2-6.
すると、どちら様の何子ちゃんはあたしと視線を合わせた。そしてうどんに目をやり、再びあたしと視線を合わせて暫し。
……………………
見つめ合うことたっぷり10秒の間に、頬を高揚させるどちら様の何子ちゃん。何故に、そんな恥ずかしそうに頬を染めるのかは分からないのだけど。
そろそろ間が持たないかなぁって思っていると、どちら様の何子ちゃんが言葉を出す。
「えと……大丈夫です。私、うどんにはサクサクな天ぷらより、ツユをだくだくに吸った衣の方が好きなんです」
っと言って、ニッコリ微笑むどちら様の何子ちゃん。
いや……いい!
やっぱあたし好みで、可愛いぢゃないか。
どちら様の何子ちゃんは両手を合わせ「いただきます!」と言って、トレイから箸を持ち上げ、うどんに突っ込む。
嬉しそうな顔で鼻歌まで交えながらジュクジュクの衣をうどんに絡ませるように軽く混ぜた後、結構多めにうどんを持ち上げて口の中に入れる。
ヂュルヂュルッと、見事に吸い上げて満足気に咀嚼し始め、しかしその表情は曇り始め……やがて咀嚼のスピードが落ちていき……
口の動きが完全に無くなってから悲しげな目付きになって、ゴクリと飲み込んでから涙目でポツリと呟いた。
「………のびてる」
そんな、涙目のどちら様の何子ちゃんに苦笑い。
この手のうどんはインスタントと違って、そこまでツユを吸わない。どれだけ経ってるのかなと興味が湧き、あたしはどちら様の何子ちゃんに言ってみる。
「あたしのカツカレーと、シェアしない?」
その子は驚いてキョトンと目を丸め「えっ?」と言った後、自らの海老天うどんに視線を持っていく。
再びあたしに視線を合わせ「でも…」っと、躊躇する何子ちゃん。
あたしは自分のカツカレーの乗ったトレイをスっと差し出し、うどんの乗ったトレイを右手の中指で引っ掛け手前に寄せる。
「あっ……」と、息を漏らしたどちら様の何子ちゃんを他所に、あたしは彼女が使ってそのまま突っ込まれていた箸でうどんを手繰りあげて口元に持っていって
っ!!!!!!
その瞬間、全身の細胞のひとつひとつ、DNAの螺旋を駆け巡るが如く電気が走る。
あたしは咀嚼することなく、衣が完全に剥げて海老だけになっているうどんを驚愕な眼差しで見つめた。
「こ……これは……」
黄金色のスープから香る出汁の香りが口内に広がり、舌の上に乗せた麺は歯に押し当てるだけで切れてしまう柔らかさ。
ジュクジュクの衣が、スープを吸って味を濃くしているのがまさに絶妙。
そして、なんと言ってもこの器……
そう、このうどんは紛うことなき北九州市民がこよなく愛し、北九州市民の身体を形成していると言っても過言ではない、北九州市民の為のソウルフード。
『資さんうどん』ではないか!!!!!
でも、何故こんなところに『資さんうどん』があるのだろうかと思い、あたしは内ポケットに入れ込んでいた寄宿舎の案内チラシを抜き取って協賛欄を見つめている。と……
あった!!!
『私立アリシア魔法学園』の数ある地元の、大中小企業の中のひとつとして『資さんうどん』が乗っていた。
アリシアすげぇ……マジすげぇ……
こんな場所で『資さんうどん』が食べられるとは。
まさに地産地消! 素晴らしい! 感動した!!!
有難う、アリシア学園!!!
これからもよろしく『資さんうどん』!!!
