第6話 マキの気持ち

 ランチを楽しんだ後、綾瀬ルカちゃんは家に用事があるらしく、お互いに連絡先を交換してから別れた。

 ホントは家まで送りたかったけど、それすると何かのイベントが発生しそうだったんだよな。泣く泣く諦めた。


 ……で、今はマキとの帰り道である。


 俺とマキはご近所さんなんで必然的に帰り道は同じになるんだよな。

 っていうか、なんだろう。

 綾瀬ルカちゃんと別れてから、ずっとだんまりなんだけど。


 なんですか、何なんですか。


 怖すぎる。

 なんて思いつつ、電車を降りていく。


「ねぇ」


 駅の改札を通過したタイミングで、マキは声をかけてきた。

 振り返ると、いつものようにニヤニヤしてる。


「タクミ。あんた、綾瀬ちゃんのこと、好きでしょ」

「……はいっ!?」


 いきなりぶっこんできやがった!?

 これヤバい? ヤバくない? がっつりゲームオーバーフラグでは!


 俺は瞬間的に動揺を押し殺す。


 ここで認めたら終わりだ。

 ごくり、と喉を鳴らして、俺は首を横に振った。


「アホか。だいたい何でそんなこと思うんだよ」

「うーん……女のカン? 結構当たってると思うンだけど」 


 出た意味不明な鋭すぎるカン。

 俺は盛大にため息をついてやる。


「残念、今回はハズレだっつうの」

「……本当に?」

「単純に女子と仲良くなれそうだから舞い上がってただけだよ」

「あ、あー……なるほど?」


 それで理解して納得されると辛いんですけど?????


 けどここで訂正は出来ない。

 あれ、でも事実なのか? 俺、女子慣れしてないもんな!


「って待て。それだと私がどうなるのよ。まるで私が女子じゃないみたいじゃない!」

「反応するのそこかよっ!? 仲良くって部分じゃないのな」

「当たり前でしょ。あんたと仲良くしてる女子なんて私しかいないでしょ」


 真顔で言い放たれ、俺は撃沈したかのようにうなだれた。

 き、きいた。今のはきいた。

 心臓がめちゃくちゃ痛い。ちくしょー。確かにそうだけどさー。


「貴重だと思いなさいよ? あんたがエロゲマニアだって知っておきながら仲良くしてくれる女子なんて希少種なんだからね」

「そもそも俺がエロゲ好きだってこと知ってるヤツの方が少ないだろ」


 当然ながら、俺がエロゲ大好きなんて公言してないからな。


「えっ」

「えっ」


 なんですかその反応。え、嘘、バレてんの!?


「えっと、その……割とバレバレだよ?」

「今すぐ死にたい」

「だから遠い学校を選んだと思ってたんだけど」


 当たってるけどハズレだ!

 俺はスクールカースト最底辺から脱出するために遠くの学校を選んだってだけだ。そのために勉強しまくったんだし。


「とにかく。あんま舞い上がらないようにね。あんたと仲良くなってくれる女子って本当に希少種だから。ボロが出ないようにね」

「分かってるよ!」

「ならよし。じゃーね」


 気付けばもうマキの家の前だった。

 あっさりしやがって。

 でもとりあえず、難題はクリアしたか? ……はぁ。かえって寝よ。



 ◇ ◇ ◇



 ばたん、と玄関のドアを閉める。

 急いで靴を脱いで、私は自分の部屋へ駆け上がっていく。お母さんから叱られるけど気にしてられなかった。


 もう我慢できなかったからだ。


 慌てて部屋に戻り、鍵をかける。

 見慣れた部屋が視界に入ってきて、全身の力が一気に抜けていく。

 ドアに背中を預けながら、私はずるずると腰を落としていった。もうしばらく立てそうにない。


「あー、まだドキドキしてるんだけど」


 胸を押さえなくても分かる。心臓がばっくばくだ。

 勇気を出して聞いた一言。

 トイレから戻ってきた時に感じた、胸がつっかえるような強い不安。


 もし当たってたら、どうしよう。


 なんて思っていた。

 けど、あいつ――タクミは否定した。


「嘘なのかもしれないけどハズレって言ってもらっちゃった」


 嬉しかった。

 うん、って言われたらどうしようと思った。

 いや、それだったらそんなの訊くなって話なんだけど、聞かずにはいられなかったんだよ。だって、だって……。


 瞼を閉じれば、すぐに思い浮かぶ。


 卒業から入学までのほんの一カ月くらいの間会ってなかっただけなのに。

 なんだか、こう、男らしくなったというか、大人になったというか。なんだよ、なんだよ、もう……


「あーもう、ホントしんどい」


 何かにすがりたくて、私はぎゅっとカバンを抱きしめた。

 かすかにタクミの香りがする気がする。

 気がする。

 うん。たぶん。


「す、すす、す、き……」


 たった二つの日本語が、言えない。

 本人がいないのにも関わらず、だよ!

