2-5.
その子は、あたしがロビーでクセスゴな子2人と話しをした後にやってきて子。可愛らしく宣戦布告をしてきた、どちら様の何子ちゃんだった。
とりあえず黙ってを見ていると、何子ちゃんは5台あるドリンクサーバーをひとつひとつガン見しながらうろついていた。
そして、4往復目くらいで少し涙目になりながらもカップを持って彷徨っている。
そのカップの中には紅茶パックが入っており、恐らくはお湯を入れたいんだろう。けど、何処にあるか分からずにいるのだろうなと想像できる。
ふと、ドリンクコーナーの端に置かれたトレイの上にある器を見る。そこには天ぷらうどんが乗っかっていた。
その器からはもう既に湯気は上がっておらず、せっかくのサクサクであっただろう2本の海老天がうどんの汁を吸って、しんなりと横たわっていた。
暫く眺めていると、何となく後ろに人が並んだ気配があった。どちら様の何子ちゃんがモタモタしているのにイライラしている様で、「ちっ……」と、舌打ちする音が聞こえる。
その音が何子ちゃんも聞こえたらしい。慌てふためき出した頃、再び舌打ちの音が聞こえてきた。
ったく……
あたしはため息をひとつ吐き、そして後ろを振り返って声を出す。
「ごめんねぇ、慣れてないみたいだし、もうちょっと待ってくれる?」
あたしの後ろには6人の女生徒が並んでいた。
全員が違う制服を着ていて、振り返ったあたしに一瞬だけ怪訝な目付きになった。けと、直ぐにハッとした表情に変わる。
頬を染めて俯く子が居れば、後ずさる子もいた。
いや、頬を染めるのも後ずさるのも意味わかんないからねっ!
それに、あたしにデレる要素も無ければ化け物じゃないしっ!
全くもう……
っと突っ込み、あたしは視線を元に戻す。と、どちら様の何子ちゃんが目にいっぱい涙を溜めてあたしの方を見ていた。
気まずいのか、恥ずかしいのか。それとも怯えているのかも分からない表情でジッと見つめるもんだから、あたしは怖がらせないのように声を出す。
「えっとね、お湯を入れたいんなら右端のコーヒーサーバーの右下のボタンを押し続けたらいいよ。指を離したら止まるようになってると思うから」
どちら様の何子ちゃんは暫くあたしを見つめてるんだけど、なぜかこちらも頬を赤らめ始める。
何でそうなる! っと、思うこと暫し……
何子ちゃんはハッとした表情に変わって、あたしが言ったサーバーにカップを押し込んでお湯を注ぐ。
そして、恐らくはのびきったと思えるうどんを乗せたトレイにカップを置いてソソソっと逃げるように行ってしまった。
なんだか可愛いなぁ……
そんな事を思いながら、立ち去る何子ちゃんの背中を眺めてホッコリ。
その後、あたしは大きめのコップにコーラを注ぎ、ティーカップにアップルティーのパックを落として熱湯を注ぐ。
カップに熱湯を注ぎ入れた直後から、アップルティーのいい香りが鼻に届いてきた。
その香りを楽しむ様に軽く深呼吸をし、あたしは適当に空いてる席を探してトレイを置いて着席。
あたしのトレイにはカツカレーと野菜サラダ、コーラにアップルティー。
おやつとしてティラミスを乗っけている。
スプーンを持ち上げてカレーに突っ込んでひとすくいし、少し多めに乗せたカレーを大口開けてパクリと食いつく。
………おいひぃ。
なんだか今日は朝から気が張っていたからカレーの美味しさにすっごく癒される。
カレーを多めに口の中に突っ込んでしまったので噛み砕くのに時間がかかる。けど、再びスプーンをカレーに持っていき、今度は1切れのカツを半分に切ってカレーと同時にすくい上げたまま咀嚼を続けていた。
あたしは大のカレー好きで、カレーには必ず何かをトッピングしなければ気が済まない。だから、我が家の食卓にカレーが上がる時は必ず揚げ物が付いてくるのだ。
