2-10.

 その瞬間、安寧ちゃんはあたしからバッと離る。よく見れば耳まで真っ赤にして俯いた。



 なんだろう……



 今まで会ったことの無いタイプだわぁ……


 これはこれで良いかも。



 撮影を終えた歌音ちゃん。スマホ画面を覗き込んで「わぁ!」と、微笑む。


 その画像を見せられた月詩ちゃんも、「おぉ!」っと言った後に微笑んだ。


 歌音ちゃんがあたし達に見せてくれた画像は……


 OKマークを押し付けられた安寧ちゃんが、頬を高揚させたまま目を丸く見開く。口は半開きにし、驚きの表情であたしの笑顔の横に張り付いた画像だった。


「おぉぉっ! いいねっ!」


 っと、私は言うけど安寧ちゃんはスマホの画面を凝視するだけ。何となく高揚した頬から赤みが抜け、青白くなっているようにも見えた。


 やっちゃったかなって思ったあたしは、後頭部を掻きながら提案する。


「それじゃあ、あっちでもう1回撮ろっか」


 そう言って、ドリンクバーでコーラをコップに注ぐ。そして、ストローを2本抜き取ってトレイに乗せる。


 それに習って月詩ちゃんがオレンジジュースを、歌音ちゃんはメロンソーダをグラスに注ぎ入れた。


 未だ、スマホ画面を凝視している安寧ちゃんに歌音ちゃんが声を掛ける。と、ようやくカップに紅茶パックを落とし込みドリンクコーナーをウロウロし始める。


 その様子を、あたしと月詩ちゃんが眺め、お互い目を合わせてクスッとひと笑い。月詩ちゃんが安寧ちゃんにお湯の場所を説明し、ようやく熱湯を注いだ安寧ちゃんと4人で近くの丸テーブルに陣取った。



 あたしの右側に安寧ちゃん、左側に月詩ちゃん。


 正面に歌音ちゃんの位置取りで、あたしは椅子ごと安寧ちゃんの真横まで行って声を出す。


「歌音ちゃん、もう一回撮影してくれる?」


 歌音ちゃんは笑顔で「うんっ!」と答えてくれ、安寧ちゃんのスマホを待ちあげて撮影姿勢に入った。


 あたしは、自らが持って来たコーラ入りのコップを引き寄せる。そして、トレイの上のストローを2本コップに突っ込む。


 そのコップをあたしと安寧ちゃんの真ん中に置き、ストローを咥えて安寧ちゃんをチラリ。すると安寧ちゃんは状況を把握し、再び頬を高揚させながら暫し。



 ゆっくり……ゆっくり……



 ゆっくりと、顔を落とし込んで空いたストローに口を添えた。


 そんな安寧ちゃんの視線は、コーラに固定されたたままだ。


 あたしは、左手の人差し指をピッと立てて安寧ちゃんに見せ、安寧ちゃんの視線が人差し指に向いたところでゆっくりと歌音ちゃんの方に移動させてニッコリ。


 パシャン!


 軽快な撮影音が鳴って、画面を見ている歌音ちゃんが嬉しそうに月詩ちゃんに画面を向けた。


 それを見た月詩ちゃんも笑顔になったところで、あたし達の方に画面を向ける。と、そこにはストローをくわえ、人差し指を立てたあたしと真っ直ぐこちらを向いてストローを咥えている安寧ちゃんが写っていた。


 歌音ちゃんの手からスマホを受け取った安寧ちゃん。今度も目を見開いてはいるけど、頬は高揚させたまま画像をジッと見ている。


 顔には出さないけど喜んでるのかなぁって、こんなゲスい女に需要が有るってのも不思議な感じだけどなぁ……なんて事を思いながら月詩ちゃんと歌音ちゃんに声を出した。


「午後の試験どうだった? 全部テキストから出てたよね」


 すると、月詩ちゃんが真っ先に声を出してくる。


「本当にテキストから一語一句、そのままんまで出てましたね。神之原さんのおかげで午後からの試験は全部出来たと思います。ただ、英語の長文だけはちょっと……でした」


 っと苦笑いし、そして今度は歌音ちゃんが言ってきた。


「本当です。神之原さんに聞いてなかったら、午後からの試験は全滅だったかも」


 そう言うふたりに、あたしは声を出す。


「あのね、『神之原』じゃなくて志乃でいいよ。なんかさ、昔から志乃って名前で呼ばれてたから神之原って言われてもピンと来ないんだよね。だから、志乃でいいから。あたしも名前で呼ぶから」


