2-12.

 約1時間くらいのトークは盛り上がり、そろそろ窓の外が夕日の赤から夜闇の黒に以降し始めた時だった。


 午前中の説明会でマイクの前に立った、施設担当職員の山部由加里さんがやって来て、フードコート内の女生徒達に声をかけていた。


 何でも、ディナー前にフードコートの配置換えがあるとのこと。退室する様に促されたあたし達は試験会場に置いてある荷物を取りに行くべく、エレベーターの前に移動した。



「あたしの部屋は7階東701号室みたいだねぇ」


 と、スマホを見ながら宿泊する部屋を確認すると、月詩ちゃんが言ってくる。


「私も7階だけど西759号室みたい。神之原さんとは真反対なんだ」


 歌音ちゃんも、すかさず声を出す。


「私は6階の西630号室みたい。安娜ちゃんと安寧ちゃんは?」


「私はぁ、6階の西611号室だよぉ」

「6階、西610号室」


 宿泊施設の見取り図を見ると、エレベーターを中心に東側に廊下を挟んで左右30室ある。


 あたしは一番奥の陸上競技場側にあった。西側も同じレイアウトになっているようだった。


「みんな結構距離があるんだぁ、つまんないなぁ」


 と、あたしが口を尖らして言うと、歌音ちゃんが言ってきた。


「それじゃあ、ディナーの後で消灯時間まで自己紹介がてらにお話しよっ」


 あたしは即答OKを出し、月詩ちゃんも「うんっ!」と快諾。安娜ちゃんも「いいよ」と言って、安寧ちゃんはコクリと頷く。


 するとそこに、あたし達とは違う声が割って入ってきた。



「それ、私も混ぜてぇな」



 皆が一斉に声の方を見る。そこにはひとりの女生徒、菜園場葉月ちゃんがにこやかに立っていた。


 歌音ちゃんも安娜ちゃんも安寧ちゃんも不思議そうに葉月ちゃんを見ている中、月詩ちゃんだけが気まずそうに俯いている。


 すると、葉月ちゃんが月詩ちゃんに近寄り肩をポンポンと叩いてニカッと笑う。と、月詩ちゃんも少し微笑んだ。


 この2人は知り合いなんだなって思ってると、葉月ちゃんがあたしに言ってくる。


「なぁ、ええやろ神之原さん。あたしも混ぜてんか?」


 そう言われ、あたしは深く考える素振りをしながら答える。


「そうだねぇ……あたしを志乃って呼ぶなら参加させなくも無いけどね」


 と言って、ニカッと笑う。


 すると、葉月ちゃんは「うっ……」と唸って、一歩下がり声を出した。


「なっ……なんちゅうハードルのあげ方しとんねん! それホンマ勘弁やわ。……しかし……ここで引いたらアカンような気ぃもするし……いや、相手は恐れ多くもあの『神之原』や、私ごときが呼び捨てやなんて出来へん。でも、だが、しかし……ここでお近づきになっとったら、お母ちゃんとかお父ちゃんとか兄妹とか、親戚とかご近所とか友達にごっつぅ自慢出来るやんけ。……よっしゃ、決めた……決めたでぇ、ここは勇気や。根性やでぇ葉月ぃ……女は度胸や、やったるでぇ!!! んっんっん……ほ……ほんじゃあ……その……えぇと……私も混ぜてぇな、志乃……ええやろ?」



 長いわっ!!!


 サクッとこんかぁいっ!!!



 っと突っ込むと、葉月ちゃんは仰け反りながら言ってくる。


「うおっ! なんちゅうツッコミの間ぁや! 手慣れとる! さすがは『神之原』……いや、し……志乃や。私とお笑いの道目指さへんか?」



 なんでやねんっ!!!



