5-3.
「作戦開始から約2ヶ月の間、三県の人達は頑張ってるように見えてたって、当時中学生だったおばぁちゃんはそう見えてたみたいだけど、本当は皆んな我慢してただけだったって後から気付いたらしいの。いよいよ魔法陣が『原点』を覆い始める頃に湧き出した『悪魔』の猛攻に耐えきれず、魔法陣担当術士まで怪我をしちゃって。それが他県同士だったからそこから揉め事が広がって集中できなくなったみたいで……ひいおばぁちゃまも仲裁に入るけど、双方の県がヒートアップして。もうひとつの県が二つの県を馬鹿にし始めて……結局そこから魔法陣に亀裂が入って弾けちゃったらしく、2ヶ月にも及ぶ作戦が失敗しちゃって……」
そこでツクはまた大きくため息を吐き、そして悲しい顔になって話し出した。
「作戦失敗後に三県の人達は責任を押し付けあってたらしいけど、いつの間にかひいおばぁちゃまに矛先が行っちゃって。いつしか失敗したのはしゃしゃり出てきた香川県の『神凪家』が三県の関係を引っ掻き回したせいだって言う事になっちゃった」
そしてツクは俯いて……涙を零した。
あたしはベッドから立ち上がってキャリーバッグを開き、ハンドタオルを抜き取って手渡しす。
ハンドタオルで涙を拭ったツクは暫く黙り込んだけど、それでもゆっくりと話を再開した。
「それ以来ひいおばぁちゃまは……『神凪家』は香川県以外の三県から白い目で見られちゃって、でもひいおばぁちゃまと一緒に来た香川県の人達は、ひいおばぁちゃまのせいじゃないって分かっててくれてるけど……」
ツクは話しながら鼻を啜り、それでも出て来る鼻水をハンドタオルで押さえながら話を続ける。
「そんな時に『原点』から上級悪魔が大量に湧き出して、ひいおばぁちゃまは真っ先に討伐に向かったらしくってね。元より魔力の強い『神凪家』だったから上級悪魔を何とか制してたらしいんだけど。でも、そこで出会う討伐者は全員香川県以外の人だったから誰もひいおばぁちゃまに協力してくれなかったらしくって……」
そこまで言って嘆くようにため息を吐き、そして言葉を続けてくる。
「それでも、ひいおばぁちゃまはその人達が窮地に追い込まれても自分が傷つくことも恐れずに守りながら……でも力及ばず、いよいよ三県の討伐者もろとも上級悪魔に壊滅させられる寸前で、何処からか派遣されてきた『神之原家』の人達が上級悪魔を根こそぎ退治してくれたって言ってた」
えっ!?!?
と、言葉にするくらい驚いた。
まさか、55年も前に『神之原家』と『神凪家』が出会っていたなんて思いもよらなかったし、おばぁちゃんもお母さんもそんなこと言ってなかったし。
でも、その時代だったらあたしのひいおばぁちゃんの頃で、確か……
「神之原
と、あたしより先にツクが答える。よく知ってるねって言うと、更に言ってくる。
「ひいおばぁちゃまがね、教えてくれたの。それに未だに言ってるよ、神之原麗々さんのこと」
って言う事は、ツクのひいおばぁちゃんはまだご存命なんだね。
そう言うとツクは頷き、そしてまた話を再開する。
「うん、もう直ぐ90歳なんだけど、あの討伐の時に足を怪我しちゃって。結局それ以降足に力が入らなくってね、普通に歩くことは出来るけど走ったり踏ん張ったりは出来なくなったみたい。今では杖を突いてるけど健康状態には問題無いよ」
それは良かったけど、その時にあたしのひいおばぁちゃんと何かあったの?
そんなあたしの疑問に、ツクは首を左右に振って言葉を出す。
「それが何も無かったの。ううん、いっそ何かあって欲しかったっ!」
少し興奮気味に声を荒らげたツクだったけど、再び
「怪我をしたひいおばぁちゃまは救護所に運ばれたんだけど、そこにはひいおばぁちゃまと上級悪魔と戦って怪我をした人達がいたらしく、皆んなひいおばぁちゃまには冷たい視線を送ってたっておばぁちゃんが言ってた。それに、ひいおばぁちゃまよりも怪我の軽い人が優先的に治癒魔法をかけてもらってたらしく、それに怒ったおばぁちゃんだけど、当時のおばぁちゃんはまだ14歳だったから相手にもされなかったって……」
そこで涙ぐんで再び涙を零し、それをハンドタオルで拭って話を再開する。
「結局、ひいおばぁちゃまは応援でやってきた香川県の治癒魔法が使える人に助けてもらったんだけど、そこで決定的な事を言われたらしくって」
そう言った後でツクの表情が変わり、少し怒ったように話し出す。
「それまでひいおばぁちゃまは何を言われてもずっと耐えていたらしくて、そんな時に男の人の声で『あいつがしゃしゃり出てこなきゃぁよ、こんな事にはならなかったんじゃねぇのか』って。これにおばぁちゃんがキレちゃって、物凄く言い返すと別の人が、『全くだぜ、県境に関係のねぇ所から来やがっていい顔したかったんだろ? 何が神凪家だよ、調子にのりやがって』って。それでもひいおばぁちゃまは耐えてたのに、また別の人がこんな事を言い出して……」
ツクの表情は怒ったまま悔しそうに口を真一文字に結び、そして涙を零しながら話を続けた。
「『ホントだぜ、何が神凪家だ! お前等が弱っちぃからこれだけの怪我人が出たんじゃねぇか、どう責任とってくれるんだよ! それに比べて神之原家の強ぇこと強ぇこと。あっという間にあれだけの上級悪魔を一掃しちまうんだからな。迷惑な何処ぞの家系とは大違いだ』って。この言葉におばぁちゃんが激怒したらしく、でもあんまり喰いかかっていったもんだから大人の男性に突き飛ばされちゃったみたいで。怪我なんて全然しなかったんだけど、そこでひいおばぁちゃまがとうとう怒っちゃって……」
そこまで言ってツクは怒りの表情から力を落としたように悲しげな表情に変わり、そして俯いて言葉を出してくる。
「足が痛いはずなのに、ひいおばぁちゃまはおばぁちゃんに駆け寄って守るように立ちはだかって、『私等だって万全の体制で戦えればあのくらいの上級悪魔なんて赤子の手をひねるようなもんだ、何が『神之原家』だ! そんなところに『神凪家』が負けるものか! 『神凪家』が『神之原家』よりも上だと証明してやるっ!』って。それから足を引きずってひいおばぁちゃまはおばぁちゃんを連れて救護所を飛び出したらしく、その結果足が完全に治らなくなったって……」
そしてツクは、ハンドタオルで顔をコシコシと拭いて涙を拭う。
鼻水が付いちゃう……とは言えなかった。
「ツクのひいおばぁちゃん、おばぁちゃんを助けたんだね」
その言葉にツクは頷き、でも悲しげな表情は崩さずに言ってくる。
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