3-9.

 それからあたし達は時間まで、中学校での事や寄宿舎に来てから今朝までの話で盛り上がっている。と、生徒全員のスマホが一斉に鳴った。


 どうやら制服が届いたとの事で、フリースペース内に居た子達が一斉に席を立つ。


 フリースペースから駆け足で出ていく子、グループで出ていく子達、ゆっくり歩いていく子と様々で退出していく。


 あたし達もひと塊になってフリースペースを出て、エレベーターには乗らずに階段を使って1階のロビーに降りる。すると、そこには制服を取りに来た生徒でごった返しになっていた。


 寄宿舎に来る時に持参よう指定された衣服は、中等部や中学校時代の制服と夏冬用の体操服のみ。


 だからこそ、ようやくアリシア学園の制服に袖を通せるとあっては気分が高揚するのも当然だろう。


「あっちゃぁ……こりゃかなわんなぁ。時間掛かりそうやでホンマ」


「ホンマやね、並ぶんも面倒やし、引くの待っとこ」


 と、ハヅキチとなるピョンが話し合ってる。


「私は早く制服見たいから並ぶけど」


「だったら私も行く」


 と言って、マイマイとさくらが列の後方に移動して行った。


「それじゃあ私達も」と言いながら、須藤ツインズもマイマイ達に続く。


 あたしとツクとカノっちは、列には並ばずハヅキチ達の隣に移動する。だけど、ハヅキチとなるピョンが野球の話で盛り上がり始めたのでふたりに加わらず、3人で話し始めた。



「ねぇ、寮の部屋ってもう決めた?」


 そう切り出すとカノっちは「まだかなぁ」と言い、ツクも「考えてないよ」と言うと、あたしはこう提案する。


「それじゃあ3人部屋にしない?」


『私立アリシア魔法学園』は完全入寮制なんだけど、殆どの生徒はふたり部屋や3人部屋で個室を使うのは数えるくらいだとはお母さんの言葉だった。


 それに気の合う子と必ず巡り会えると言われたけど、それは正しかった。


 須藤ツインズはもちろん、ハヅキチとなるピョンも同部屋で、マイマイとさくらも同部屋になるとのこと。


 驚くことに今朝、真中に響希と同部屋になると告げられた。


「誰かが響希の楔役くさびやくにならねばならんからな。私としては志乃が適任と思ったが、どうやら響希の方が耐えられそうに無いようだ。個室も考えたそうだが、結局は私と同部屋になる事を渋々了承してくれたよ」



 いや、そこまで嫌がらなくても……



 あたしはただ響希とチューしたいだけなんだけどな。


 と言うと、真中は軽く笑って言ってくる。


「それは完全に志乃の片思いの様だ。響希は少々我儘なヤツでな、一方的なアプローチは得意だがアプローチをしてくる人間を極端に嫌うのだ。特に志乃の様なタイプは初めてだろうから戸惑いも大きいのだろう、志乃の話題を振ると必ず眉間に皺を寄せている程だ」



 えぇぇっ……


 あたしってそんなに嫌われてるのぉ……



 すると、真中は楽しげに顔を左右に振って言ってくる。


「そうでは無い、むしろ逆だ。私は幼い頃から響希を見てきたが、これほど他人に興味を持ったのは志乃以外に見たことがない。それだけにどう接すればいいのか分からないのさ」


 それこそチューでもすれば、ふたりの距離は急接近するんじゃない?


 そんな言葉に真中は「ふっ……」と、男前に微笑んで言葉を出す。


「それは無理な話だな。分かりやすく言えば、響希は志乃をひとりの人間として見ている訳では無い」


「どゆこと?」と言って、首を傾げるあたしに、真中は言葉を続ける。


「簡単な事だ。響希は志乃そのものよりも、志乃の強さの方に興味を持っている。つまりそれ以外はどうでもいいのだろう。それに、あいつは志乃を嫌っているのではなく、志乃の様な性格が苦手なだけだ」


 それを聞いて、あたしは両手を後頭部に押し当て、口を尖らせながら言った。


「そんなもんかねぇ……別に、強さだけがその人の全てじゃないと思うけどなぁ」


 すると、真中は直ぐに言葉を出してくる。


「人の見方は人それぞれと言うことだ。昨日あれだけ力の差をみせつけられたのだ、響希の中では志乃はもう、人間では無いのかも知れないな」


 そう言って笑顔を見せた。


 ゲス女と思われるのは本当だからいいけど、人間と思われて無いのは心外だなぁ。人をなんだと思ってんのかねぇ、響希は。


 プリプリしながらそう言うと、真中はこんな言葉で返してくる。



「『モンスター(幻獣)』……だな」



 いやぁ……それは勘弁して貰いたい。


 それじゃあ響希はあたしを討伐したいと思ってるのかねぇ……


 そう呟くと、真中は大笑し、そして言葉を続けた。


「アッハハハハハッ! そうだな、そうかも知れん。いや、きっとそうなのだろう。でなければ私と同部屋になろうなど考えもしないだろう。響希は強さだけを求めてここまで来たヤツだからな」



 そして真中はあたしをジッと見つめ、楽しげに言葉を続ける。


「アリシアには『モンスター』がいる。大いなる目標が出来た。その目標の為なら私でも利用する。それが響希だ。それは私とて同じだ。互いに刺激をし合い、いつか大いなる力を手にし、『神之原志乃』と言う『モンスター』を打倒するまで、私は響希を利用する。それが私達の関係性であり、距離感だ」


 なんだかおち落ち寝てられないじゃんと言うと、「寝首を取られないようにするんだな」っと言って去って行った。


 その時の様子を思い出しつつ、ツクとカノっちを眺めていると、先にカノっちが声を出してきた。


「私は……そうしたいな。ううん、本当は後でお願いしようかなって考えてた。2人部屋じゃなくて3人部屋でって」


 そう言って、たんぽぽの綿毛の様なフワリとした笑顔を向けてくれるカノっちに、あたしのゲスな部分が危うく飛び出してきそうなところを必死に堪えて声を出す。


「じゃ、決まりね。ツクは? どうかなぁ?」


 すると、ツクは困惑の表情で俯きながら言ってくる。


「私も……そうしたいけど……もう少し考えさせてくれるかなぁ……」


 そう言ってあたし達から視線を外し、難しい表情となる。


 とりあえず、今日までに入寮の手続きを済ませないといけないけど、まだまだ時間もあるからゆっくり考えるといいよと言うと、「うん……」と言って黙り込んだ。


 色んな表情を見せてくれるツクだけど、こんな表情はあまり見たくないなと思っていると、制服を受け取る列がかなり減っていったのに気付く。


 ハヅキチが此方に「もう直ぐ貰えるみたいやでぇ」と声をかてくるもんだから、寮の事は一旦置いといてあたし達は列の後方に並んだ。


 列に並ぶと、アリシア学園の校章の入った大きな手提げ箱を持った生徒達が数人、あたしの所にやって来て言葉を出した。


「ねぇ、神之原さん。制服姿で写真とってくれるかな」


「私も、神之原さんと一緒に撮りたいんだけど……いい?」


 とかなんとか……



 そしてあたしは考える。


 考えて考えて考える。



「志乃って呼んでくれるならいいよ。明日の入学式の後でね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る