トンカツはもちろんのこと、唐揚げやコロッケ。メンチカツや海老フライや。ナスの素揚げなんかもいいな。
由乃なんて、納豆の上にスライスチーズなんか乗せちゃったりして。
なんだか別れてまだ4時間しか経ってないのに、もう半年位会ってないような懐かしさを覚えながら、あたしはカツの乗ったカレーを口の中に突っ込む。
今ごろ由乃も、お昼ご飯でも食べてるのかなぁって思っていると、あたしの目の前に人がやってきて声を掛けてきた。
「あのっ……」
顔を上げるとそこには先程の、どちら様の何子ちゃんが恥ずかしそうに佇んでいる。
あたしは多めのカレーを突っ込んだばかりだから言葉を発せない。どちら様の何子ちゃんは恥ずかしそうな表情から不安げな表情になっていくけど、まだ言葉を出す事が出来ない。
しまった……
こんな事ならカツを乗せるべきじゃ無かったかなと。でも、せっかくカツカレーにしたのにカツを食べないなんて、それはカツへの冒涜だし。
いやでもしかし……
1口目にカツを乗っけていたらこんなに長く咀嚼しなかっただろうし。ただ、やっぱ最初はカレーの味を堪能するのがカレーライスへのリスペクトではなかろうか……
などなど、咀嚼の時間を誤魔化すように考えている。と、いよいよどちら様の何子ちゃんが泣きそうな表情に変わってきた。
あたしは慌ててコーラに手を伸ばし、そして少し口の中に流し込む。その炭酸の泡で口の中の物を強引に流し込んだ。
カレーの味の後からコーラの甘みがやってきて、炭酸の喉越しの後に押し寄せる。カツとカレーとコーラが口の中でクラッシュされた風味を一瞬で堪能してから、声を出した。
「ごめんごめん、ちょっとカレーを多めに口の中に入れたもんだから噛むのに時間かかっちゃって。どうしたの?」
あたしの声を聞いて、どちら様の何子ちゃんは自分が無視されていないと分かったようで、心底ほっとした表情になった。
それから何か考えてるようで暫し。突然ハッとしたかと思ったら、急に頭をガクンと下げて声を出した。
「か……神之原さん、さっきはありがとうございました!」
割と大きな声で言ってきたけど、周りの視線が痛いからやめて欲しいなぁ。
「いやまぁ、大丈夫大丈夫。とりあえず座ったらぁ?」
ただでさえ色んな子から敬遠されてるのに、これ以上目立ちたくはない。なんならあたし本当に目立つようなことは何にもしてないし。
それに、近寄るなオーラなんて出してもないのに試験会場以外では半径3メートル以内に、ほぼ誰も寄ってこない。
さっき振り返った時も、並んでた子達は私から3m後ずさっていったし。何なら、あたしが座っているテーブルには誰も寄って来ないし。
朝方ロビーで真中に声を掛けられ、斑鳩響希さんに一方的に喧嘩を売られた。
どちら様の何子ちゃんに宣戦布告を受けた後に、神楽坂歌音ちゃんに写真を撮られまくる。
そしてまたどちら様の何子ちゃんに声を掛けられ感謝され……
あれ?
ひょっとしてあたし、今日ここにきてから誰かと会話したっけ?
なんて事を考えて、そういえば2階の説明会場で真中と少し会話したかなと思いつつ、どちら様の何子ちゃんが対面に腰を下ろすのを眺めていた。
っと言うより、トレイの上のうどんに乗っけられている2本の海老天を眺める。
さっき、ドリンクコーナーで見た時のくたびれ感から更に
完全に腰を下ろした何子ちゃんは、目尻に溜まった涙を右手でコシコシと拭い終え、「ふぅ……」と、息を吐いたところであたしは声を出した。
「うどんが大変なことになっちゃってるよ、大丈夫?」
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