6-5.

「あたしが知る限り、あの男は現時点で世界最強のバケモノだから」


 あたしの言葉をどう捉えたのか、仮屋島君は複雑そうな表情で困惑気味にやんわりと言葉を出した。


「それはまた物騒な言い方だね、あんなに優しそうに見えるのに。それに世間ではって言われてるんじゃないのかい?」


 その言葉を聞いてあたしは視線を仮屋島君からゆっくりと外し、正面に向き直って言った。


「世間がどう思ってるかは知らないけど少なくとも、もう1人の兄とあたしと妹はの意味を履き違えてはいないかな」


 っと、少し楽しげに言ってやると「どういうことかな?」と言われる。あたしは右横に立つ真中に視線をやり、そしてまた正面を向いて答えてあげた。


「うちの真中が『帝王』ならば、あの男は『覇王』と言えば分かりやすいかもね」


 そう言うと仮屋島君は「『覇王』かい?」と不思議そうに言い、そして真中があたしの真意を正確に読み取った。


「『覇王』か、それは手強いどころの話では無いな。全てを制覇した者ならば人の努力など笑って蹴散らせるものだろう。そう考えればと呼ばれる由縁もよく分かると言うものだ。全く……志乃も余計な事を言ってくれるじゃないか。これでは高みに登り詰めるのに一体どれだけの命が要るのか……あまり想像はしたくはないな」


 と、呆れながらも楽しげに言ってくると、仮屋島君も納得したように声を出してきた。


「なるほど、僕はまた目に見えるものに捕らわれていたようだね。『覇王』を超えるとなれば、どうやら命の出し惜しみはまさに命取りになりかねないようだ。これは考えを改めなければ高みに上がれそうにはなさそうだね。今日は貴重な意見を有難う、これからの学園生活の参考になったよ」


 そう言った仮屋島君に、あたしも少し考えを改めた。


 この男は本気で高みを目指しているんだなと。少なくともその辺にいるような、斗哉に憧れているだけの勘違い野郎では無いのだなと思った。


 それでも興味をそそられる程では無いけれど、他者からの否定を素直に受け入れられところは見習いたいものだと思う。


 そんな話をしていると、マイクを持つ眞鍋先生がこんな事を言った。


「それではここで、ランキング1位となった神之原志乃さんに、学園での抱負を語って頂きましょう」


 と言うと、講堂内の視線があたしに集中した。


 まぁあたしが女子生徒代表に指名されなかった理由があるとは想像出来てたけど、さて何を言ったものかと思考しその場で声を出した。


「講堂内にお集まりになった本学園の理事長、学園長、先生方、先輩方並びに学園関係者の皆様。そして来賓としてお越しになって頂いた内閣総理大臣様、福岡県知事様、北九州市市長様並びに保護者様、本日はこの様な素晴らしい式典を開いて頂き、新入生一同心より御礼申し上げます。今回の測定の結果、私はこの様な位置に立たせて頂きましたが、あくまで現段階での基準だと思っています。今回の結果が不本意に思う人もいるでしょう。またステージに上がっているからと言って満足している者はひとりもいないでしょう。今回の様な固定式計測方法でなかったら、対戦型計測方法だったら違う結果になったかもしれない。自分の得意とする計測方法だったら今以上の計測結果だったかもしれない。それに緊張や不安もあったと思います。慣れ親しんだ地元を、家族の元を離れてやって来て実力を出せなかっただけなのかも知れません」


 そこまで言って会場内を見渡し、そしてあたしは言葉を続ける。


「だからと言って、たまたま今回の結果に捕らわれるような、そんなはこの由緒ある日本三大魔法科学園の最高峰『私立アリシア魔法学園』の新入生の中には誰一人としておりません。例えランキングが下位であろうと諦めるような鹿はおりませんし、上位だからと言って気を抜くも、私を含めて一切おりません。この日この時この場所が私たち新入生の横一列のスタートラインだと思っています。今までやってきた事や得意分野を、また対戦相手や敵の技量を見極める洞察力を高め、そしてその様な指導をさせて頂ける環境を与えて頂いたことに多大なる感謝をしつつ、この3年間、本日この場所に集いし仲間と共に切磋琢磨し、何処に出てもアリシア学園の生徒である事を誇りに思い、また尊敬される様、精進していきたいと思います。令和4年4月10日、神之原志乃」



 そう言い終えて、「ふぅ」と息を吐いた瞬間だった。


 講堂内からは割れんばかりの拍手が沸き起こり、新入生はおろか保護者席や来賓席。教員席や学園関係者席。一番奥の正面入口付近にいるブラスバンドの先輩達全員が立ち上がって拍手をし続けてた。


 そんな中で、右側の真中があたしの耳元で声を出す。


「全く……私よりも余程志乃の方が『帝王』と呼ばれるに相応しいんじゃないのか? たったあれだけの言葉で全生徒の目の色を変えるなんて私にはとても出来そうにないな」


 確かにステージに上がった時に見た男子生徒の惚けた顔や、女子生徒の高揚した表情は無くなっていた。


 どの生徒も自信と希望に満ちた決意のある表情に変貌している。


 このアリシア学園に入学できるものであれば本来は実力のある者ばかりなのだから、昨日までの合宿気分は捨て去って初心を思い出そうと。


 更に気持ちを高め、此処にいる全員でスタートラインに立ったばかりなんだからランキングなんて気にせずに、逆に糧として頑張って行ければなって思っただけなんだけど。


「余計なこと、言っちゃったかな?」


 あたしの言葉に真中は「さぁな」と言って、肩を竦めるだけだった。


 その後、3分程の時間をかけて学園教職員が拍手を収めた。


 そして男女別のランキングのトップ7を発表し、ステージに上がった各々の意気込みを語ってランキング発表が終了。


 あたし達は今、午前中にやってきた待機所に戻って各々の家族でランチを楽しんでいる。



 午後12時10分



 この待機所は新入生女子240人が入っても狭くは感じないのだけど、さすがに家族も入るには手狭だった。


 待機所にはビュッフェスタイルの料理が大量に置かれており、大講堂の外にもテーブルが置かれている。


 大講堂裏側のアリーナも解放されていて、そちらにも大量の料理が並べられていた。



 この『私立アリシア魔法学園』は、人里離れた山奥にある為に専用のバスで来なければならない。


 だから、個人的に帰宅できるのは地元在住のあたしの家族くらいなもんで。他の保護者は学園専用バスに乗り、北九州空港や小倉駅に向かうシャトルバスが待つ中継所に行くしかない。


 そのバスが発車する午後2時までは家族と過ごせるように、学園側が配慮してくれたのだ。


 何せあたし達は、これより1年5ヶ月もの間も実家に帰れないのだから。


 待機所内外で各々の家族が楽しげに料理を食べ、木陰でお喋りを楽しみ、様々な場所で写真を撮りながらバスの発車時間までを過ごしている。


 あたし達、あたしとお母さんとキラリんは大講堂の裏のアリーナの手前に用意されたテーブルに座って保護者が滞在できる残りの時間をまったりと過ごしていた。

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