第15話 仕掛ける斎藤

 かちゃかちゃと皿を綺麗に洗っていく。

 私はまだ心臓がバクバクしていた。

 ここまで私を動揺させてくれる主――タクミはもういない。ご飯も食べたし、しばらく喋ってから帰っていった。課題とかあるからね。


 ま、本当は片付けを手伝うって言ってくれたんだけど。


 私の心臓がもう持ちそうにないのでご遠慮いただいたのだ。

 ホント、私はどうしたんだろうね。

 いや、何よりタクミもどうしたんだか。なんか変に意識してるし、それに水族館まで誘われたし。

 プレミアムチケットの輝きに負けて一瞬でオッケー出したけどさ。


 いや、うん。


 今思えばなんてはしたないんだ、私はっ……!

 戻れるならぜひ戻りたい。

 っと、お皿洗いに集中しなきゃ。落としたら割るっ!


「でも、誘うってことは、気があるってことなのかな……ん?」


 水道のレバーをあげて水を止めたタイミングで、スマホが鳴った。

 手を拭いて近寄ると、斎藤クンからだった。

 珍しい――とは言えない。

 電話番号交換してから、ほぼ毎日かかってくるんだよね。正直、悪い気はしないけど、良い気もしないかな。とはいえ、ほとんどが必要な用事だったりするから無視もできないんだけどさ。


「もしもし?」

『ああ、家村さん。ごめんね、こんな時間に』

「ううん。大丈夫だよ。それより何かあった?」

『うん。代表委員会のスケジュールが発表されてね。どうやら近々に体育交流会なんてものがあるらしいんだよ』


 体育……交流会?

 なんだか安直だなぁ。すぐに内容が分かる感じがする。でもなんで体育祭って呼ばないんだろうね。

 私は疑問を抱きつつも続きに耳を傾ける。


『で、僕らは早速実行委員として仕事をするわけだ』

「そうなるだろうね」

『そこで、先輩諸氏にどういうものなのかを予め聞いておこうと思ってね。だから食事会でもどうかなって思ったんだけど』

「……先輩と? 食事会?」


 何を言ってるんだ、こいつは。


『代表委員として成功するには必要なことだと思わないかな?』

「いや、でもそういうのって先生から教えてもらえるじゃん?」

『それより先んじておくんだよ。そうすればもっと早く動けるし、もっと適切に対処ができるようになるじゃないか』


 いや、それはそうかもしれないけど。

 そこまでする必要ってある?

 今回は乗り気になれない。なんか水差された気もするし。


「でも、さすがにいきなり先輩と食事ってヤバくない? ちょっとしんどいよ」

『うん。分かるよ。でもここで先んじることができれば、内申点にも大きいプラスになると思うんだ』

「分かるけど、やりすぎじゃない?」

『いや、イニシアチブを取るのは大事なことだよ。家村さんくらい賢い人なら分かってくれると思うんだけど』


 うーん。


「でも、ちょっとね。だって先輩と仲良いわけじゃないし」


 私は難色を示す。

 代表委員会で一応顔合わせはしたけれど、接点らしい接点なんてない。


『大丈夫。接点なら作ったから』

「早すぎるでしょ」

『たまたまだよ。僕の方では接点があったからね』


 ああ、そうか。

 斎藤クンはあの学園周辺が地元だもんね。そりゃ知り合いくらいいるか。


「ねぇ、一つ訊くんだけど」

『なんだい?』

「その食事会、合コンじゃないよね?」


 ズバり指摘すると、斎藤クンは沈黙した。


「沈黙は肯定だよ?」

『あ、いや、ごめん。ちょっと電波が遠くて。合コンだって? どうしてそう思うんだい?』

「女の直感」

『それ言われると困っちゃうなァ』

「やっぱり合コンだったんだ?」

『認めるよ。一発で見抜くくらいならもう分かってるんじゃないかな。僕は君にこれ以上ないくらいひかれてるんだ。こう見えて初恋だからさ』


 何しれっと言ってきちゃってんの。

 私は呆れた。

 初恋っていうんなら、私だって、初、恋……うっ。

 脳裏に浮かんだのは斎藤クンではなく、タクミだった。


「初恋なのに合コン誘うとかどんな神経してるんのさ。ありえないよ?」

『非礼は詫びるよ。でもそれだけ本気なんだ。あらゆる手段を用いても、家村さん。君と仲良くしたい』


 甘い声で囁くように言ってくる。

 確かに斎藤クンはイケメンだし、優しい。こんなグイグイ来られたら、私だって傾いちゃうかもしれない。


 でも、今の私は違う。


 だって、ついさっき私は私が好きな人から、直球で誘われたのだ。水族館に。

 しかも手に入りにくいレアなプレミアムチケットで。

 それに比べたら斎藤クンの行動は卑怯以外のなにものでもない。


「斎藤クン。それ寒い」

『……本気なんだけどな?』

「だとしたら直球が良かったんじゃない? そういうの嬉しくないもん」

『手痛いなぁ』

「用事は終わり? 悪いけどもう切るよ」

『待って』


 話を終わらせようとすると、斎藤クンはすぐに割り込んでくる。


『挽回するチャンスをくれないかな?』

「は?」

『それだけ本気なんだ』

「挽回って言われても、でも……」

『僕はまだ高校生だし、こんなこと言える筋はないのかもしれないけど、僕は家村さんのことが気になってるし、家村さんのことを幸せにしたいって思ってるよ』


 ちょ、ちょっと!?