 その後であたし達はひと笑いし、30分後にフードコートに集合を約束して各々の部屋に上がっていった。


 部屋に入り込み、キャリーバッグから天照院学園時代の冬用体操着を引っ張り出して着替える。


 その後で、朝から色んなとこの景色を撮影した画像を家族や親友グルチャにアップ。


 そして、ちょこっとだけ気になった事をおばあちゃんとお母さんにチャット。その後でキャリーバッグに残った荷物を整理したり、明日の予定をチェックしたりし。


 こうして時間を潰し、5分前にフードコートに向かう。あたしが到着すると、そこには歌音ちゃんしか居なかった。


 でも直ぐに須藤ツインズがやって来て、直後に葉月ちゃんが月詩ちゃんと一緒に現れる。


 それから、お昼とは違う料理の並んだコーナーで様々な料理をお皿に乗せて円卓に並べ、6人でシェアしながら1時間半ほどディナーを満喫。


 現在は娯楽ルームでお喋りを楽しんでる最中だ。



「いやぁ、皆おもろいなぁ。なんや大阪出てから気ぃばっか張っとたし、筆記試験で肩凝ってもぉとったから晩御飯とお喋りでほぐれてもぉたわ」


 と、床に足を投げ出した葉月ちゃんが声を出す。


 あたし達はディナーの時に畏まった呼び方は辞めようと話し合った。


 特にあたしは『志乃』って呼ばなかったら返事してやんないと言ったら、皆んな恐る恐る呼ぶようになってくれる。


「最初だけだよ、そんなの。でも、今やっとかないと後から呼びにくくなるからね」


 その言葉に、皆んな納得してくれた。


「でも、なんたが不思議な感じだね。テレビやネットで見てた『神之原志乃』さんが目の前に居ることも凄いのに、しかも志乃……って呼ぶようになるなんて思いもしなかったもん。後で家族に思いっきり自慢してやるんだ」


 っと、歌音ちゃんが楽しげに言うと、安娜ちゃんも嬉しそうに言ってきた。


「ホントだよぉ、アリシアに来ることになって志乃……に会えるのを楽しみにしてたからねぇ。それまではお話しできるなんてぇ、思っても無かったのに名前で呼び会えるなんてねぇ。まだ夢見てるみたいぃ」


 その横で安寧ちゃんはカクカクと頷いてる。


「私も志乃……ってどんな人なのかなぁって、家を出る前に家族に色々聞いてたけど全然印象が違って。それに名前で呼び合うなんて、まだ戸惑ってるし」


 と、月詩ちゃんが不思議そうな表情から困った表情で、でも少し笑顔になって……


 本当にコロコロと表情が変わって、面白くってとっても可愛らしい。


 それから暫くお喋りを楽しみ、消灯時間まで後30分の放送があった後に6人でチャットのグループを作った。


 明日の朝食の約束をしてから娯楽ルームから退出。皆がエレベーターに乗り込むタイミングであたしは忘れ物を思い出したと言い、ひとりだけエレベーターに乗らずに5人を見送る。



 まぁ忘れ物は嘘なんだけどね。



 あたしは娯楽ルームに戻る手前で目的の人物達と遭遇し、そのふたりを呼び止める。


「かっ……神之原さん……えと……何でしょうか?」


 その横で、もうひとりはおずおずと声を出した子の後ろに下がっていった。


 あたしが声をかけたのは、お昼にフードコートで月詩ちゃんに絡んできた、制服のエンブレムが特徴的な子だ。


 妙に畏まったふたりに向かって、あたしはちょっと難しい顔つきで言葉を出す。



「ねぇ、神凪月詩ちゃんって貴女達に何かした?」



 その言葉を聞いたエンブレムちゃんが、慌てたように答えてくる。


「いえ、月詩さんがどうのって事じゃなくって神凪家の人達が…」


 そこまで言ったところで、あたしは遮るように言葉を出した。


「じゃあ、月詩ちゃんが貴女達に何かをした訳じゃないんだね?」


 っと言うと、エンブレムちゃんは「はい…」と言って、後ろの子も頷く。


「そっかそっか、それなら安心したよ。あたしはてっきり月詩ちゃんが貴女達に恨まれるような事でもしたのかなぁって思ったけど、違うんならいいや」


 と言って、あたしはふたりの緊張を解くように微笑んだ。

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