第9話 原稿を探し出せ!
げ、原稿を、無くしたぁぁぁぁああっ!?
俺は大声をあげそうになって、慌てて口をつぐんだ。マキの原稿――小説のことは秘密だ。誰にもバレてはいけない。
必死に自制心を働かせ、俺はその叫び声を文字通り飲み込む。ごくって喉が鳴った。
「いや待て、マジか?」
「このタイミングでそんな嘘つくわけないでしょ」
「けど、どうやったらあんな大きいもん無くなるんだよ」
俺は小声で聞くと、マキは困ったように首を振った。
「分かんないよ……でも、授業の途中まではちゃんとあったんだよ。ずっと持ち歩いてたんだもん。で、移動教室終わって帰ってきて、もう無くなってたんだよ」
授業中も持ち歩いてたんかい。いや、それだけ大事ってことなんだろうけど。
「じゃあその移動した教室にあるんじゃねぇの」
「探したけどなかったんだよ! そんな全部見れたわけじゃないけど……」
「じゃあもっかい行こうぜ。何があったにしろ、そこで無くなったんならそこにしかないだろ。どこだったんだ?」
「図書館」
「また広いなオイ……」
昼休みの間は自由に解放される場所でもある。
こりゃ急いだほうがいいな。
この学校の図書館は本の揃えが良くて、漫画とかも結構あるって設定にあった。だとするなら、結構人は集まると思う。
早速行こうとすると、すぐに誰かが近寄ってきた。言うまでもない。
マキを狙っている超優等生、斎藤だ!
確かに同じクラスだけど、どうやってここを嗅ぎつけたんだか。
つかリア充なんだからキャキャー近寄ってくる他の女子たちと飯でも食ってればいいのに。
とか卑屈全力なことを考えるが、今はラッキーだと思った。
「どうした? なんかただならぬ様子だけど」
「あ、えっと、マキが大事なものを無くしたみたいで、これから探しにいくところなんだ」
「そうなの? だったら俺も手伝うよ」
どん、と自分の胸に手を叩きながら言う斎藤。なんだこのイケメン。
「あ、あの、私も……」
おずおずと手を上げながら近づいてきたのは、綾瀬ルカちゃんだった。
はい神確定。
とりあえず今は人数が欲しいからな。でも、貴重な昼休みを潰すことにもなる。
「いいのか? 昼飯とか食えないかもよ?」
「私、そんなに食べないし、大丈夫だよ」
「クラスメイトの危機だからな。代表委員として協力しないわけにはいかないだろ。それに昼飯なんて五分あれば食えるし」
早食いが過ぎない?
まぁ、パン食らうならそれくらいだろうしな。
とにかく協力者がいるのは助かる。
俺たちはすぐに図書館へ向かった。入口で受付を済ませ、中に入る。ってこの図書館、実際入るとめっちゃ広い。うーん、ここのどこで無くしたんだ?
俺は図書館内部の案内図の前に立つ。
「とりあえず、マキ。どこをどう移動したとか覚えてる?」
「えっと……辞書と……」
「結構、移動したんだね」
「授業が授業だったからねー。調べものが多くて」
とにかく全部しらみつぶしに探すしかないな。
俺たちは手分けして探し回る。
あの原稿は結構分厚いからな。落ちてたらすぐわかるはず。なのに見つからないってことは、間違って本棚に入ってるとか? 思っていろいろ探すけど見つからない。一応図書館受付にいる事務の人たちにも聞いてみるけど成果なし。
あとはゴミ箱くらいしかないか?
ってもう漁ってるんだよなぁ。
「見つからない、ね」
綾瀬ルカちゃんもあちこち探してくれていて、ちょっと疲れてる様子だった。
「ここじゃない可能性はないのかな?」
斎藤が腕を組みながらマキに聞くが、マキは頭を振る。
「ここに来るまでは間違いなく持ってたから……」
「そうなんだ。となると、誰かに持っていかれたってことか?」
「その可能性は否定できない、か」
「いや、ありえないと思う」
マキは顔を青くさせながらもまた否定した。
「だって私が気付いた時、そこにいたみんなに確認してるもん。誰も持ってなかったから、違うと思う」
そのセンも消えた、か。
活動的で頭も良いマキだからちゃんとするわな。
となると、何が考えられる……? 考えろ、考えるんだ。
ぐっと考え込んで、俺は過去を思い出す。
陰キャ時代、俺は数々の嫌がらせを受けてきた。
その中には当然、いろんなものがある。モノを隠されたり捨てられたり。マキがそんな目にあうとは思いにくいけど、ここはマキにとってもアウェーだ。
しかもマキは学年挨拶代表。
つまり知名度だけはしっかりある感じで。
ってことは、マキを良く思わないアホが何かした可能性はある、か。
けど一番あり得そうなのは捨てられたってトコだけど、それもない。
ゴミ箱は綺麗だったし。
うーん。
うん?
ゴミ箱が、綺麗だった?