 するとふたりは顔を見合って此方に向き直る。そして、難しそうな顔を作り歌音ちゃんが言葉を出してきた。


「いや、それはちょっとハードル高いですね。昔からテレビとかで見てた『神之原家』の人が、目の前に居て名前で呼んでって言われても……」


 その横で月詩ちゃんも言ってくる。


「私も……やっぱり『神之原家』の人に呼び捨てなんて……それに私……そんな資格……無い」


 いや、何か神妙になっちゃったし、結構あたし、フランクに言ったつもりだったけど。


 ちょっと困ったあたしは、話題を変えようと思考してると、後ろから声を掛ける人物が現れた。


「試験終わりのブレイクタイムか志乃。私も付き合いたいところだが生憎私用があってな。今度は私も参加させてくれないか?」


 っと言って、真中が残念そうな笑顔を見せる。あたしは「OK!」って言うと、ニッと笑ってフードコートを退室して行った。


 真中を見送って視線を3人に戻し、そして肩をすくめる。


 安寧ちゃんは、未だにスマホ画面を見ながら紅茶を啜ってるんだけど……


 だから、ふたりに視線を向けて言った。


「あれくらいフランクに来てくれると、あたしも楽なんだけどね」


 そう言うと、ふたり共に再び苦笑い。だけど、直ぐに真顔になった歌音ちゃんが言ってくる。


「でも、さっきの人って乃木さんでしょ? 乃木真中さん。神之原さ……えっと、志乃……さん? は乃木さんとはやっぱり仲が良いんだね」


 そんな言葉に引っかかりを覚えたあたしは、歌音ちゃんに質問した。


「やっぱりって、どゆこと? あたしは今日、初めて真中に会ったんだけど」


 すると、歌音ちゃんはもちろんのこと月詩ちゃんも驚いた表情になる。


 安寧ちゃんすら、スマホ画面からあたしに視線を向けていたし。



 もちろん無表情で。



「でも、下の名前で呼びあってたし、当然前から知ってたのかなって思って。神之原……志乃……さん? ……ちゃん? と、乃木さんって超有名だし」


 そう言ってくる歌音ちゃん。


 あれだけ美人で巨乳でスタイルがいい真中が超有名なのは分かるけど、あたしなんて神之原のオマケみたいなもんだし。


 だけど真中ってそんなに有名なの? っと聞くと、今度は月詩ちゃんが言って来た。


「乃木さんって神奈川県の走水はしりみず学院で、走水学院って言ったら関東では東京の奥多摩聖心学園と千葉県の館山学園の三大私立学校で。その中でも乃木真中さんと斑鳩響希さん、そして神楽坂歌音さんはライバル関係って聞いてるよ」


「そんな事ないっ! そんな事ないっ!」っと、歌音ちゃんは両手を振って否定するけど、そんな歌音ちゃんの否定を否定するように安寧ちゃんが久々に声を出した。


「神凪さんの言ってることは間違いない。この3人は『解縛式』後の魔力測定会で、神之原さんを除けば国内でトップ10に入るほどの魔力数値だった。それに、この3人は東日本の武術大会で必ずベスト5に入る実力者。とても強い」



 なるほどねぇ……



 いやまぁ真中も斑鳩さんもただ者では無いとは感じてたし、実は歌音ちゃんや……


 特に、月詩ちゃんはそれを超えるような『気』を感じてるし。


「でも東日本でベスト5が3人もここに居るってことは、他の子もアリシアに来てるの?」


 あたしがコーラに差したストローをクルクルと弄びながら声を出すと、歌音ちゃんが答えてくれる。


「ううん、1人だけ地元に残った子がいてね、群馬県の聖シアリーズ女学院の市川真緒いちかわまおちゃんって言うの。あとの1人はね……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る