなければならない。


 そう思ったあたしは有坂君に向かって左手を差し出す。


 その様子を見た有坂君は暫くあたしを見つめ、そして馬鹿野郎なにがし男の腕を解放した。


 剛堂馬鹿野郎の方は睨みつける視線を有坂君からあたしに向け、そして声を出す。

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