ちょっとそれおかしくないか?
いや、おかしくないかもしれないけど、ゴミがかなり少なかったんだよな。
もしかして……。
俺は身体が先に動く。さっと受付に駆け寄った。
「あ、あのっ」
「はい?」
「ここにあったゴミ箱の中身って、もう掃除とかしたりしました?」
俺の問いかけに、受付の人はきょとん、と首を傾げてから不審そうに眉根を寄せる。あ、怪しまれたか?
やば、と思いつつ。
じっと受付の人を見ると、受付の人は苦笑してくれた。
「うん。昼休みが始まる前に捨てにいったよ? 今なら集積所にあるんじゃないかなって速っ!?」
「ありがとうございますー!」
俺は大声で言い残して全力ダッシュ。えっと、集積所ってどこだっ!?
ゲームにそんな場所はもちろんなかった。
慌てて俺はスマホを取り出す。もちろん電話するのはただ一人、親友的ポジションのオオタくんだっ!
コールは数回でつながった。
『もしもし? どうしたの? 女子からの君への印象が知りたいとか?』
そういうとこは設定通りなんだなっ!
「いや、今聞きたいのは、学園のゴミ集積所ってどこにあるんだ?」
『なんだ、そんなことかい。ゴミ集積所は本校舎の裏庭、北側にあるよ』
「分かった、ありがとな!」
俺はすぐに通話を終えて全力で向かう。
廊下は走るな! って叱責食らったけど無視。今は時間が惜しい!
なんて思ってたけど、俺はあっという間に息があがってきた。
く、苦しっ……!
運動しない勢にはキツい距離だっ……!
ひーひー息切らせつつ、それでも俺は到着した。
ここが集積所か……って結構広いな。
ブロック塀でしきりが幾つもあって、分別する感じだな。で、真ん中にはデカい焼却炉だ。しかも煙とか出ないやつのだな、これ。
ここに入れられてたらかなりヤバい。
でもしっかり厳重に施錠されていて、まだ使われている様子はない。
今ならなんとかなるかも……!
「待って。私も探す!」
追いついてきたのは綾瀬ルカちゃんだった。
なんの躊躇いもなく集積所に入ってくる。っておいおい!?
「汚いぞ」
「大丈夫。洗えば、済むから」
いやそうなんだけど。
ってここで押し問答してる余裕はないな。昼休みは有限なんだ。あまり時間も残ってないしな。
俺はありがたく受け入れて、二人で探し始める。
とりあえず、燃えるゴミ……なんだけど。
なんだこのうず高い山は。
ペーパーレス時代はどこにいったんだ。
って思うくらいの山だ。ああ、もうっ! どうにでもなれっ! くそっ!
俺は覚悟を決めてゴミ袋に突入する。
とにかく袋を開けて中身を見る。図書館っぽいゴミなんて分かんないから、片っ端からだ。でもマキの持ってる原稿は大きいサイズだから、軽く漁るだけでも分かるはずだ。
「これ、違う、これも違うっ」
「明るめの茶色の封筒……違う」
俺の猛然とした勢いに釣られ、綾瀬ルカちゃんも必死に探してくれる。
えっと、次は?
って汚いっ! 生ごみ引いたっ! くっそ!
ああでも気にしてる暇なんてない!
俺はイライラしつつも次の袋に取り掛かる。もうあちこち汚れていってる気がするけど気にしてられない。
「時間、あまりない、かも」
「うん、急がないと」
俺は汗を拭ってから次の袋を開ける。
がさがさと腕を突っ込んで、固い手ごたえ。反射的に掴み上げると、そこには茶封筒があった。
ってこれっ!
俺は即座に宛名を確認する。
間違いない。出版社名、新人賞応募係! そしてこの丸っこくて丁寧な字は間違いない。マキのものだっ!
「あったぁぁぁぁっ!」
俺は両手で掲げながら叫んだ。
すぐに綾瀬ルカちゃんが俺を見てきた。もう俺たちはすっかりゴミ袋に囲まれてしまっている。
「すぐに行こう、時間が惜しい」
俺は立ち上がりながら走ろうとしてえええええっ!?
思いっきり滑ったぁあああああっ!
ダメだ、原稿は守れっ!
俺は必死に原稿を持ち上げ、膝で全体重を受け止める。
ぼぎっ。
って膝が悲鳴を上げた気がする。いや、上げた。
痛いってレベルじゃなくて痛い。死ぬ、これ死ぬぅうう。
俺は激痛の激痛に悶える。涙が出てくる。たまらん。
慌てて綾瀬ルカちゃんが駆け寄ってくるが、何も言えない。
「大丈夫っ!?」
「だいじょば、ないっ……」
けど、けどっ!
なんとかして、持っていかなきゃっ!
俺は必死で起き上がる。けど、膝が痛すぎる。これ、やっちゃったかも。
「貸して」
もうふらつくしかない俺に、そんな声はやってきた。
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