7-3.
その言葉を聞いたツクがいよいよ肩を震わせて怒りの声を上げようとした瞬間、あたしは真中に渡した申請書を取り上げて言葉を出した。
「OK、その喧嘩買ってやるよ」
あたしがそう言うと、その場に居た全員があたしに注目する。
おもむろに胸ポケットに刺していたサインペンを抜き取り、申請書を眺めて暫し。
「ちょっと後ろ向いてくれる?」と言って、後ろを向けさせた真中の背に申請書を当てて自らの名前を『使用者2』に書き込む。
そして、その申請書をツクに差し出してから言った。
「ツク、名前書いといて。あとひとりは……」
と言うと、背中を向けていた真中があたしに向き直って声を出す。
「私が書いてもいいだろうか? 見届け人は観客席では無くフィールドで見学出来るそうじゃないか。臨場感というものを味わって見たいのでな」
「いいよ」と言って真中に申請書を渡し、ついでに背中を向けて名前を書かせる。その申請書を真中がツクに手渡そうと移動した。
傍まで来た真中の申請書を眺め、怒りから不安な表情となったツクが「でも……」と呟くと、真中が声を出す。
「もとより求婚されたのは志乃だ、だったらあいつに任せればいい」
と言って微笑む。
ふむ……
あの笑顔に殆どの女性は堕ちてしまうんだろうなと思い、これまでどれ程の数の女性を泣かせたのかが気になってしょうがない。
「他の誰に言われたとしても、志乃にだけはそう言われたくはない」
と言って、肩を竦めた。
きっとそれは出来るやつのポーズなんだろうなと思っていると、ツクがあたしの方を見つめていた事に気付いた。
「志乃……」
不安げにそう呟くツクに、あたしは右手の親指をクイッと立ててウインクを飛ばす。
その様子を見てツクはようやく真中から申請書とサインペンを受け取り、そこに名前を書き込んいる最中にあたしはカノっちを見て言った。
「後、カノっちもね」
「えっ?」と驚くカノっちに、あたしはウインクを飛ばして言葉を追加する。
「同部屋なんだから当然でしょ?」
と言ったけど、美少女の間近での応援はひとでも多い方がいいしと思いつつ、見届け人は3人まで書けるみたいだし。
どうせなら空欄を全部埋めたくなるのは人の性と言うものでは無いだろうか?
貧乏性と言うのかもしれないけれど。
「分かりました」
そう言ってツクの傍まで行ったカノっちが申請書に名前を書き込むと、そこで剛堂短髪野郎が乱暴に申請書を取り上げて踵を返す。
「とっとと行くぞクズ共がっ!」
ズンズンと歩いく剛堂短髪クソ野郎がその辺にいる男子生徒に、「出しとけやオラっ!」と言って申請書を押し付ける。
その男子生徒が何事かと目を丸くしていると、ギロリと睨まれ、慌てて大講堂に走って行った。
情けなや情けなや。
よく見ればあたし達の周りや遠巻きに見ていた他の生徒も訓練場の方に移動を始めており、どうやらあたし達の喧嘩のギャラリーとなるようだ。
あたしが大講堂の真横に差し掛かった時、そこに壁を背にして腕組みをしている響希と視線が合う。
「行かないの?」と聞くと、響希はあたしを睨みつけながら言った。
「無論、行くに決まっているだろう。喧嘩自体に興味は無いが、貴様の動きを見ておいて損はない。期待に答えてもらうぞ、志乃」
そう言って身体を起こし、響希は訓練場に向かって行った。
あの子はいったいどんな期待をあたしにしてるんだろうねぇと呟きつつ、あたし達も訓練場にたどり着く。
あたしはツクとカノっちと真中を引き連れて訓練場に入り込む。そして、フィールドの真ん中で剛堂短髪クソと、その他2名と対峙している。
「随分と口の達者なクソ女だなぁ、おい」
ニヤケながら呟く短髪クソ野郎。
ウザさが半端ない。
しかし、この訓練場は思ったよりも広かった。
聞けば大講堂の裏のアリーナの、そのまた裏には闘技場がある。収容人数3万の屋内施設と2万の屋外施設だ。
大講堂とアリーナと闘技場の左側に、学園生徒専用の訓練場が4つある。
しかも、訓練場は全て屋根付きだ。
第1から第3訓練場は各学年専用で収容人数が500人。
今あたし達が立っている第4訓練場は収容人数2000人と、訓練場の中では一番広い。この場所で学園全体の競技大会や学園内対抗戦などが行われるらしい。
フィールドの広さは縦80メートル横150メートルで、観客席が東側と西側に300席ずつ。南側に1500席設けられ、北側は来賓用や記録用に200席備えられている。
って言うか、どの施設もアリーナになってるらしい。式典での説明を適当に流して聞いていたのがバレて真中に叱られてしまった。
「全く、お前はもう少し周りに興味をら持った方がいい。特に人の名前はしっかりと覚えないと失礼だぞ」
等と言われても、相手が美人や美少女なら一発で覚えられる。その後で身体に覚え込ませるんだけどね。
「セクハラだぞ」と、真中に言われた。肩を竦めたあたしは目の前の3人を眺め、さっき教えて貰った名前を思い出す……
のもめんどっちぃからただただ眺めていると、剛堂短髪野郎が言ってくる。
「見物客も揃った様だしよぉ、縁もたけなわってぇヤツだなぁクソ女」
この言葉には正直驚いた。
一貫して見た目通りにガラが悪くて言葉遣いの汚い剛堂クソ野郎が、ウイットに飛んだジョークを言えるとは。
人は見かけによらないとはこの事だろうねと思いながら南側の観客席を見る。そこには男女の生徒が真っ二つに左右別れて座っており、男子と女子の間に10席くらいの隙間があった。
まぁ粗暴でガラの悪い短髪クソ野郎が対戦相手とあっては関係ない男子もそんな風に見られても仕方ないかなって思っていると、その剛堂短髪野郎が言ってきた。
「とりあえずテメェが意識のあるうちに言っとくが、テメェは今日から俺の女だ」
…………はぁ?
と、間抜けな息を返事に変えると、あたしの後ろの真中が言ってくる。
「剛堂、それは些か横暴ではないのか? 元より模擬戦に賭けを適用しよう等とは不謹慎だろう」
そう言われた短髪剛堂クソは、真中を一瞥して言った。
「元よりと言うなら俺様は元よりオメェなんざ相手してる訳じゃねぇんだよ、引っ込んでいやがれや、クズが!」
すると、真中は目を閉じて楽しげに肩を竦めて言った。
「そうだったな、私としてもお前の求婚なんて御免こうむりたい。だが、その言い方からして志乃が負ける前提の様に聞こえるが?」
真中の言葉に、剛堂クソ野郎はニタァと笑って言葉を出す。
「前提じゃねぇんだよ、このクソ女が俺様に勝てるわけねぇだろうが。たかが固定式計測器で高ぇスコアだしたからってそれが強さに繋がらねぇってのはこのボケが言ったことだろうがよ。今回にしろ去年の計測にしろ、このクソ女が出したスコアは全部固定式計測器の結果で、それ以降の大会に一切出てねぇってこたぁ、それだけのクズって事だろうが。そんなのに俺様が負けるわけがねぇんだよ。分かったか、このボケがっ!」
まぁ、お話にならない事ならない事。
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