7-5.

 体力勝負な戦いだけど、あたしはこんな戦いにもならない喧嘩に時間を費やす気が無い。そために、若干前に出て迫り来る拳に左耳を差し出すように倒れ込む。


 響希の時と同じでパンチと言うのは拳が当たる時のインパクトが勝負になる為に、パンチを当てる場所が変わったりズレたりすると上手く力を込められない。


 後ろに下がれば二の手を打たれるぶん回し系パンチの威力を鈍らせるためには、拳の軌道を変える事が効果的だ。


 相手側も打ち込む目標が接近してしまえば弧を描く起動を途中で小さくさせなければならない為に、肘を少しだけ内側に畳まなければならなくなる。


 案の定、短髪クソの肘は僅かに内側に畳まれた。その瞬間に、あたしは迫り来る電撃がほとばしる右手の甲に向け、魔力では無く『気』を送った左手でパンッと押し込んでやる。


 すると、肘を畳む方に僅かな力を込めたばかりにちょっとした衝撃で余計に腕が内側に持っていかれる。


 そして短髪野郎の拳はあたしの頬を捉えることが出来なくなり、鼻先ギリギリで通過するはめに。


 こんなヤツに魔力を使うのも馬鹿らしいし、相手もまさか自分のぶん回した拳が全くの素手で払い退けられるとは思ってもみなかっただろうし。


 それに、この手の人間は頭に血が登りやすい。だからあたしは野郎の腕が目の前で通過して視線が合ったところでニカッと笑い、怒りを誘ってやろうと考えていた。


 それがこの勝負の分かれ目となり、あたし的なポイントだ。


 もし冷静さを保たれていたならば、今繰り出している攻撃の先を考えなければならなくなるのだけど。


 あたしの目の前を通過する右腕が、いよいよ肘が通り過ぎて相手の目があたしの笑顔を捉えた瞬間だった。案の定、剛堂短髪クソ野郎の表情が激変する。


 目尻をギュッと吊り上げ、眉間にグッと皺を寄せる。鼻の穴を大きく広げて激高する短髪野郎。


 その鋭い目はあたしを捉えて離さず。その結果、自分があたしの術中にハマっている事に気付かずに牙を剥いていた。



 そう……



 この手の激高人間は、緊迫した中で余裕の表情を見せられると怒りに囚われ周りが見えなくなる傾向がある。


 実はあたし、拳に向かって身体を沈めた時に左足を軽く曲げ、そこに重心を置いて右足を跳ね上げていた。そして相手の左側頭部に回し込むように移動させている。


 右足を大きく斜め上に跳ね上げたせいで大股を広げてしまった。だけど、4月の初旬はまだまだ寒い為にスカートの下に黒いスパッツを履いていたのが幸いだった。


 今日の為に従姉妹の那海なみちゃんから頂いた、高級そうな桜色のショーツを男子共にタダ見させずに済んだし。


 いよいよあたしの右足が相手の顔の高さになった時に相手の拳をパンっと払って空を切らせ、剛堂野郎に笑顔を作って意識を持ってこさせていたのだ。


 あたしの誘いに乗ってしまったクソ短髪は、右側に沈み込むあたしの笑顔に意識を持って来ていた為に死角が生まれる。


 つまり、自らの左頬に接近するあたしの右足に全く気付く事無く此方に向けて、アホの様に熱烈な視線を注いでいるのだ。


 あたしの鼻先から完全に右腕が通り過ぎた瞬間に右足に『気』を送り、その右足がカウンター気味に剛堂短髪クソ野郎の左頬を捉えた。



 グジャッ!!!



