第1章:家族

1-1.

 北九州市小倉南区道原どうばる地区は、ほぼ何も無い。


 九州の玄関口と呼ばれる小倉駅からJRで南下し、さらにローカル線に乗り換えて南へ南へ……


 南へ南下した、日本でも有数のカルスト台地で有名な平尾台の西隣。


 全く有名でも何でも無い山の奥。


 唯一の観光名所である菅生すがおの滝からさらに山奥に入った所。


 風光明媚と言ってしまえば大袈裟で、360度どこを見回しても鮮やかな緑の木々だけが主張する場所に佇む『私立アリシア魔法学園』は、将来有望な魔法使いの卵達の入学を、駆け抜けるそよ風の音と、小鳥の囀りを聴きながら静かにその時を待っていた。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 五分咲きの桜が晴天の街並みを彩る3月の中旬。



 3歳の時から12年間慣れ親しんだ天照院学園を卒業し、4月より別々の学び舎に進学する仲良しで幼なじみの5人組と遊びまくった2週間が、あっという間に過ぎた。


 4月に入って直ぐに、青森県の『私立稲葉白兎学園』に、入学する2人を北九州空港で見送る。


 翌日に、三重県にある『聖シルフィーエルス魔法学園』に入学する2人を小倉駅の新幹線ホームから送り出した。


  その3日後に地元、福岡県北九州市にある『私立アリシア魔法学園』の制服採寸や入寮手続きを終えた今日は、日曜日の昼下がり。



 あたしの名前は神之原志乃かみのはらしの



 世界屈指の魔力を宿す『神之原家』の長女として生まれ、この4月で日本三大魔法学園のひとつの『私立アリシア魔法学園』に入学する15歳の女の子。


 翌日の新入生の魔力測定試験を控えたあたし。我が家のリビングで、おばぁちゃんとお母さんと二つ下の妹と4人で本年度最後の団欒を決め込んでいる最中なのだ。



 私立アリシア魔法学園は、学園方針として完全入寮制。しかも、入学してから2年生の9月までの1年5ヶ月は、基本外出禁止で帰郷も許されないようになっている。


 入学式は今より5日後だけど、入学前に魔力測定試験と言うものが4日間もあるのだ。


 1日目に学科試験、2日目に体力測定、3日目に魔力測定、そして4日目に身体測定があって5日後の入学式と入寮式。


 その為にあたしは明日、15年とちょっと慣れ親しんだ我が家を離れなければならない。ので、今日は朝からまったりと団欒中、っと言うわけです。


  お父さんはどうしても外せない仕事があり、まぁ帰ってきたらちょこっとだけ甘えてあげようと思っているのだけれど。



 あたしには2人の兄と妹がひとりの4人兄妹で、上2人の兄は既に実家を離れている。


 長男で、4つ上の斗哉とうやは都心の有名魔法大学に。


 2つ上の、次男の莉弥りいやは関西の強豪魔法科学園で、日々勉学に勤しんでいる。その為に、最愛なる妹の出立の日を見送らない薄情者でもあるのだ。


「志乃ぉ、そんなこと言わないのぉ。お見送り出来ないからぁ、3月末に帰って来てたでしょぉ」


 っと、舌っ足らずな話し方をするお母さんに、あたしはポテチを口元に持っていきながら言った。


「そぉだっけ? 永愛とあちゃん達と遊びまくってたから分かんなかったなぁ。そもそも帰って来てたのすら覚えて無いんだけど」


  永愛ちゃんとは、幼なじみの1人だ。


  すると、ソファに座るおばぁちゃんがお紅茶の入ったカップを持ち上げる。そして、カラカラと笑いながら言ってきた。


「あっはっはっ! まぁ斗哉にしろ莉弥にしろ、地元に帰ってきたら久しぶりに友人と遊びたいもんだろ。そんなところは兄妹で似てるじゃないか」


  なんて言われ、そりゃそうだと思いながらあたしも笑う。と、あたしの左腕をがっちりホールドする妹の由乃ゆのが口を尖らせて言ってくる。


「いいや、やっぱり斗哉も莉弥も薄情者だよ。私なんてしぃちゃんから一時も離れたくないし、何だったら私も明日一緒に行くし」


 とまぁ、あたしへの愛が一直線な由乃。日頃からあたしの傍を片時も離れない。


 家に居る時は、寝る時以外はずっと一緒に居るし。あたしが天照院学園を卒業してからは、常時あたしの腕に絡みついているか手を繋いで来る。


