6-2.

 しかしまぁ何と言うか、内閣総理大臣って政治家だけあって挨拶と言うよりは演説に近いスピーチを終えた。


 その後、県知事や市長の挨拶も滞りなく終えて、次に登壇したのが『世界魔法統括機構』の理事長であたしのお母さんのお姉さん。度々文字だけで登場していた叔母さんの『キラリん』だった。


 何故『キラリん』なのかは紆余曲折あって、そう呼ばなければすこぶるいじけてしまう。なので、あたしを含めた兄妹4人は『キラリん』と呼ぶように半ば強制されたようなものなのだ。


「新入生のみなさん、並びに保護者の皆様、本日は御入学おめでとうございます。私、この『私立アリシア魔法学園』の卒業生であり、現『世界魔法統括機構』の理事長の江ノ川姫羅々ごうのかわきららと申します」


 ちなみに『姫羅々きらら』と名付けたのはおばぁちゃんで、お母さんの名前は『神之原紗瑠々しゃるる』と言う。


 今でいうキラキラネームの先駆けと言っても過言じゃないかもしれない。


 ただ、あたしの後ろからキラリんのスピーチの間ずっと拍手が聞こえてくる。


 気になって振り返ると、あたしの席から3メートル後ろの保護者席の端の最前列に座る我が母親が壇上のキラリんの方を見ながら手を叩き続けていた。


 年子の姉妹で2人とも40歳を超えているにも関わらず、どこからどう見ても20代半ばにしか見えない。


 アンチエイジングにも程があるというものだ。


 ただ、キラリんの苗字が『江ノ川』なだけに世間では『神之原』とは結びつくイメージが無いらしく、姉妹であると思われていないようだ。


 見た目も声もかなり似てるんだけどね。


 挨拶の持ち時間が終わり、キラリんが降壇した後にあたしが振り返っているのに気付く母上様。あたしに向かって可愛らしく微笑んで胸元で手を振ってくれた。



 ちくしょう、可愛いぢゃないか。



 そんな母親にあたしも手を振り返し、そして正面を見る。と、ステージには右側に女子先輩生徒3人と左側に男子先輩生徒3人が上がり、ステージ下に右側から真中が、左側から男子生徒が壇上に向かって立っていた。


 ステージ上では女子生徒会長、男子生徒会長、3年生代表の女子生徒、男子生徒、2年生代表の女子生徒、男子生徒の順で挨拶が行われ、次にステージ下の1年生代表ふたりが左右に別れて歩いて行く。


 ゆっくりとステージ横の階段を上がり、ステージ上の演台に立つ学園長に向かい合うように並んだ。


『新入生代表挨拶。まずは女子生徒代表から、乃木間中さん』


「はいっ!」と言う真中の声は、マイクが無くとも講堂内に響き渡るほどの声量で、しかし講堂内からはどよめきが起きた。


 あたし達女子生徒は全員で決めた納得の代表選出だったけど、男子生徒側や保護者席からはざわめきが沸き立っている。


 ただ、そんな中でも真中の声は毅然としたもので、進行役の先輩生徒がマイクを渡そうとしたところを手で制して挨拶を始めた。


「穏やかな春の訪れと共に私達は無事に『私立アリシア魔法学園』の入学式を迎えることが出来ました。本日、この様な素晴らしい入学式を行って頂き有難うございます。学園での3年間がこれから始まると言うことで期待と不安が入り混じっていますが、先生方や先輩方の指導を頂き、毎日悔いのないように過ごしていきたいと思います。勉強、部活動、行事、魔法技術、何事も一生懸命全力で取り組みたいと思っております。先生方、来賓の皆様、先輩方、私達への励ましのお言葉、有難うございました。これこらも温かくも厳しいご指導のほど、よろしくお願いします。令和4年4月10日、女子生徒代表、乃木間中」


 そして講堂内から大きな拍手が巻き起こるけど、さすがは真中と言うべきだろう。


 代表選出から直ぐに講堂内に入場して挨拶までの間にこれだけのことが言えるのだから、「大したものだ」の言葉すらおこがましく感じられる。


 拍手の中、次に男子生徒代表が挨拶を行うようだけど、こちらも先輩生徒からのマイクを断って声を出し始めた。


 真中が余計な事をしちゃったからだろうねって近くの子達と話している中で、男子生徒の挨拶なんて全く興味が無いから全く頭に入らない。全く何を言ってるのかも分からずに挨拶は終わった。


「……………男子生徒代表、仮屋島輝星かりやじまらいと


 何処かで聞いた名前だけど、まぁその程度の記憶しかないなら気にする必要も無いだろうと思うに至る。


 あたし達はステージ上で入学証明証を渡された真中に拍手を送って、次に入学証明証を渡された男子生徒には男子生徒達が拍手を送っていた。


 ステージからふたりが所定の席に戻り、司会進行役の先輩生徒の入学式修了を告げられて20分の休憩に入る。



 講堂内は暖房が効いててそこそこ暖かかったけど、入学式の緊張からかトイレに立つ生徒は少なく無い。あたしも立ち上がってお母さんに小さく手を振ってトイレに向かった。



「えっと…あれ? …あの…ふぇぇぇっ…トイレ何処にいったらいいのぉぉぉっ」



 と、女子生徒が入場した入口を出て直ぐに慌てふためくツクを見つけ、成程これは混乱するだろうと思える物が視界に飛び込んでくる。


 女子マークに『トイレ』と書かれた表札の下に左右と上の矢印があった。その前でツクが左右をキョロキョロ、たまに天井を見ながらアワアワしていた。


 全く……


 見ていて全然飽きないツク。だけどトイレ休憩に半分以上の女子生徒や女性保護者が通路に溢れているものだから、あたしはツクの手を取って素早く左側に向かう。


 何故なら右側から保護者が現れたからに他ならなく、だとすれば2階や正面入口の方のトイレが混雑するんじゃないかなって思ったから。


 ツクの手を引いて向かったトイレの入口に女子生徒の姿は無かった。


 トイレ内に侵入すると真ん中の通路の左右に個室の扉がズラリと並び、真ん中右側に階段があった。どうやら上階のトイレに中から行ける様になっているみたいだ。


 トイレの扉の上部には赤いLED電球が点っていて、所々青い電球が見えている。


 恐らくは赤い点灯が使用中なのだろうと思い、ツクにもそう言って青い電球の扉を開いて個室に侵入。


 トイレの中はそこまで狭くなく清潔に保たれていて、ロールペーパーを引っ張るとほのかにローズの香りが漂う落ち着いた場所になっていた。


 程なくトイレを済ませて個室から出ると、目の前の扉からハヅキチがひょっこり現れた。そして、ハンカチで手を拭きながら楽しげに言葉を出した。


「さすがは日本三大魔法科学園でも施設トップを誇るアルシア学園だけあってえぇトイレやったなぁ。だいしたっても臭ぉ無かったもんやから、あのまま茶ぁでもしばいて寝たろかと思ったくらいやわ」



 それはいいかもしんないね。



 あたし達の見えない花子さんとお友達になれるんじゃない? と言うと、ハヅキチは青ざめた表情に変わり、自らの身体を抱いて震えながら言ってきた。


「なんちゅう返ししてくれとんねん! 関西人も舌まくでほんま。それにウチはオカルトの類はごっつう苦手なんや、堪忍してやぁ」

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