 足首と甲が下顎と頬を捉えると、鈍く頬骨が折れた音が右足に伝わる。さらに、靴下の上からでも右足の甲が顔にくい込んでいく感覚がやってくる。


 キックを喰らった剛堂野郎の表情は瞳の部分が蹴られた方向に寄り、やがて完全に白目しか見えなくなっていた。


 この時点で意識は吹っ飛んでるだろうし、最後に見た光景がこのクソ女の笑顔なのは悼みいっちゃう。


 右足を押し込んだところで頬骨が更に潰れた感触が伝わり、同時にバギッバギッと音がしたのも右足から伝わってきた。


 恐らく顎も頬骨も砕けたのだろう、口が半開きになり奥歯が口内に数本転がるのが見えた。けど、それでも構わず力を込める。


 右足の甲がさらに左頬にくい込み、クソ野郎の頭があたしの右足の方に傾く。


 相手のこめかみが右足の外側側面に触れた感覚があった瞬間、クソ剛堂の頭の高さが失われる感覚があった。


 恐らくは意識を失い腰から地面に崩れ落ちようとしているのだろうが、そうは問屋が卸さない。


 こいつがやった事の罪……


 言ったことの重みは、この程度の蹴り一発で納めるにはあまりにも大き過ぎる。


 女を馬鹿にし、女を罵倒し、女を処理の道具にしようと考えただけでも許せない。


 それに『神凪家』と言うだけで辛い思いをしたツクを踏みにじり、家族や他県の人からの板挟みで何も出来ずに人生を耐え抜いき、ようやく今日から顔を上げて親子で難敵に立ち向かう決意をして戻っていったツクのお母さんを馬鹿にした罪は決して軽いものじゃ無い。



 その代償は、あたしがきっちり払わせる。



 あたしは崩れ落ちそうになっている短髪野郎のうなじ辺りにつま先を引っ掛け、手前に引き寄せる。


 すると、力を失った首は簡単に曲がり、顎をあたしに突き出すような格好になふ。


 あたしは振り上げた足を今度は強引に、身体が崩れ落ちるよりも早く右足に『気』を送り、野郎の後頭部をつま先に引っ掛けたまま地面に向けて思いっきり振り下ろした。



 ボッッッゴォンッ!!!



 派手な音を残して地面に叩きつけられたクソ短髪の顔面は3分の1程地面にめり込み、その衝撃で少し跳ね上がった顔面は潰れて鼻血が飛び散る。


 開け離れた口から上下の前歯が全てこぼれ落ち、右頬とおでこの右側が陥没骨折したようで。顔面が粘土を床に叩きつけたように平になっていたのが見てとれる。


 あたしがクソ野郎剛堂の顔面を地面に叩きつけた右足を地面に着けたと同時に、跳ね上がったていたクソ野郎の顔面が再び地面に落ちる。


 口や鼻から血が地面に垂れ落ち、そして完全に動きが止まった。


 まぁ脳にまで損傷が及ばない程度には手加減したつもりだけど、顔面の方はほぼ原型を留めていないようだ。


 ここまでの時間、恐らく3秒位だったろうからギャラリーを湧かせる事は出来なかった。だけど、原型を留めなくなったクソ野郎の顔面を上から見下ろすのは悪くない。


 それでもウチのおばぁちゃんだったらもっと早く仕留めたかなぁと思いつつ、あたしはツクに視線を向けてウインクを飛ばす。


 次いでにギャラリーとして観戦していた女子生徒に向けて右手で拳を作って高々と持ち上げた。


「「「「きゃぁぁぁぁっっっ!!!」」」」

「「「「わぁぁぁぁぁっっっ!!!」」」」

「「「「神之原さぁぁぁんっ!!!」」」」

「「「「もうどうにでもしてぇぇぇ!!!」」」」



 うん、この歓声……悪くない!



 女子生徒の割れんばかりの喝采を受けながら、そして唖然としている男子生徒を眺める。


 次に地面に倒れている短髪クソ剛堂を見ると、その傍にいつからそこに移動したのか有坂壁君がしゃがみ込んでいた。


 片手でクソ野郎の胴体を引き上げて小脇に抱え、重さすら感じさせない表情をあたしに向けて言った。


「流石や……」


 それだけ言って踵を返し、1歩前に足を出して動きを止める。そして、こちらを向かずにボツりと言葉を出す。


「保険医んとこ連れてく……迷惑かけたな……」


 と言って、有坂壁君は1度仮屋島代表君に視線を向けてから正面に向き直って歩き出した。

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