第19話 そのリレー
ぽふん、と。
柔らかい感触に俺は顔面から受け止められた。
「大丈夫っ!?」
次いで、マキの本気で心配そうな声。
さらにコケそうになった身体が安定、まではしなかった。なんとかもたれかからないように踏ん張ったけど、もうマジで全身力が入らない。立とうとしても関節がふにゃふにゃになった感じ。身体の芯から力が抜けてる。
それを感じ取ったか、マキは俺を寝かせるようにしてくれた。
うん、いや待って。
俺は気づく。
さっきから柔らかいこの感触は、ま、まままさかっ!?
「ちょ、マキ、あたってる、胸があたってる!」
俺は小声で訴える。すると、ぎゅうって抱きしめられた。
な、なななんでぇええええっ!?
「分かっててあててんのよ、バカね」
「はぁっ!?」
「凄かった。見てたよ。タクミ。あんたあんなに速かったんだね」
驚く俺に、マキが優しく声をかけてくれる。
「いやー、どれくらいのタイム出たかは知らないけど、頑張った」
「うん。これで優勝だよ。後でいっぱい褒めないとね」
「後で?」
「とりあえず医務室いこ。タンカ用意してもらってるから」
泣きそうな声で、マキは言った。
アレ、俺どっかケガしてる?
いや、今はいいや。どこも痛くないし。それに、なんか眠くなってきたし……。
俺はぬくもりに包まれて、意識を手放した。
◇ ◇ ◇
気がつくと、医務室だった。
すっごい消毒の匂いがする。うわっ。
とりあえずゆっくり身体を起こすと、シーツの衣擦れの音で、隣に座っていたマキが目覚めた。どうもうつらうつらしていたらしい。
そりゃそうだ。
マキだって体育交流会でがんばってたはずで、疲れてたはずだしな。
「あ、起きた?」
「そっちこそな」
「あ、うん。寝てた。よだれとか出てなかったよね?」
「たぶん? いや、マジで見てない」
素直に答えると、マキは一応口元を確認してから安堵した。
なんか可愛い。
と思いつつ、視界の端の時計に目がいった。って、おいおい。
「もしかして俺、大分寝てた?」
「うん。二時間くらいじゃないかな。まぁ、お医者さんは極度の緊張と疲れから一気に開放されて気絶しただけって言ってたからそんな心配はしてなかったんだけど、気になるからさ」
「待っててくれたってわけ? それは……悪かった」
うーん。なんとも情けない。
「いいって。それよりクラスのみんな、めっちゃ褒めまくってたよ。ケガした斉藤クンの代わりに走って、しかも一位取っちゃうなんて。キセキだって」
「そりゃそうだろうな。俺もキセキって思うわ」
自分でもなんであんな走れたのか分からん。
ただ、他の連中と比較して疲れてなかったし、テンションもおかしかったってのは事実だな。
あと、二週間だけど放課後に特訓してたの大きかったかも。
「斉藤クンも感謝してたよ。なんか、勝てないって言ってた」
どんな敗北宣言だよ、どんな。
思わず苦笑していると、マキも苦笑していた。
「でも、それで寝込んでたらダサいよなー」
「そんなことないよ」
「そっか?」
「むしろ倒れるくらい全身全霊出したんだ、すげーってみんな言ってた。なんかバレーでも活躍したみたいじゃない?」
「単なるレシーブ職人になってただけだけどな」
アタックとかトスとか、そういうのはほとんどしてない。
そんなのできないって割り切ってたし。
「ま、それはマキのおかげなんじゃね?」
しれっと言うと、マキの顔が一気に赤くなった。
「ばっ……! そういうのはね、そういう時はね、もうちょっと自慢していいっていうか、ちゃんと自分の力なんだってこと、自覚しなさいよね」
「なんで褒めたのに叱られたんだ今」
「あ、ああ、ああもう! はいっ! それに関しては私が悪かったわよ。ごめん。どういたしましてっ」
「おいおい、マキ大丈夫か?」
俺はそっと起き上がり、マキの額に手を添える。熱でもあるんじゃね?
んー、確かに熱い、か、も?
なんて思ってると、その手を優しくつかまれた。
「お?」
「タクミ……あんたやっぱまだちょっと寝ぼけてるでしょ」
うん?
「あんた、今、自分で、何したか……」
すごくボソボソと言われ、俺も気づいた。
あ。触っちゃってる。
あ。やっちゃった。
一瞬にして俺は走馬灯が駆け巡った。
これは死ぬかもしれない。いや死んだ。
恐ろしい制裁が来る、とある意味で身構えたが、その鉄槌はこない。
「……ばかっ。ああもうっ、なんで私がテンパってんのよ! いつもと立場逆だしっ!」
「って何怒ってんだよ」
「怒ってないわよ! ただ触られて嬉しかっただけっ! ……あっ」
盛大に自爆して、マキはさらに顔を赤くさせた。
同調して俺も赤くなる。い、今、嬉しかったって……!?
マキはそわそわしながら視線をそらしている。なんだこの可愛いのは。
「もう。がんばってるあんたが、ちょっとイイなって思って」
「マキ……」
あ、これだ。
今だ。
今しかない。今ここでちゃんと伝えないと、ダメだ。
けど、トラウマがやってくる。
いや、いい。
振り切ってしまえ、そんなもん。
「なぁ、マキ」
「うん」
「今度、水族館行こうって約束したよな。いつにする?」
「……週末、空いてるけど」
「じゃあ、週末いこっか。たださ」
俺は喉を鳴らす。
心臓がバクバク言う。どうしてか、マキの心臓も高鳴ってる感じがした。
「友達として、じゃなくて、さ。彼氏彼女って関係でいきたいんだけど」
い、いいい、言ったぁぁぁぁああああっ!
はい言いました。言いました。間違いなく言いました。
これでフられたらもう心折れる。完全に折れる。
って思ってたら。
なんかマキが泣き出したあああああああっ!?
そ、そっか。
そんなにイヤか……。
がっくり落胆すると、マキが俺の手をぎゅっと強く握ってきた。
「……私さ、一度タクミの告白、断ってるじゃんね?」
一度ならず二度も、だけどな。
ただ、二回目はマキの記憶にはないはずなのでノーカンだけど。
「まあ、そうだな」
「そんな私なのに、タクミは、私のこと、好きって言ってくれるの?」
「好きじゃなかったらいわねぇよ」
俺はぶっきらぼうに返す。
そもそも部活の時だって、マキだからあそこまで動いたんだから。
確かに綾瀬ルカちゃんという大きい存在はいるが、でも、やっぱりマキは好きなんだよ。
そこにウソはつけない。
「そっか……ありがと」
「マキ?」
「彼女として、よろしくお願いします」
ぺこっと頭を下げてから、顔をまたあげたマキはにっこりと笑っていた。
可愛い。好きだ。
たまらなくなって、俺はマキを抱きしめていた。
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