第12話 文学部文芸部戦争

 ぶ、文学部?

 なんだ、いったいどういうことだ。

 いきなりの勧誘に俺は怪訝になりつつパンフレットを見る。


 えっと……。あった。


 綾瀬ルカちゃんも覗き込んできたので、一緒に見る。

 文学部も小説を書く部活らしい。そういえば昨日のマキのラインもそう言ってたな。

 ちらっと見ると、文学部の女子も上級生だった。

 いやっていうか似すぎだろ。

 同じテクスチャ使ってるのかって言いたくなるくらいだ。


「ちょっと。彼らは文芸部の入部希望者なのよ? そっちに誰もこなくて閑古鳥鳴いてるからって横取りしようとしないでよね」

「あら、ちょっと失礼じゃない? 私は未来ある新入生を愚かな魔の手から救い出すためにわざわざこうしてやってきてるのよ? 横取りでもなんでもないわ」

「ちょっと誰が魔の手よふざけんじゃないわよそっちの方がよっぽど魔の手でしょうがっていうかそんなウダウダ言ったところで横取りには変わりないんだからね!」


 バチバチと視線の火花をぶつけまくりながら、二人はいがみ合う。

 なんだこれ、いやなんなんだホント。

 呆然としていると、二人はもう罵詈雑言の嵐になった。


 なんか聞いたことのないような悪態もあるけど。


 お互いちゃんと意味が分かってるっぽいから、賢いんだろうなー。

 俺は遠い目をしながら様子を見守る。

 どうも文学部の上級生も部長らしい。

 お互いラノベと純文学のよさを語りつつ相手をけなしている感じだ。もう言うまでもないが不毛極まりない。

 どっちもあっていいじゃん。


「あー、えっと入部希望の三人さん?」


 そんな二人をヨソに、上級生の一人がまた話しかけてきてくれた。


「ああなるともうダメだからさ。また出直してきたらどうかな?」


 すごく建設的な意見である。

 俺はマキと綾瀬ルカちゃんに目配せをしてから頷いた。

 二人に気づかれないよう、そそくさと部室を後にする。

 スパイかな、俺たちは?


「はー、ここなら安心でしょ」


 部室棟から少し離れて、やっとマキは大きい息を吐いた。

 もしかして息も潜めてたのかこの子。

 同調するように、綾瀬ルカちゃんも大きく息をつく。ってあんたもかい。

 いや、っていうか仲間ハズレなのは俺だけか。またしても俺か。

 泣いていい?

