第20話 だから俺はリアルでも

 挟間くんと、家村さんが抱き合っているのを、私は斉藤くんの袖を掴みながら見ていた。

 告白は成功したみたい。


 胸がすごく痛い。


 そっか。

 私は、綾瀬ルカは、挟間くんのことが好きだったんだ。

 出会った時からどこかひかれる感じはあったけど。

 これ、恋だったんだなぁ。

 なんかちょっと泣きそうだけど、でも、それ以上に挟間くんと家村さんのつながりは強かった。幼馴染だからって言葉では片付けられないくらいの絆があったんだ。


 私は、狭間くんにとっての絆にはなれなかったんだよね。


 それは悲しいんだけど、同時に家村さんと付き合うってなってるのが嬉しい。あの二人ならいいかなって。


 それなのに、ずっと躊躇してる情けない男子が、今私の目の前にいる。


 私は呆れながら、裾をもう一度引っ張った。

 思ったよりも軽い手ごたえで、斎藤くんは後ろ向きに転んだ。その顔はびっくりするぐらい情けなくて、ぐしゃぐしゃに泣いてた。

 って、クラス一のイケメンがこんな顔になるなんて。

 ちょっと面白いけど、今は邪魔させないようにしないと。


「ぐ、ぐすっ、そ、そんなぁ……」

「あの二人がそれだけ、お似合いってことでしょ」


 私が諭すように言うと、斎藤くんは受け入れられないという感じで頭を何度も左右に振った。

 なんか、腹立つ。

 私は我慢ができなくなって、斎藤くんの頬をぱしんと叩いた。


「……なっ……」

「男らしく、ない。そういうの、ダサい」


 私はただそう言った。

 ショックを受けたように斎藤くんは呆然としていた。


「とにかく。二人の、邪魔だから。いくよ」


 私は淡々と告げてあげた。



 ◇ ◇ ◇



 意識が、遠くなる。

 意識が、近くなる。


 ふと気が付けば、俺は目を覚ましていた。


 あれ、ここって……?

 すっごいリアルな感覚だった。手足の先まで神経が通って、風や冷たさが分かるこの鋭い感覚。同時に襲い掛かる、疲労感。

 首も痛いし、肩も背中も重い。


 えっと、何があったんだっけ?


 俺は、その——


 意識と記憶を取り寄せながら、俺は周囲を見る。

 消毒の匂い。

 見慣れないリノリウムの床。

 そして—―手術中のランプが照らす手術室。



 そうだ。



 思い出した。



 俺は、呼び出されたんだ。

 マキの家族に。

 マキが交通事故にあって、危篤だからって。せめて近くにきて、声をかけてあげて欲しいんだって。そうだ。そうだった!

 俺はたまらず立ち上がる。

 家族の視線が集まる中、バン、と音を立てて手術中のランプが消えた。

 家族のみんなも立ち上がる。

 しばらくして、扉が重々しく開く。

 出てきたのは、ちょっと疲れた様子の医者だった。


「あ、あの、マキはっ!」


 マキのお母さんが縋るように駆け寄る。

 医者はその顔を見てから、にっこりと微笑んだ。一気に空気が弛緩していく。


「無事です。一時期は本当にバイタルが危険になりましたが、奇跡が起こったように安定してくれて、無事に助かりました」

「本当ですか! 良かったっ……!」


 泣き崩れるマキのお母さんにお父さん。俺もほっと安堵する。

 あれ、でも何か違和感が……?


『騙してごめんね』


 天の声がやってきたのは、その時だった。

 同時に周囲の空間が硬直する。まるで、時間が止まったように。いや、止まったんだ。実際に。

 そして俺は一気に思い出していた。


 この天の声――俺をエロゲの世界にぶちこんだ妙なヤツじゃないか!


 あの時は確か、俺がヤバいからって理由だったけど。

 実は違ったのかよ!


『うん。すべてはマキちゃんを助けるためだったんだ』

「マキを、助けるため?」

『そう。この世とあの世の境目を彷徨う彼女を、どうにかしてこっちに繋ぎとめるために、彼女には生きる目的を作る必要があったんだ』

「生きる目的……」

『それは、マキが誰かを好きになるっていうこと。そしてその思いが強ければ強ければいい』


 ずきん、と胸が痛くなった。


「つまり俺は、マキを助けるためにあの世界へ飛ばされたってのか? 俺がマキに告白して、マキが俺を好きになって、生きる気持ちを持たせるために?」

『うん。ごめんね』


 ごめん、で済むかよ。

 ……でも。

 もし真実を聞かされても、俺はやってたと思う。それこそ、なりふり構わずに。


『もし最初に事実を伝えたら、君は自分の気持ちなんか全部フタをして、徹底的に攻略に徹すると思うんだよね。でも、それって何より君の気持を殺すことになる。君は本当の気持ちにさえ気付かないまま、義務的に攻略していったはずだ』

「だから、俺の命がヤバいってことにしたってか? それなら自然な気持ちで攻略しようとするからか?」


 いや、攻略なんてあり得ないな。


『どっちにしろ悪いのは僕だから分かってるけどね。ただ、マキのことを死なせたくなかったんだ』

「……アホか」

『何より、君は――』


 うるせぇ、黙れ。


 俺は内心で天の声を黙らせる。


 分かってる。

 とっくに分かってるし分かってた。

 俺は、こんな異世界に飛ばされる前から、ずっとマキのことが好きでい続けてたってことくらい。ある意味、それから逃げるためにエロゲにもハマってたってことくらい。逃避だったってことくらい。

 綾瀬ルカちゃんより、マキを選んだのは、そういうことだ。


 でも、それでも――。


 なんか誘導されたみたいでクソみたいにムカつく。


「なぁ、マキはもう助かったんだろ」

『少なくとも、生きる目的は手に入れたからね。あの世界でのできごとは彼女もうっすらと覚えてるよ。だから、目を覚ましたマキは、もう君の彼女だよ。順当に付き合っていけばいいと思う』


 それがご褒美だってか? ふざけんな。


「分かった。じゃあ、その記憶を消せ。俺からもな」

『……え?』

「できるだろ、それくらい」


 俺の提案に、天の声は戸惑ってる感じだった。


『それは、できるけど。でも、今のマキは君のことが好きだよ? 付き合ってる状態って言えるんだよ? 君があの世界で、マキに与えた影響はマキに残ってる。君が頑張ったことも、全部。それをなかったことにするっていうの?』

「当たり前だ。だいたい卑怯だろそんなもん」


 俺はイライラしていた。

 俺はマキを攻略したいわけじゃないからな。


「だから俺は、この世界でもがんばる」

『君は……本当に。そういうことを言うんだね』

「俺は陰キャだけど、そういうのは嫌いなんだ。どうせ付き合うなら、正々堂々がいい」

『はは、本当に君を選んで良かったと思うよ』

「うるせ」

『でも、特別。水族館のプレミアムチケットだけは現実に召喚しておくよ。がんばって本当にマキを振り向かせてあげるんだよ』


 当たり前だ。ばーか。

 内心で返事をすると、天の声の気配が消えていく。

 俺は心が軽くなるのを感じつつ、前を向いた。


 現実世界でも、マキにもう一度告白できるように、がんばらないとな。


 今度は、全部自分の力で。

 俺は足を進める。

 目が覚めた時、マキの傍にいられるように。

 そして胸を張って、マキに相応しいオトコになるんだ。


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ようこそ! 幼馴染と恋人同士にならなきゃ脱出できないエロゲの世界へ しろいるか @shiroiruka

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