「だって……しぃちゃんと1年5ヶ月も会えないんだもん。だから私もしぃちゃんと行くもん! 絶対行くもん!」


 こんな感じで2週間。由乃はずっとあたしの傍に居て、遊びに行くのも大変だった。


 その分、帰ってから由乃のなすがままにされていたんだけど。


 まぁ、そこは可愛い妹だから全然いいんだけど。でも、いくら学園方針だからと言っても1年5ヶ月も実家に戻れないのはちょっとね……っと思う。


「無理でしょぉ」と、お母さんに言われる由乃。ポコリと頭にゲンコツ猫パンチをもらっている。


「ふみゅ……」と言いながら、あたしに絡みついたまま器用に頭を押さえていた。


「そうは言っても、年に数回は『プリズン』に行けるんだから完全に会えなくなる訳じゃなし、そこまで寂しがる事はないよ」


 っと言って、優雅にお紅茶を啜るおばぁちゃん。


 ちなみに『プリズン』とは、アリシア学園に入学して1年5ヶ月の隔離生活を送る生徒が学園を揶揄する表現だ。


 実は、おばぁちゃんもお母さんもアリシア学園の卒業生。だから、学園の事はよく知ってるのだ。


「そうねぇ、5月から魔法武闘大会の公式戦が始まるしぃ、10月には文化交流会もあるからねぇ」


 そう言いながらお母さんは、自らのカップにお紅茶を注ぎ入れている。すると、由乃が再び口を尖らせながら言ってきた。


「でもさぁ、しぃちゃんと会ってゆっくり話し出来る訳じゃないんなら会えてないのと一緒じゃん。やっばり私も一緒に入学するし!」


 そして、再びあたしの左腕をギュッと引き寄せた。



 そんな由乃に違和感を……


 いや、由乃の身体に違和感を感じた。



「ゆぅちゃん、なんだか胸がおっきくなってるんじゃない? 身長伸びた?」


 そんな言葉に、由乃は胸元を擦り付けながら言ってくる。


「ん〜〜〜っ、146センチくらいかなぁ。この一年で25センチも伸びちゃったし、もうすぐAカップも卒業かもだから、またしぃちゃのブラ貰うね」



 我が妹は順調に育っているようだ。



 あたしのは中等部2年生の1月から3月までの間で15センチも急激に伸び、かなりの成長痛に悩まされた日々を思い出して苦笑い。


 それに何故か由乃は、あたしのお古ばかりを着たがる。だから、由乃の部屋には衣類等がほとんど無い。


 天照院学園の制服すらあたしのお古なもんだから、新品で買ってもらうのは靴下とパンツくらいなものなのだ。



 そんな言葉を聞きながら、妹の成長を1年以上も見れないのは寂しいものがあるなと思っている。と、由乃が突然寂しげにあたしを見上げながら言ってきた。


「ねぇ、しぃちゃん。あたしの『解縛式かいばくしき』に戻ってこれる?」


 この、『闇の魔女』に呪われた世界の女子は国内外問わず、15歳の誕生日当日に『解縛式』と言う儀式がある。


 その儀式とは、『プニッシュ』と呼ばれる神具でエチエチの中の膜を破り、子宮に溜まる『基本魔力』を体内に押し出すというものだ。


 そして、その日より『プニッシュ』を使用して魔力の循環をさせなければ、それ以降の生活に支障をきたしてしまう。


 もちろんあたしも『解縛式』をやったし、その日から毎日魔力の循環もやってる。それくらい、この世界では常識だ。



 由乃の誕生日は9月15日で、今現在は13歳。



 つまり、あたしの隔離生活が終わるか終わらないかの時期に『解縛式』がある。なので、戻ってこれるかどうかはかなり微妙なところ。


 あたしも出来れば付き添い人として立ち会いたいけど、こればっかりはどうにもならないのだ。



 そんな会話をしつつ、あたしは何となくアリシア学園の先輩でもあるおばぁちゃんやお母さんに質問した。


 まぁ、アリシアの先輩だから学園の事は詳しく聞いてるので、それ以外の事をちょっと聞いてみたくなったからだ。


「ねぇ、おばぁちゃん、お母さん。アリシア時代にライバルみたいな人っていた?」


 何気なく聞いた質問なだけに、おばぁちゃん達もなんだか昔を懐かしむように微笑みながら考えている。


 そして、先に声を出して来たのは、おばぁちゃんだった。

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