 私は思いっきり動揺した。

 これって、いやガチの告白じゃないのっ!?


「ちょ、ちょっと!」

『そこまで慌てるってことは、僕にもまだチャンスはあるってことだね』

「あのね!」

『僕は本気だからさ。それじゃあね』


 って通話切られたし!

 ムカつくけど、これでこっちからかけ直したら相手のペースにハマる気がする。

 私は落ち着くために深呼吸した。


 斎藤クンは本気なのだろう。


 同時に、すごく慣れてると思う。

 自分の見た目とか能力とか、自分が周囲からどう思われてるのかとか、そういうの全部分かってて仕掛けてきてる感じがある。

 だから下手に騒いでも、私の立場が悪くなるだけだと思う。

 たぶんだけど、私がそういうの考えるって分かってる。


 あーもう、そういうのホント嫌い。


 思わずスマホを投げたくなるのを私は我慢した。

 この動揺させられたことさえ、相手の計算かもしれないからだ。

 冷静に。つとめて冷静に。


「相手にしなきゃいいだけ。そうしたら諦めるでしょ」


 私は自分に言い聞かせた。

 他の女子たちには相談できない。だって、絶対噂になるし、付き合っちゃえばとか言われるし。そんなことになったら既成事実作られそうだし。

 がんばろう、私。

 負けるな、家村マキ!



 ◇ ◇ ◇



 翌日、俺たちは再び文芸部へと訪れていた。

 そこで部長から昨日のことをしっかり詫びられ、無事に仮入部。部活の説明を受けてると、文学部の部長もきて丁寧に謝られた。

 これで問題解決。

 俺や綾瀬ルカちゃんも気にせず入部できるってもんだ。マキもほっとしてる感じだ。


 うん、それだけだったらな。


 女子部員からの妙な視線を感じる。

 もちろん俺に注がれてるワケじゃあない。俺の隣で爽やかさを全力で解放している男子――斎藤に、である。

 いや、なんでこんなスポーツマンがここにいるんだよっ!? お前運動部いけよ運動部っ!

 なんて抗議はしたくても出来ない。

 分かってる。この数日で、斎藤はスクールカースト最上位の地位に早くも君臨していて、クラスじゃあ誰も逆らえない空気ができてる。

 まぁ、斎藤はそういうのカサにしない感じがあるけど、周りがそうする可能性があるわけで。で、俺とはいえば、最底辺ではないけど上位でもない。ある意味狙い通りの位置ではあるんだけどさ。

 何より斎藤をここから排除する明確な理由がない。


「ああ、ここはこういう表現の方がしっくりくるんじゃないかな」

「ここは誤字ですね」

「あ、この単語はこういう意味です。こっちの方がいいかな」

「ここはおくりがなつけた方が分かりやすいかなって」


 で、きっちり有能だし。

 なんなんだコイツは。

 ゲームの時も思ったけど、ガチで超人じゃねぇか。なんでもできるとか本当に最悪なんだけど、俺からすると。


 で、当然部員の人たちも歓迎するワケで。


 仮入部して一時間もあれば、斎藤はもう部活内の中枢として掌握していた。

 もうね、なんていうかね、涙目。俺マジで涙目。

 編集部員として入ったけどさ。

 落ち込むわー。ガチで落ち込むわー。


「あ、あの、挟間くん」


 そんな俺に声をかけてきてくれたのは、綾瀬ルカちゃんだった。

 ちょっと恥ずかしそうにしてるのがハイ可愛いもう可愛い全力可愛い。

 思わず顔がニヤけそうになるのを我慢する。

 俺、知ってる。

 自分がニヤけるとどんだけキモいのかを。


「うん、どうしたの?」

「あの、私書いたから見て欲しいなって。短編なんだけど」

「もう書けたの? 素で凄いじゃん」

「えへ、へ」


 照れる綾瀬ルカちゃん。はい可愛い。

 俺は思いつつ、提出された原稿を読むことにした。


「あ、タクミ。綾瀬ちゃんのが終わったら私のも読んでね」


 視線を落としたタイミングで、マキが割り込むように言ってくる。

 瞬間、斎藤の表情がちょっと強張ったのを感じた。

 なんだ、なんだこれ。

 え、まさか……。


 何かあったな、これは?


 俺はイヤな予感を思いっきり感じていた。

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