第14話 マキからのお誘いだから自分も誘ってみた

 目を覚ますと、俺は自分の部屋にいた。

 時間を見るともう夜である。どうやら二人の部長の説得を終えて家に帰ってきたって感じらしい。

 過去に戻るのではなく、こうして未来にまで時間を送れるのか。

 あの天の声ってホント何者なんだ。


 天使じゃないのは間違いないけどな。


 うるわしい若い童貞をこんな思いをさせるのである。

 魔王でもこんな悪辣なことしねぇわ。


「とりあえず、腹減ったな」


 こころなしか体積を減らした腹をさすりつつ、俺は机を見た。

 うっすらと光る封筒がおいてある。

 おん?

 もしかして天の声が言ってたボーナスってこれか。


 俺は思いっきり不審になりつつ、その封筒を開ける。


 中に入っていたのは、水族館の入館ペア券だった。しかもプレミアムチケットで、豪華ランチも食べられるようになってるし、イルカショーとかが特等席で見られるようになってる。

 これはかなりお高いチケットである。

 はーん、そういうこと。

 俺は納得した。いわゆるこれはお助けアイテムだ。ゲーム内でも大金をはたけば手に入る代物で、ここぞという切り札でもある。


 つまりこれを使って、マキとの親密度を高めろってことか。


 だが甘いぞ。

 マキにはこのゲームで言う親密度システムが作動していない。つまりデートに連れて行って親密度を上げる選択肢を選んだところで仲良くなれるとは限らないのである。

 それに水族館チケットって言っても、ヒロインによってやっぱ好みがあるから親密度の上昇値も違うしなァ。


 マキって、水族館好きだったっけ。


 そういうのも調べないといけないんだろうなー。ぶっちゃけめんどくさい。

 だって正直に聞いたら絶対怪しまれるだろ?

 あいつ、俺をからかってくるからなー。


 なんて思ってたら来ましたよ、ライン。


 俺はスマホを見る。


 《もしもーし》

 《かめよー》


 と返すと、すぐに電話がかかってきた。いやなんだ。

 だったら最初っから電話にすればいいじゃねぇか。


「もしもし?」

『あ、タクミ。起きた?』

「起きたけど?」

『じゃあさ、これからご飯食べない?』


 いきなりな誘いだなオイ。


「メシって、なんで?」

『なんでって、あんたのトコ今日はご両親どっちも出張でしょうよ』


 さすが家族ぐるみのご近所付き合いである。こっちのスケジュール完全把握してやがる。

 いやむしろ俺より詳しくない?

 確かに出張だって言われてたけど、すっかり忘れてたわ。


「そりゃそうだけど」

『その反応、実は忘れてたでしょ』

「なんで分かるの? エスパー?」

『あんたとどれくらいの付き合いだと思ってんの。で、忘れてたってことは、当然ご飯も何も作ってないんでしょ?』


 もちろんその通りである。

 そもそも俺はそんな料理作れるワケじゃない。

 カップ麺とかで済ませるつもりなんだけど。


「え? でも悪いよ。そっち親いるだろ」


 俺が言うと、マキはふふんと微笑んだ。


『大丈夫、今日は私ンとこも親いないから』


 ……………………はい?

 俺は思いっきり硬直した。思わず息も忘れる。

 いや、いやだって?

 何言ってんだこの娘は。マジで言ってんのか?


