第10話守りたいもの

 倒れかかった俺を支えつつ、そんなカッコいいセリフを言い放ってくれたのは、斎藤だった。

 何とも言えない表情で俺を見てくる。

 くそ、汚いから触るのもイヤだってか? って皮肉が思い浮かぶが、すぐに消えた。こいつ、明らかに俺のことをしっかり心配してやがる。

 そんなヤツに文句なんて言えるはずがない。


「封筒。それ郵便局に持っていったらいいんだろ?」

「あ、ああ、でも……」


 マキの小説のことはっ……。


「そのヒザでどうやって走るつもりだ?」

「え?」


 ちらりと視線を送られて、俺も釣られてみる。

 って待て落ち着け、なんだこの膝はっ!?

 思いっきりズボンが破れて真っ赤っかな膝がお目見えしてやがるっ! 見るだけで痛いっ!


「すぐ治療した方がいい。こんな汚い場所でそんな大怪我……どんな病気になるか分からないぞ」


 脅さないで? リアルに怖いから。


「綾瀬さん。悪いんだけど彼を保健室まで連れて行ってあげられないかな」

「う、うん」

「任せてくれ。俺はこう見えても陸上トラック競技で全中一位だったからな!」


 何その輝かし過ぎる経歴。絶対俺じゃ勝てないヤツじゃん。

 ああもう仕方ない。託すしかない、か。

 俺は原稿を斎藤に預ける。


「ただ出すだけでいいから。あと、その茶封筒に書かれてることとかは一切気にするな覚えるな覚えても忘れろ絶対だぞ」


 そう念押しすると、斎藤は苦笑して頷いた。


「分かった。誓うよ」

「頼んだ」

 

 俺がそういうと、斎藤はぐっと親指を上げてから踵を返す。そっからの加速は鬼がかっていた。

 あれ人間の加速力ですか?

 ぼーっと眺める間に、綾瀬ルカちゃんが俺の腕を掴んだ。


「保健室、いこ?」


 有無を言わさない調子――ってこれ、触れ合って……あれ? パッションタイムが発動しない? なんで?

 疑問に思って首を傾げたとたん、俺の首根っこがいきなり誰かに捕まれた。


「こーのークーソーガーキーどもおおおおおっ!」


 とたん、耳元でがなられる。

 ってうるさっ! 声でかっ!

 おそるおそる振り向くと、そこには金髪の作業服なお姉さんがいた。あ、業者さん?


「ゴミをぐちゃぐちゃにしたあげく、ケガするなんてフザけすぎだろあんたらっ! 誰が事故処理報告書をあげると思ってんだいっ!」

「「ご、ごごごめんなさいっ!」」

「クラスと名前言いなさいっ! すぐに保健室!」


 その怒号に、俺はただ頷くしか出来なかった。



 ◇ ◇ ◇



 かー、かー、とカラスが鳴く。

 なんともチープな夕焼けの光景だけど、俺はげっそりとやつれた気がしていた。

 あの後、保健室で治療を受けた後はまぁ盛大なお説教だった。

 何あの学年主任。ガチムチ強面で毛深いとか熊じゃん。もはや狂気の熊じゃん。

 久々に手ごたえのありそうなイタズラっ子だなぁっ! って気合十分なお説教を食らいましたとも。ええ。ホント勘弁してください。


 で、放課後までみっちり反省文も書かされた。


 俺に文才なんて求めないで欲しい。本気で。

 で、とりあえず解放してもらったワケなんだけどさ、ちょっと膝が結構かなり痛いんですわ。

 特に右膝をがっつりやってしまったっぽい。

 保健室の先生からは打撲だと思うから病院いけそうならいってこいって言ってたけど。まぁ骨がいってないなら大丈夫だろ。

 うん。

 痛い。泣きそう。


「やって出てきたね」


 なんとか校門まで辿り着いたところで、声をかけてきたのはマキだった。


「なんでここにいるんだよ」

「そりゃ待ってたからね」


 あっけらかんと言われて、俺はぽかんとした。

 いやだって、放課後ですよ?

 むしろ放課後っていっても授業なんてとっくに終わってますよ? いくら今日が部活オリエンテーションあったとはいえ、今はもう六時前だ。とっくにそんなもんも終わってるはずだ。


「待ってたって、マジかよ」

「むしろ待ってないと思ってたワケ?」

「そりゃ、誰もいるっていうか、誰もいなくて当たり前だろ」

「私はそんな薄情者じゃありませーん」


 ツンとそっぽむきながらも、マキはいきなりこっちを真剣な表情で見てきた。


「聞いたよ。ゴミまで漁って私の原稿見つけてくれたって」


 誰に、って聞くまでもないか。斎藤だろう。もしくは綾瀬ルカちゃんか。

 ちなみに綾瀬ルカちゃんはお説教の難を逃れている。

 俺が業者のお姉さんにお願いしまくって綾瀬ルカちゃんは見逃してもらったのだ。まぁ、当の本人は不服そうだったけど。でも、完全に彼女は今回の事態は巻き込まれただけだ。

 ゴミを漁ろうとしたのも俺だしな。

 だから綾瀬ルカちゃんは関係ないんだ。怒られるのは俺だけでいい。


「で? しかも綾瀬ちゃんを庇ったんだって?」

「そりゃそうだろ。あの子は協力してくれただけだぞ」

「私からすれば、タクミもそうなんだけどね」


 あれ? なんか怒ってる?