あたしがうどんにすこぶる感動していると、どちら様の何子ちゃんが申し訳なさげに言ってくる。
「あの……やっぱりマズイですよね……それ。伸びきっちゃってるし、私が全部食べますから……」
そう言ってトレイを引き戻そうとするどちら様の何子ちゃんに違和感を持ったあたしは、トレイを引かれないように中指で引っ掛けて質問した。
「ねぇ、出身地どこ?」
すると彼女は目を丸くしてから暫し。「あっ!」と何かを思い出したかのような表情となり、やがて恥ずかしげに顔を赤らめる。
いやぁ、この子……
コロコロと表情が変わってホント可愛いなぁって思ってると、突然モジモジしながら声を出してきた。
一目惚れの告白をされるのだろうか?
「あの……私……香川県の高松……国分寺学園から来ました……」
っと言った瞬間だった。どちら様の何子ちゃんの後ろに、ふたりの女生徒がやってきて声を出した。
「あら、これはこれは。香川県の始祖家系のご令嬢、
と、卑下した後でもうひとりの女生徒も見下したように言い放つ。
「全くだね。何様の家系だか知らないけどさ、ちょっと魔力が高いってだけであんたんトコ家族のウザイことったらありゃしない。それに、こんなとこで会うなんて冗談じゃないわ。今すぐ稲葉白兎かシルフィにでも転校してくんないかなぁ」
すると、どちら様の何子ちゃん……
神凪月詩ちゃんと言われた子はハッとして後ろを振り返り、そしてゆっくりと向き直って辛そうに俯いた。
どうやらこのふたりはこの子の事を知ってるようだけど、ちょこっとカチンときたあたしは月詩ちゃんの後ろのふたりに声を出した。
「ごめんねぇ、月詩ちゃんは今あたしと食事中なんだ。後にしてくれる?」
そう言った後にニコッと微笑むと、そのふたりはあたしを見て暫し。
「「かっ……神之原っ!!! さん……」」
と、驚愕な表情すらも双子のようなユニゾンを見せてくれる。
あたしゃ怪物かっ!
そして、頬を赤らめて2人同時に俯いた。
何でそうなるっ!
そのうちのひとり、ポニーテールでグレーのブレザーに同色のスカート。胸元には真っ赤なエンブレムが特徴的な子が声を出してくる。
「か……神之原さん、えっと……貴女は知らないと思いますが、此方の家系がどの様な方かを把握すれば貴女もきっと私達と同じ態度に……」
そこまで言ったところで、あたしはちょっぴりくぐもった声で遮る。
「後にしてくれるぅ?」
すると、エンブレムちゃんと隣の何も言わなかった子は、あたしの声の後でピシッと姿勢を正す。そして「「はいいっ! 失礼しましたっ!」」と、またまた見事なユニゾンを披露して去っていった。
いや、狙って言ったとはいえそこまで
2人が去って、あたし達の間には気まずさがあって……月詩ちゃんは俯いたまま泣きそうで、そしてうどんはさすがに冷めてきた。
そして、あたしは考える。
考えて考えて考える。
「月詩ちゃんは香川県出身って言ったよね?」
すると、月詩ちゃんは泣きそうな表情のままあたしを見て短く答えてくれる。
「……はい」
ならばと思ったあたしは、うどんのどんぶりを持ち上げ麺だけを一気にかき込む。
咀嚼そこそこにゴクンと飲み込んで立ち上がり、月詩ちゃんに向かって言葉を出す。
「月詩ちゃん、ちょっと待っててくれる?すぐ戻るから」
そう言われた月詩ちゃんだけど、あたしのうどん一気食いに涙目なままポカンと口を開けて眺めているだけで。
だからもう一度、月詩ちゃんに言葉を繰り返す。
「ちょっと待っててね、直ぐに戻るから。いい?」
そう言ってニコッと微笑むと、月詩ちゃんは頬を一気に高揚させてカクカクと2度頷いた。
どこにデレ要素があったのかが知りたいところだ。
あたしはどんぶりを左手で持ち、右手で箸を持ち上げる。その箸で、もはや素っ裸の海老をカツカレーの上に乗せて小走りに移動した。
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