 なんてちょっと拗ねてると、マキが後頭部を撫でながら苦笑する。


「それにしてもなんかスゴいとこだったね」

「う、うん。すごいパワーがあるっていうか」


 まだ戸惑いがおさまらないのか、綾瀬ルカちゃんも苦笑した。


「それにしても、あの二人すっごいソックリだったよな」

「ねー。ってあれ、コレ見て。文芸部と文学部、部長の苗字が一緒」

「ホント。名前も一字しか違わない、よ?」

「……もしかしなくても、双子か?」

「「だろうね」」


 俺の推察に、二人がすかさず同意した。


「仲良しなんだが仲悪しなんだか分かんねぇな」

「お互いこだわり強そうだからね」

「うん」

「ってことはケンカは日常茶飯事なのか? そうなると部活の雰囲気としては良くないんじゃね?」


 俺が言うと、マキは難しい表情を浮かべた。


「うーん、そんな評判は聞かなかったんだけどなぁ」


 どうやらリサーチはある程度していたらしい。

 どこで調べたかは知らないけど。

 でも顔の広いマキだしなぁ。どっかで仕入れてきても不思議じゃない。


「それに、設備、良かったよね」


 綾瀬ルカちゃんが思い出しつつ言う。


「PCもあったし、本棚もたくさんあった。少し、しか見てないけど、いっぱい資料とかもあったよ?」


 すごい観察眼だなオイ。

 俺はあの二人しか見えてなかったわ。


「そうなんだよね。そこがかなり大きくてさ」

「自分では資料とか持ってないのか?」

「高いのよ。そういう本って。ほら見て、この資料なんて一冊ウン万円だよ」

「これはこれは良いお値段で」


 俺は顔を引きつらせた。なんだこれ。

 絶対手が届かない値段である。

 いや、もちろんそういう価値があるからその値段なんだろうけど、高校生がほいほいと買える値段でもない。


「それに、部員さんにはイイとこまで言ってる人もいるらしくて。そういう人からアドバイスもらえたりするのも大きいんだよね」


 ふーん? つまり、マキにはメリットが大きいってコトか。


「でも、部長どうしでガリガリにいがみあってたら空気悪いよね」


 マキはまた大きいため息をついた。


「なんかゴメンね。二人は別の部活も検討して? つき合わせちゃってゴメン」

「そんなこと、ないよ?」


 綾瀬ルカちゃんがすかさず言い返す。

 ちょっと怒ってる感じが意外だった。


「私、他に所属したい部活、ないし……」

「綾瀬ちゃん」

「それに、毎日ケンカしてるわけじゃないだろうし」


 正論だな。

 毎日いがみあってたら部員とかいなくなってるだろうしな。お互い。


 文学部がどれだけ盛り上がってるかは分からないけど、一〇人所属してるみたいだし、少なくとも過疎って感じじゃない。


 まぁ、それでも文学したいってツワモノばっかかもしれないけど。


「それはそうなんだろうけど……その、無理につき合せたら悪いなって」

「だったらどうするか二人で話して決めたらいいんじゃね? どっかの店で」

「二人?」

「タクミは?」


 二人の視線が同時に突き刺さる。なんでこういう時は息があうんですかね。いや、もともと同調してるけどこの二人は。


「さっきから探してたんだけどさ、落し物したっぽいんだよな。それ探しにいくからさ、先に帰ってていいぞ」


 俺はテキトーに言う。

 マキからは思いっきり疑いの目線が送られてきたが、俺は気にしないそぶりをした。できてるよね? できてるよね、このそぶり!

 もちろん答えはやってこない。


「ふーん?」

「心配すんな。俺だって他にやりたい部活があるわけじゃねぇし、前向きに検討してるって、前向きに」

「ほう?」

「それに間に合うようだったらちゃんと後から追いかけるから。な?」

「なんか怪しいけど、まぁいいわ。なんか気分でもないし。お茶ついでにどうするか考えようか? 綾瀬ちゃん」

「うん、分かった」


 頷きあう二人をおいて、俺はささっと学校へ戻る。

 向かう先は言うまでもなく、文芸部の部室だ。やや早歩きで戻ると、まだ二人はがっつりとケンカしていた。


 今にも殴りあいになりそうだな、おい。


 さすがにケンカも長い感じなのか、部員も止めようとしているが近づくスキさえない感じだった。

 あーあーまーまーハデにやっちゃって。

 このままじゃ先生とか呼ばれたりとかして、大事になるかもな。


 しゃーねぇ、ここは一肌脱ぎますか。


 そのために戻ってきたんだしさ。

 俺はちょっと、どころじゃなくかなり勇気を振り絞る。

 いや忘れんな。俺は陰キャだぞ! 今すぐ帰ってエロゲしたいと心の底から思ってる健全なちょっと内気の男子高校生だぞっ!


「あの、ちょっと」

「だいたいね、純文学なんてものは自分のことを高尚だ高尚だってお高く止まってるところが気に入らないのよ読者のことをなんだと思ってるのよ!」

「何言っちゃってんだかラノベみたいな読者に媚びへつらうことだけしか考えてなくて思想も何もへったくれもない薄っぺらいモンで満足してるだけでしょ?」


 う、うわぁ。

 二人ともすさまじい速度で罵詈雑言の嵐をぶつけあう。なんだここは、ハリケーンですか?

 けど、お互いに言いすぎだろこれ。

 さすがに誹謗中傷が過ぎるレベルだ。こんなんおかしいだろ。


「もしもーし?」


 俺はさすがにイライラしつつ肩を叩く。

 部長二人は同時に俺を振り向いた。うわ怖っ。


「「何っ!」」

「いやあの俺さっきまでいた新入部員予定のものなんですけど」


 俺がそう言うと、二人は同時に硬直した。


「さっきから聞いてたらひどくないですか? お互い」


 俺はあえて低い声で言う。

 心臓はバクバク言いまくってるんだけどね、いや怖い。本気で怖い。


 でも――マキのためだから。


 二人から思いっきり視線が集まる。

 俺は今すぐ逃げ出したくなったけど、仕方がない。


「ひ、ひどいって?」

「だってそうじゃないですか。お互いディスりすぎでしょ」


 ごく、と喉を鳴らす。


「そんなんされたら、俺、入る気なくなるっす」


 それは爆弾発言だった。

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