2-11.

 歌音ちゃんが、そう言ったところでパタパタッとこちらに小走りでやってくる足音が聞こえる。と、ある人物に声を掛けながら近づいてきた。


「ごめんねぇ安寧ちゃん、お片付けしてたら遅くなっちゃったぁ」


 なんとも、あたしのお母さんに似た舌っ足らずな話し方で安寧ちゃんの真横に立った女生徒。


 制服は安寧ちゃんと同じだけど身長が高く、お胸の方も安寧ちゃんよりも突き出していた。


 こちらもロングヘアだけど目元はちょっと下がってて、フワリとした笑顔がとっても可愛らしい安寧ちゃんに似た子だ。


 その子は、あたしや月詩ちゃんには気付いていないみたい。安寧ちゃんの隣に座る歌音ちゃんに気がついて顔をパッと輝かせて話しかけてる。


「わぁ、カノちゃんやっと会えたぁ。朝からずっと探してたんだよぉ」


 すると歌音ちゃんも笑顔になって答えてる。


「ごめんねぇ、私も探したかったんだけど、なんか寄宿舎に入ったら緊張しちゃって。さっきようやく安寧ちゃん見つけてホッとしてたら安娜あんなちゃんが後から来るって聞いたから待ってたの」


 それからふたりのお喋りが始まった時に、安寧ちゃんが右手でその子の左肘辺りの制服をクイクイッと引っ張った。


「どうしたの?」と言って、その子が安寧ちゃんを見つめる。すると、安寧ちゃんはゆっくり月詩ちゃんとあたしに視線を向ける。


 それに習って月詩ちゃんを見て「あらぁ」と微笑み、そしてあたしに視線を向けて……



「……えっ? ……えぇぇぇぇっ??? かっ……か……神之原さん!!!」



 と言いながら、驚愕の表情で2歩ほど後ずさった。


 いやまぁ、あたしが大した女では無いことは自覚してるけど。そこまで引かれるのもちょっとねぇ……


 っと思っていると、歌音ちゃんが言った。


「神之原さんとは朝知り合って、とっても優しくってお昼の時も誘ってくれてね。試験が終わったらお茶でもって誘ったらOKしてくれて。ここに来た時に安寧ちゃんがいたから、ご一緒にって思って連れてきちゃった」


 歌音ちゃんの話を驚愕の表情で聞いてるその子に、安寧ちゃんが左手に持っているスマホを無言で差し向ける。


 安娜あんなちゃんと呼ばれたその子は再び安寧ちゃんに近づいて画面を凝視した。


「うそ……凄い……安寧ちゃんと神之原さんが一緒に写ってる……いいなぁ」


 その言葉を聞いた安寧ちゃんは、ゆっくりとあたしに視線を向ける。そして頬を高揚させながら言ってくる。


「神之原さん……お姉ちゃんとも写真撮って貰いたい。お願い」


 と言って少し俯き、上目遣いになった。



 ゴフッ!!!


 マズイ……



 その上目遣いに理性がぶん殴られて気を失いかけ、欲望が暴走しちまうほどの破壊力を感じてしまったぢゃねぇか。


 無口キャラの上目遣い……


 重々気をつけなければあたしの本性が露呈しちまうぜぃ。



 ん? でも今何て言った? お姉ちゃん?



 すると、あたしの疑問に歌音ちゃんが答えてくれた。



安娜あんなちゃんと安寧あんねちゃんは双子なの」



 そして、安寧ちゃんが短く言葉を追加する。


「二卵性双生児」


 その言葉の後で、顔を真っ赤にした安娜ちゃんが自己紹介してきた。


「あのぉ、私は東京の私立聖アムラエル女学院から妹と一緒に来ました須藤安娜すどうあんなって言いますぅ。えと……妹が大変お世話になってぇ、ありがとうございますぅ。……えとぉ……それからぁ……それからぁ……」


