第16話 甘い罠
そのイヤな予感は、部活が終わった後の下校前に直撃した。
なんとか仮入部一日目を終わったワケで。意外と緊張していたらしく、俺はやっと自分がトイレにいきたいってことに気付いた。
で、慌てて駆け込んだのだ。
「挟間タクミくん」
用を終えて、思いっきりリラックスタイムを迎えた時だった。
なんだか不穏な声をかけられたのである。
相手は――もちろん斎藤だ。
いつものように人当たりの良い雰囲気と笑顔で、でも、なんだか含みのある感じもした。なーんか、これ、分かる。
敵意だ。
俺は陰キャでスクールカースト最底辺だったんだ。
こういった雰囲気はいやっていうくらい浴びてきたんだ。
さすがに俺は身構える。
廊下だけどもう人はいない。何かあったらシャレにならん。逃げてもいいけど、身体能力に差がありすぎるからな。絶対追いつかれる。
「何か用?」
「うん。これからカラオケでもどうかなって思ってさ」
「カラオケ?」
なんだそのリア充御用達なとこは。
ハッキリ言うが俺はいったことないぞ。いや、親に連れられていったことはあるけど、すごい小さい時だったし。
そもそもカラオケなんて友達がいっぱいいる奴らがいくとこだ。陰キャでぼっちだった俺に関係ない。
微妙な反応を示していると、斎藤はこくりと大きく頷いた。
「もちろん二人きりじゃないよ?」
「それだったら今すぐ逃げるぞ。ウサイン・ボルトを追い抜くレベルで」
「人類最速より速いってかなわないな、それは」
これ以上ないくらい朗らかに笑って斎藤は口を拳でかくした。
「四人でどうかなって思って」
「四人?」
「そう。僕と君と──家村さんと綾瀬さんの四人。つまり新入部員だね」
「なんでまた」
「何って、親睦会みたいなものさ」
斎藤は両手を広げ、敵意がないぞとアピールするかのように爽やかさを出してくる。もう輝きすぎて後光が見える。
なんだこいつ、まさか俺と仲良くしようって魂胆なのか……?
いや油断するな。
俺はぐっと気を引き締める。
斎藤はライバルだ。
俺と仲良くするつもりはないはずだ。
こいつの目的は、どこまでいってもヒロインを射止めること。そのためにはあらゆる手段を用いてくる。
うっかりするとイジメの標的にもされてしまう。
ゲームじゃそうなったらゲームオーバーだ。特に詳しい描写はなく、淡々とテロップが流れて強制終了である。
ここでも、ゲームオーバーになるかも。
何よりもうイジメられたくないし!
だからうまく立ち回らないと。
「親睦会って早くね? 俺たち確かに同じクラスだけど、まだ部活でもそんな話をしてるわけじゃないだろ」
「うん。だからさ。そうでもしないと君とは接点持てそうにないから」
ふひっ、接点って。
なんだこの良い人オーラは。
どこまでも害意はない。そう見せている。
むしろここで断ったら俺が悪いヤツみたいになるぞ。周囲に人はいないのに、なんとなくそう思わせてくる。
「接点って言われてもな」
「もちろん君にとって悪い話じゃないと思うよ」
「悪い話じゃない?」
「ああ、そうさ。君は──」
ぎらり、と、斎藤の目が光った。
「君は、綾瀬さんのことが好きだろう?」
なるほど、そう来たか。
俺は冷静に受け止めていた。
「部活の時に分かったよ。綾瀬さんも君のことを気に入ってる様子だし。カラオケで良い感じになるんじゃないかな?」
饒舌に語る斎藤を見ながら、俺は確信していた。
これは攻略ヒロイン変更誘導ルートだ。
分かりやすく言えば、今攻略しようとあいているヒロインとは、また別の好感度が高いヒロインに攻略対象を変更させようという妨害手段だ。
ぶっちゃけ、かなり厄介だ。
こんな早くに仕掛けてくるとは思わなかったぞ、正直。
ちょっと焦ったけど落ち着こう。選択肢を間違えてはいけない。
本来はシナリオ後半になって発生するイベントで、最悪の場合即ゲームオーバーが待っている凶悪イベントだ。
「いやー、でもカラオケ苦手だしな」
「そんなの気にしなくて大丈夫だって」
「気にするって。それに綾瀬もマキもカラオケはそんな好きじゃないし」
ぴく、と、斎藤は反応した。
「無理に誘ったら来てくれるかもだけど、雰囲気は悪くなるんじゃね?」
「……そうか、なるほど」
「じゃ、そーゆーことで」
考え込む様子の斎藤を言い置いて、俺はさっさと離脱する。
せ、セーフっ!
俺はバクバク言う心臓を撫でつつ、部室棟を後にした。めっちゃ緊張した!
最適解のはずだ。
斎藤は完璧にゲームと同じ台詞を口にしていた。だから俺も同じように返した。で、見事に躊躇してくれたってワケだ。これ、選択肢に失敗するとほとんど終わるんだよな。
分かりやすい例を言うと、この案に乗った場合、後々あらゆる手段でバレるのでヒロイン二人(この場合なら)の好感度が一気に最低になる。で、斎藤は見事にヒロインを射止めてゲームオーバーってワケだ。
うん、最悪。
だから鬼畜なんだよな、このエロゲは。
とはいえ、クリアするまでに至るあれやこれやは最高である。ティッシュがどれだけ犠牲になったか分からない。
「お待たせ」
俺は校門付近で待っていたマキと綾瀬ルカちゃんと合流する。
斎藤の姿はない。
どこかから監視してるかもしれないけど、とりあえず合流してくるつもりはないらしい。
「待ったよー」
「そこはさ、そんなに待ってないよ、じゃない?」
「わ、私は、そんな待ってない、よ?」
「ほら!」
やっぱり綾瀬ルカちゃんは神である。
「いや待ってタクミ。あんたそこで私はそんなに待ってないよ? なんて言ったらどう思う?」
「わりとガチでビビると思う」
素直に答えたら、カバンが顔面に炸裂した。
い、痛ってぇ……っ!? は、はな、鼻っ!
鼻血出てないよねっ!?
「あんた殴る」
「殴ってから言うなっ!?」
鼻をさすりながら抗議するが、マキの顔は怒ったままだ。
「うるさいっ! 罰として帰りにソフトクリームおごりね!」
な、なんだとっ!?
「お前まさか、駅前の一つ一七五〇円もするやつじゃないだろうな!」
「当たり前でしょ」
「正気の沙汰じゃねぇ!」
「お黙りっ! 乙女を怒らせた罪よっ! 綾瀬ちゃんも一緒におごってもらお?」
「え、いいの?」
綾瀬ルカちゃんの目が如実に輝いた。
いやまって君辛党じゃなかったっけ? え、スイーツもいけるの?
俺は完全に困惑した。
やべぇ、何か言わないと、と思うが、綾瀬ルカちゃんのきらきらした目が俺を射抜く。ついでにマキの幸せそうな笑顔。
ああ、さようなら俺のお財布。
抵抗するのは無駄だと悟って、俺はふっと遠い目を浮かべるのだった。
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