「しかも私のことは黙って……」

「バレるワケにもいかないだろ」

「それで心証下げてたら意味ないでしょ」


 マキはやっぱりちょっと怒ってる感じだった。

 どうやらクラスにもちょっと噂が広まったらしい。まぁ、入学して早々に問題起こしたらそうなるよなー。

 あれ、それって高校デビュー失敗ってやつでは。


「ま、クラスの噂はどうにかするけどね。私と斎藤くんで」

「斎藤が?」

「なんかすっごい褒めてたよ。男だって」


 斎藤から褒められてもなァ……。

 いやでもあいつは間違いなくクラスの中心人物になっていくから、評判を買っておくのは悪いことじゃないのか?

 いや、それ以上にあいつはライバルだぞ。


 しかも――間違いなく狙いはマキだ。


 頼りになるけど厄介すぎる!

 ああもう……。


「だから今回のことは全部なんとかするから」

「分かった。そっちは頼む」

「後、その……」


 妙にもじもじしながら、マキは上目遣いで俺を見てくる。なんですか、可愛いですか。


「ありがとね」

「届けたのは斎藤だろ?」

「けど、一番心配してくれたのはタクミだし、一番大変な思いをしたのもタクミだし、何より見つけてくれたのもタクミじゃんか」

「それはそうだけど」

「だったら感謝するのは当たり前でしょ」


 マキはふと俺の手を取った。ぎゅっと握られる。


「だから、ありがと」

「……どういたしまして」

「うん。本当に助かったよ。というわけで、一緒に帰ろ」

「おん?」


 なんでそうなるんだ? いやまぁいいけど。

 俺はなんとなく気まずい感じがしつつも、マキと一緒に歩き始める。

 って言っても、俺から話しかけるようなネタはないんだよな。


「タクミって、本当にこういう時は男の子だよね」

「なんだそりゃ」

「こういう時だったら恩着せがましく何か要求したり偉そうにしたり、色々と本性みたいなのが出てくるって話。でもあんたは本当にそういうのないよね」


 ……そりゃ、三次元には期待してないからな。

 そういう見返りを要求するのは二次元で十分だろ。

 たぶんこれ口にしたら絶対ヤバいから何も言わないんだけどな。


「そういうトコ、良いなって思うよ?」


 にこっと笑われて、俺はぐらついた。

 しかも忘れてはいけない。俺とマキは今、なんでかしらないけど手を握っているのである。温もりも伝わってきて俺はもうエレクト寸前だった。


 い、今なら告白できるか……!?


 そんな思いがよぎるが、俺はすぐ思い直す。

 いや、ダメだ。

 俺は二回目のあの断られ方がすっかりトラウマになっているらしい。


「良いって言われてもな」

「あはは、そうだよね。私に良いって言われてもねって感じだよね」

「いや、そういうことじゃないんだけど」

「えっ?」

「あ、いや、えっと」


 おい待てやめろ。そこで顔を赤くなんてすんな!


「何言いよどんでるの。もしかして、私のこと好きなの?」


 お、おおおおおいっ!?

 強制告白イベント発生――――っ!

 これ何て言えばいいんだどう言えばいいんだっ!? いや落ち着けこれは罠だ孔明の罠だ絶対罠だここでうんとか言ったらガチで引かれて終わるパターン!

 でもここでいや違うって言っても終わるパターンではっ!?

 つまりこれって強制詰みパターンっ!?


 思いっきり動揺しまくってると、マキはふと笑った。


 それは、何よりも可愛くて、何よりも切ない感じがした。

 なんだ、この違和感。


「なーんてね。原稿の恩人にそんなこと聞かないよ。大丈夫」

「って冗談かよっ!」

「だってー、なんかタクミがそういう雰囲気っぽいの出すんだもん」


 なんで俺のせいになるわけ!?


「あのな、マキ。からかうなよ」

「ごめんごめん。帰りに何か奢るからさ」

「え、マジ?」

「ラーメン行く? どうせ晩御飯時だし。奢るよ、あっぱれの特製ラーメン」

「よし行く」


 俺は即答した。

 とりあえず、絶対ゲームオーバーフラグは回避できたわけだし。今はそれでよしとしよう。なんかこれだけ頑張った成果がラーメンっていうのも実は微妙と思わなくもないけど、ないけどさ。


 とりあえず、マキの笑顔は守れたんだし。



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