 と言いながら、オロオロし始めた安寧ちゃんのその右手には既にスマホが握られているのが見える。



「安娜ちゃん、落ち着け」



 そう言って安寧ちゃんは、安娜ちゃんのスマホを持ってない方の手を掴む。


 安娜ちゃんは、ビクンッと身体を震わせて安寧ちゃんを見て暫し。


 ゆっくりと深呼吸を小刻みに繰り返していると、歌音ちゃんがあたしに言ってくる。


「安娜ちゃんも安寧ちゃんと一緒でシャイなんです。見た目はちょっと違うし、お話してても全然印象は違うけど、根本的な性格は全く同じでとっても仲良しなの」


 なるほど、二卵性双生児なら見た感じの印象が違うのも頷ける。それに、顔の作りや各パーツもよく似てる。



「それじゃあチャッチャと撮りますか」



 あたしがそう言って立ち上がると、安娜ちゃんは両手で口元を押さえて「本当にぃ」と言って、ソソソっと近寄ってくる。


「後で送る」と言った安寧ちゃんが、自らのスマホをあたし達にかざす。


 あたしは左頬に左手のOKマークを押し当て、安娜ちゃんは右手の手のひらを突き出した。



 パシャッ!



 スマホのシャッター音が鳴り、安寧ちゃんに差し出された画像を見た安娜ちゃんはパァッと弾けるような笑顔になった。そして安寧ちゃんとふたりで画面を見続けてる。


 本当に仲が良いんだと思いながら椅子に座ると、安娜ちゃんがあたしの方を見て嬉しそうに言ってきた。


「ありがとうございますぅ、神之原さん。これぇ、一生の宝物にしますぅ。待ち受けにしてもいいですかぁ?」


 そんな大袈裟なと思いつつ、「いいんじゃない」っと言ってあげる。と、安娜ちゃんは嬉しそうに自らのスマホを持ち上げ、安寧ちゃんに早く送信してと急かす。


 安寧ちゃんも、無表情ながら流暢な手つきでスマホを弄り出した。



 そんなふたりを眺めながら、あたしはさっきの話に戻す。


「結局のところ、東日本5強のうちの4人がアリシアにきて、真中と斑鳩さんと歌音ちゃんともう一人、それってやっぱり安娜ちゃんの方なのかな?」


 と言うと、歌音ちゃんが頷いて答えてくれた。


「うん、そうだよ。さすがは神之原さん、そんな所も分かっちゃうんだね」



 いやぁ……



 神之原は関係ない……


 って言いたいけど、今回ばかりは関係あるかなぁ。


 神之原の人間は魔力もだけど、『朝のお参り』のおかげで人の『気』を見る事が出来る特殊な人種だからねぇ。


 だから安寧ちゃんもそうだけど、安娜ちゃんの『気』の流れがその辺の女生徒とは全然違うのが分かるし。


 でも、あたしが思うにこの中で『気』の流れが一番大きいのは、あたしの左横でオレンジジュースをチゥチゥ吸ってる月詩ちゃんなんだけど。


 この子は多分、真中や斑鳩さんと同等……


 いや、それ以上の魔力を持ってるんじゃないかと思いながら眺めていると、突然館内放送が始まった。


『新入生の皆さん、本日の学科試験お疲れ様でした。これより宿泊施設を解放します。部屋番号は各々スマートフォンに、寄宿舎使用注意事項と共に送信させて頂いておりますので、ご確認ください。なお、寄宿舎からの外出は禁止しておりますので重ねてご確認ください。明日の体力測定開始は午前9時30分開始ですので、10分前には2階の講堂に集合して下さい』


 あたし達5人は互いに視線を送り合い、とりあえず今持ってきた飲み物だけは飲んでしまおうという事になった。


 安娜ちゃんがドリンクコーナーでホットミルクを持ってきて、そして安寧ちゃんと歌音ちゃんの間に腰を下ろして暫しの談笑を楽しんだ。


 今日、初めて寄宿舎に来たこと。色んな子がいたこと。知ってる顔や名前があったこと。初めてあたしと話したこと。


 午前と午後の試験のことで盛り上がった。

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