7-6.

 すると、今度は仮屋島代表君があたしに声を掛ける。


「出来れば『代表』の部分は外してもらえるかな。ついでに有坂君の『壁』も取ってあげて欲しい。それに、色んな呼び方をしていたけど、君が倒した相手は剛堂君だよ。とりあえず後の事はこちらでやっておくから、本当に迷惑を掛けて申し訳なかったね。いずれこのお詫びはさせて頂くよ」


 と言って踵を返し、有坂壁君の後を追うように訓練場から出て行った。


 観客席では男子生徒側にいるハヅキチを筆頭に、10数名の女子生徒が身を乗り出して男子生徒を罵倒していた。


 残りの生徒は未だあたしに歓喜していて、そして男子生徒の方はそそくさと観客席から出て行こうとしている。


 そんな光景を眺めていると、女子生徒側の最上段の通路の壁にもたれ掛かる響希を見つけた。響希と視線が合うと直ぐに、フイッと顔を背けて観客席から出て行ったのだけど。


 せっかく美人に産まれたのに、あんなに無愛想になる事もないのになって思っていると、一緒にその様子を見ていた真中があたしに向き直り声を出した。


「全く呆れたヤツだ、あれ程の魔力を素手で払うとは。余程鍛えているのか、それとも体術の部類か。どちらにせよ良い物を見せて貰った。実に有意義な数秒だったぞ、志乃。きっと響希も私と同じ様に思ったに違いないだろうな。今頃は身体を動かしたくてウズウズしているんじゃないか?」


 と言って、ニヤリと。


「それはいい事だけど、出来ればあたしの事は暫くほっといてくれると助かるんだけどね」


 そう言うと、「志乃はモテるからな」と言っていい顔を作られた。


 全く……


 他人事だと思って適当な事を言ってくれるなぁと思っていると、あたしの傍にやってきたツクが声を出してくる。


「あの……ありがとう、志乃。私の為に変な戦いさせちゃって……ごめんね」


 ツクがそう言ってくるのだけど、あたしは後頭部に両手を回して声を出す。



「なんの事ぉ?」



 するとツクは「ふぇっ? 私の家族の為じゃぁ…」と呟き、目を丸くしてあたしを見つめる。


 更に自分が間違ったことを言ったのかと思ったのだろう、徐々に顔を赤くさせて口をアワアワと動かし始めた。


 その様子を見ていたカノっちが言葉を出してくる。


「ツク、今のは志乃の冗談ですから大丈夫ですよ。志乃もあんまりツクで遊ばないで上げてくださ……プッ……フフッ……」


 と、最後にはちょっと可笑しくなった様で軽く吹き出した。


 カノっちの気持ちはよく分かると言うもので、軽くとぼけただけで本気にしちゃうとこなんて園児並みに素直で可愛すぎて世間知らずで。


 カノっちとどっちがお嬢様なのか分からないくらい、純粋無垢なところが愛おしくって食べたくなる。


 吹き出したカノっちの横で真中が涼しげに笑い、そしてあたしも楽しげに眺めている。すると、ようやく冗談だったと分かったツクが頬をプックリと膨らませて言ってきた。


「プーーーッ! からかわないでよね、志乃! カノっちも乃木さんも笑い過ぎだよっ! もぉっ!」


 すると、真中が楽しそうにツクに声を出した。


「いや待て神凪、志乃がお前の家族の為に動いたことは疑いようの無い事実だ。でなければ、自分の事を罵倒されても何食わぬ顔をしていた者が、お前の母親を罵られた瞬間にキレはしないだろう。実に厄介なヤツだな」


