訓練場

7-1.

「おい、神之原っ! てめぇに用がある! こっちこいや!」



 とまぁ、いかにもガラの悪いドスを効かせた声があたしの背中にぶち当たる。すると、あたしの前方にいるツクとマイマイとさくらの表情が一瞬で驚愕に満ちた。


 あたしの右横にいるカノっちは怪訝な目付きをあたしの後ろに向けているだけという事は、きっと四国3人娘には馴染みのある顔なのだろうと想像出来る。


 そんな事を考えていると、後ろからの声が粗暴になってやって来てた。


「おらっ! グズグズすんなこのクソアマがっ! 俺様が来いっつってんだからさっさと着いて来やがれっ!」



 ったく……



 言葉の使い方がなってないなぁと思いつつ、あたしは後ろを振り返る。


 そこには、短髪をワックスか何かで逆立てて目元は釣り上げ、歯を食いしばってるのかは知らないけど口元は隙間を開けた男子いた。


 制服の上着を脱いで肩に担ぎ、カッターシャツの上から2番目までを開けてネクタイを崩す、いかにもタチの悪いヤンキーが立っていたのだ。


 あまりお近付きになりたくは無いなぁと思って眺めてると、目の前の短髪君がイラつきながら声を出してくる。


「とっとと来やがれや、このボケが! おめぇは俺様の言うことだけ聞いてりゃいいんだ! 早くしろや!」


 と言って踵を返そうとした瞬間に、あたしは声を出した。


「めんどっちそうだから遠慮しとく」


 すると、踵を返そうと半回転する手前で短髪君がビタッと停止し、あたしを睨みつけて言い放つ。


「テメェごときが俺様に逆らってんじゃねぇ。さっさと来いや、クソがっ!」



 いやぁ……


 話が通じないかぁ……


 まぁ、あの顔見れば想像はつくけどねぇ。



 あたしが呆れながら短髪君を眺めていると、その後方から穏やかにたしなめる声が聞こえてきた。


「止めるんだ剛堂君、神之原さんが困ってるじゃないか。それに用事があるなら言い方というものがあるんじゃないのかい? 女性にはもう少し優しく接する方が良いと、僕は思うけどね」