「え、えっと……? マキ」

『うん?』

「お前自分で何言ってるかさすがに分かってる?」

『えっと、親いないから、ご飯作ってあげるから、おいで、って、誘っただ、け、だけ、ど……ぉぅ』


 俺はきっちり聞き逃さなかった。


「マキ。お前意外とバカだろ」

『ばっ……!? し、しししし失礼じゃないのっ! 何よ、ななななっ!』

「いや、だって俺が指摘するまで自分が何言ってるか分かってなかっただろ」

『確かにそうだけどっ! と、とにかくっ! ご飯食べるの、食べないのっ! どっちなのさっ!』


 電話越しでマキが怒鳴ってくる。

 まぁ分かってる。このタイミングでかけてくるってことは、もう作ってあるはずだ。マキが俺のことを知ってるように、俺だってマキのこと知ってる。

 で、ここで断ったらきっとしおらしくなる。で、翌日からすっげぇ不機嫌になる。


 そうなると、恋人になるってことから遠くなるだろうなぁ。


 なんて打算的な考えが浮かんで、ちょっと自己嫌悪。

 ま、所詮俺は陰キャの陰キャだから仕方ないかもしれないかもだけどな。


「はいはい、いただきますよ、ご飯」

『よし良く言ったっ! 早く来なさいよ。じゃあねっ!』


 すっごいぶっきらぼうに電話を切られる。

 歓迎してるんだかしてないんだか良く分かんねぇな。ま、いいけど。

 俺はとりあえず着替えを済ませてマキの家へ向かった。

 ちょっとだけゆっくり目なのは、マキに落ち着ける時間を与えるため。本当に急いでいったら怒られるんだよなー。


 というわけで。


 てくてく歩いて数分。

 俺はマキの家に到着した。

 チャイムを鳴らすと、ばたばたと音を立ててマキが玄関に出てきた。

 ばちっと目が合う。

 瞬間、マキは顔をちょっと赤くさせてから顔を反らした。


 って意識するのやめて? 俺も意識するから!


 すっごい気まずいんだけど。


「とりあえず、入ったら」

「お、おう」

「ちょっと。何意識してんのよ。あんた。幼馴染のよしみってだけで家に呼んであげただけなんだからねっ」


 なんで今日はちょっとツンデレ気味なんだ。

 思いつつ、俺は頷いて家に入っていく。

 相変わらずマキの家は良い匂いがする。趣味がいいんだよなー。


「テーブルに座って待ってて、もう出来るから」

「う、うん」


 なんか緊張してくるな!

 ハッキリと陰キャの俺にはプレッシャーが強すぎる。なんか、こう、ね。居心地が悪いじゃないけど。

 なんだかもじもじしていると、マキが余裕を取り戻したらしい。

 くすくす微笑みながら料理を持ってきた。


「はい、お待たせ~」


 さっきまで顔を真っ赤にさせたヤツとは思えない豹変っぷりである。


「はいどーも。って生姜焼き?」

「そ。こういうの好きでしょ」


 しかも割と量が多くありませんかね?

 男子高校生を前にしても多いと言えるくらいの量がある。


 後はご飯にお味噌汁、サラダだ。


 きっちりバランスも取ってくるのがマキである。

 幼馴染だから知ってるけど、マキはかなり料理上手なんだよな。


「じゃ、いただきます」

「よろしゅうおあがり」


 合いの手を受けて、俺はとりあえず食べる。

 うん。美味しい。

 しっかり味付けがされてるし、豚肉も柔らかい。間違いない美味しさだ。


「また腕あげた?」


 俺は味噌汁をすすりながら訊く。

 うん、これもなんか美味しくなってる感じがある。

 すると、マキは自慢するように胸をはった。


「へっへーん。女子力は常にあげていかないといけないからね」

「まぁ、レストランくらい美味しいもんな」

「それは言い過ぎでしょ」

「いやいや、マジ」


 そこらへんの定食屋より上手いぞ。

 素で褒めると、マキは照れてテーブルに顔を沈めた。けど、十秒くらいで復活する。いや早いな。


「ふーん。じゃ、手料理披露したら男子はメロメロかな?」

「メロメロって古くない?」

「うるさいわね。じゃあイチコロ?」

「それも古い……おばあちゃんかお前は」

「お黙り」

「はいはい」


 俺はご飯を口に放り込みながら、ちらりと周囲を見る。

 壁には、家族の写真が額縁に入れて飾られていた。場所は、水族館ぽい?

 マキの家なんてそんな頻繁にはこないし、リビングとか注目したことなんてなかったけど、へー。もしかして。


「どしたの?」

「いや、水族館って好きだったりするのかなって思って」

「ああ、集合写真? うん、そうだよ。大好き。ちょっと遠いけどね」


 海辺じゃないからな、ここらへんは。

 ってこれ、もしかしてフラグってやつではありませんか?

 俺は覚悟を決めるように、喉を鳴らした。


 これ、断られたらどうしよう。


 そうなったら一気にゲームオーバーになる気がする。

 同時にかなり悲しい思いをしそうだ。

 ……ええい、ままよっ!


「じゃあさ、今度水族館いってみないか?」

「え?」


 俺は懐に入れておいた水族館のプレミアムチケットをテーブルに出す。

 一気にマキの表情が変わった。


「たまたま手に入ったんだけど」

「いくっ!」


 俺が言い終わるより早く、マキは食い気味に返事をした。

 お、おう。そんなに好きですか、水族館。

 若干引きながらも、俺は必死に表情を隠した。


「すごいじゃーん! どこで手に入れたのこんなの!」

「たまたま? ま、気に入ったんなら予定合わせていくか」

「うん! 約束ね!」


 そう笑うマキはすっごいきらきらしてて、どちゃくそ可愛かった。

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