 真中がそう言うと、カノっちが不思議そうに言う。


「厄介とはどういう意味でしょう? 私にはとても素晴らしい事と思いますけど?」


 そんなカノっちに答える真中。


「自分の事より人の事を優先する者は、優先出来る者は、ただ純粋に強者のみだ。しかも相当のな。これを厄介と言わずに何と言う? 神楽坂もこの学園に来たのならば、ましてや志乃と同部屋となるならば、我々以上にその事を自覚しなければならないのではないのか? お気楽モードはここまでたぞ。勝負は既に始まっているのだ、お互い覚悟が必要だぞ」


 その言葉を聞きいたカノっちの目の色が鋭くなっていき、そして真中に力強く答えた。


「そうですね、勝負はもう始まっております。私も負けるつもりで志乃と同部屋になった訳ではありませんから。もちろん貴女にも。お互い、頑張りましょう」


「あぁ」と真中が返事し、お互い対抗意識を高める中で、あたしの横でツクが目をうるませながら言ってくる。


「志乃……やっぱり私のお母さんの為だったんだね。何かお礼をしないと」


 いやまぁ、あの程度のヤツなんて響希と対峙した時に比べたらホント大したこと無かったんだけど、それでもお礼をと言われてあたしは考える。



 考えて考えて考える。



「だったらあたし、チューがいいな!」


 と言って唇を前に突き出してツクに近寄っていく。


「ふぇっ? ……えと……えっ? ……チ……チュー? ふぇぇぇっ?」


 あたふたしながら後ずさるツク。


 そんなツクをあたしは両手で二の腕をガシッと掴んでなおも迫り行く。


「ちょ……志乃? ……ひゃっ……こ……あの……待ってぇ……心の準備がぁ……」


「む〜〜〜っ」と、言葉を出しながらツクの唇にあと少しで接触すると思ったその時、訓練場の扉が勢いよく開いた。



 バッガ━━━━━━━━ンッ!!!



 カノっちと真中が衝撃音を上げた扉の方に視線をやり、ツクは助け舟がやってきた様な安堵の表情になって急いであたしから扉の方に顔を向けた。


 あたしは餌を横取りされそうになるハイエナの如く、ただ唇は前に突き出したまま扉の方に顔を向け強く睨みつけた。


 そこには扉を開け放ち、腕組みをした響希が此方を向いて立っている。


「ひ〜〜〜び〜〜〜きぃ〜〜〜っ、あたしからドキドキタイムを奪うなんてどう言うつもりぃ〜〜〜っ」


 不機嫌を全面に押し出すように言うと、言われた方の響希は何食わぬ顔で「ふんっ!」と鼻を鳴らす。そして険のある言葉で言い放った。


「そんな事は寮に入ってから好きなだけやればいい」


 すると響希は踵を返し、言葉を追加する。


「一度しか言わんぞ……あまり迎えを待たせるな」


 そう言って歩き出した。


「時間だな」と真中が呟くもんだから、あたしは訓練場の入口の上にある時計を見る。と、時刻は2時50分を指していた。


 とは言え、好物を目の前にしてお預けを喰らわせてくれた響希の背中を眺めつつ、いつかあの唇を奪ってやろうと誓いながらあたしも移動しようと一歩前に出たところで真中に呼び止められる。


「待て、志乃!」


「なぁにぃ……」と、半ば八つ当たり気味に真中に視線を向けると、呆れた表情で言われた。


「全く……お前と言うヤツは、欲望に忠実過ぎるんじゃないのか? 移動する前にやっておかねばならん事があるだろう」


 そう言って観客席に親指を向ける。


 そちらの方を見ると、そこにはまだ女子生徒達が残っていて全員があたしに視線を向けていた。


 その光景を眺めていると、「何か一言いってやれ」と真中に言われた。



 いやぁ……



 そんな熱視線を送られてもなぁと思いながら呟く。


「こんなのは真中の役目なんじゃないのぉ」


 その言葉に真中は肩を竦めながら答えてきた。


「冗談じゃない、毎度毎度代表を押し付けられる私だが、今回ばかりは拒否させてもらおう。私だってそれくらいの空気は読めるさ」

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