 と言う声と共に……



 えっとぉ……



 男子生徒代表君がやってきた。


「僕の名前は仮屋島輝星かりやじまらいとだよ、神之原さん。覚えてもらえると有難いんだけど」


 と言って、微笑んでくる。


「あぁっ? 何言ってやがる仮屋島、精一杯優しくしてやってんだろうが。なぁ、そこのふたり、この優男に説明しやがれや」


 と言って、マイマイとさくらに視線を突き刺した。


「なっ……何が優しくしてるよ、ふざけてんのっ!」


 と、マイマイが言い、そしてさくらも怒ったように言葉を出した。


「そうよっ! あんたが人に優しくしてるとこなんて見たことないわ! ふざけないで!」


「けっ……」と、不機嫌そうに短髪君がマイマイとさくらを見下し、そしてあたしを見て声を出す。


「まぁいい……今日は俺様も気分がいいから一度だけクソにも分かるように言ってやらぁ」


 そう言って、あたしに牙を見せる様に笑ってくる。


 マイマイとさくらに話を振るって事はお知り合いなのかなぁって思っていると、短髪君が言葉を出した。


「この学園は申請さえすりゃ戦っていいらしいじゃねぇか。だから戦いに行くんだよ。分かったか? このボケッ!」



 ふむ……


 確かに、式典の中でそんな事を言ってたような気がする。



 この『私立アリシア魔法学園』は常に個々の魔力向上を求める事を尊重し、申請さえすれば模擬戦をする場所を貸してくれるのだ。


 もちろん対戦相手同士の同意の元で、その時の条件として必ず双方に見届け人が最低ふたりは付き添う事となっている。


 申請書に署名して受理されればアリーナ横の大小の訓練場で試合が出来るし、その中にギャラリーを入れても良いんだとか。


 その際に学園側から治癒魔法の出来る職員が着いてくれるものだから、結構ガチな戦いが行えるようになっているらしい。


 とは言えあたしはそんなのに同意した覚えなんて全然無いんだけどと言うと、短髪君が嘲笑うように言葉を出した。


「テメェの意見なんざ、知ったこっちゃねぇ。それに、テメェなんざに選択の余地もねぇ。俺様が来いって言ってんだから来りゃあいんだよ。グズグズすんなやクソ女っ!」


 と言ってあたしに背を向けて歩こうとしたその時、短髪君の前に壁が現れた。



 …………



 物言わぬ壁はただ短髪君を見つめるだけで、通せんぼを食らった短髪君はその壁を見上げて声を荒らげる。


「そこを退けや有坂! 俺様の邪魔をすんならオメェもぶっ飛ばすぞ、あぁっ!」


 そんな事を言われた壁君は、あたしから5メートル先に立ってるんだけど、本当にデカい。


 多分だけど2メートルはありそうで、肩幅もガッチリと広くてマジに壁と言っても差支えが無さそうだ。


 そんな壁君は短髪君の言葉に壁の如く微動だにせずに見下ろしていると、その壁君の左横に男子生徒代表君が立って言った。


「僕の名前は仮屋島輝星だよ、神之原さん。それよりも剛堂君、僕も有坂君も君が試合をしたいから付き添ってくれと言うから了承してここまで来たんだ。なのに君は神之原さんと喧嘩をしようとしている様に見えるけど、どうなんだい? 事と次第によっては見届け人を断らせて貰うことになりかねない事態の様だけど」


 すると短髪君は「ちっ……」と舌打ちをし、あたしに振り返って1枚の紙切れを投げ寄こした。


 本来ならペライチ……薄っぺらい紙切れ1枚なんて、弱い風に吹かれただけでヒラヒラと飛んで行く様なものなのに。


 なのに、こんな時だけ上手い具合にあたしの目の前にやって来くる。


 だからあたしも仕方なく汚い物を触る様に人差し指と親指で摘み、そこに書かれている逆さまになった文字を見つめる。



 持ち替えるのすらめんどっちぃ。



『闘技場、及び訓練場使用許可申請書。※使用者1、剛堂牙門。見届け人1、仮屋島輝星、2、有坂龍、3【空欄】※使用者2、【空欄】。見届け人1、【空欄】2、【空欄】3【空欄】。場所、第4訓練場』



「書けや……」と、短く凄まれる。つまり、これに署名して戦えって事なんだろうけど、何であたしがこんな事しなきゃなんないのかが謎すぎて意味が分からない。


 この手のアプローチは今に始まった事じゃないけど、正式文書なんて熱烈過ぎやしないだろうか。



 とんだ婚姻届もあったもんだ。



 いつの間にかあたし達の周りに人だかりに……


 ってまぁ、保護者を見送ったすぐ後のプロポーズなだけに、この場に集まっているほぼ全員があたし達の動向を眺めていた。


 すると、その中の1人があたしに近寄ってきて言葉を出す。


「何事なんだ志乃。随分と騒がしいようだが、何かあったのか?」


 と、真中があたしの横にやってきた。ので、指で摘んだばっちぃペライチを真中に渡す。


「プロポーズされちゃった」


 そう言うと真中は申請書に目を通し、そしてあたしに視線を向けて言ってくる。


「なるほど、入学早々アプローチされるとは、モテる女は何とやらと言うヤツだな。で、どうするんだ?」


 真中の問いかけに、あたしは肩を竦めて答えた。


「どうするも何も、あたしはまだ15歳だし、いきなり求婚されてもやりたい事が沢山あるんだし、こんなペライチなんかに縛られるのは御免こうむりたいんだけどね」


 そんなやり取りを真中としていると、短髪君がイラついた様に大声を張り上げてきた。

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