 そんなの、本人の前じゃ絶対無理。


「いや、っていうか、私にはそんな資格ないよね」


 私は昔、タクミを振ったことがある。

 今よりもまだ陰キャ雰囲気が薄かった頃だ。あの頃はまだ可愛い感じもあったし、なんといっても優しかった。


 だから、好きなんだと思う。


 私の趣味――小説を書くってことを聞いても素直に「いいじゃん!」って喜んでくれた男子だったし、私が本気で作家目指したいって言ったら応援してくれたし。

 そして。

 そんなことをずっと隠してくれた。


 私はクラスでも人気者だったし、スポーツでも活躍してたから、そういった趣味はないと思われてたんだよね。


 もし見つかったら、バカにされてしまうかもしれない。

 タクミはそう思って、私を守るために隠し続けて、こっそり応援し続けてくれた。


「どうして、私はあの時うんって言えなかったんだろうね」


 びっくりした。

 まさか、好きだって思わなかったから。


 それが全てだ。


 もし、今の私が、あの時の私だったら。

 きっと頷いてると思う。

 だって、だって――


 って想像して、私は頭を振りまくる。


 無理だ。まだ無理だ。

 今も告白されたら、きっちびっくりして、ワケ分かんなくなって逃げると思う。ごまかすと思う。だって私にはまだ勇気が足りない。


「ってダメだし。考えすぎても意味ないし。とりあえず……」


 私が今できることは一つ。

 タクミの願いを叶えることだ。

 タクミは今、陰キャを卒業しようとしてる。スクールカースト最底辺からの脱却を狙ってるんだと思う。だったら、私がそのサポートをするのは当然だ。


 ……罪滅ぼし、なのかもしれないけど。


 いや、深く考えない方がいいよね、今は。

 私は早速スマホを充電器に差してからラインを立ち上げた。早速話しかける。


《もしもーし》


 いつ既読になるかなって一瞬不安になったけど、すぐに既読はついた。


《はいはーい》


 返事はいつもの感じだった。

 ぶっちゃけあんなこと聞いた後だからギクシャクしたらどうしようって思ってたんだけど、大丈夫そう。良かった。


《ねぇ、明日の準備はできてられるの?》

《日本語怪しくなってんぞ》


 ……はっ!? ど、動揺しているのは私だった……!?

 落ち着け、落ち着くんだ私っ。


《大丈夫。深呼吸した》

《いや、何で?》

《お黙りなさい。とにかく、明日の準備はできてるの?》

《明日の準備って言われても、一日行事だろ? 確かクラス発表があって、学園内を案内されて、HRして……あとなんだっけ。体力測定とかもあるんだっけ》

《ジャージ忘れないようにね。ってそうじゃなくて》

《何だよ》


 ああもう、ガチで鈍いんだから!


《クラスライン! 絶対できるからちゃんと参加するんだよ!》

《え。あれ都市伝説じゃなかったんか……》

《ふざけてる場合じゃないから。ちゃんと当たり障りのない自己紹介をして、会話の流れにある程度はついていかなきゃいけないんだから》

《なんだその地獄》


 ……やっぱりだ。

 タクミは甘く見てる。


 《そんないつもがっつりついてく必要はないよ。クラスの空気とか、クラスメイトの性格とか特徴とか、そういうのをフワッと分かるようにするためだから》

 《……マジな疑問なんだけど、それしてどーなんの?》

 《喧嘩になりにくくなるし、無視されなくなる》


 私は即答した。


 《何もしなかったらコイツは何もしないんだなって思われて色んな部分で弾かれちゃうし無視されちゃう。クラス内の交流会とかさ。そうなると孤立しちゃうよ》


 孤立したらスクールカースト最底辺だ。

 タクミはそうなりたくないはずだ。


 《とりあえずクラス全体の意見というか、方向性の話にはしっかり参加するんだよ。ただ話してるって時ならテキトーにスタンプ送ったりして、とりあえず反応してますよーってしとけばいいし》

 《えっ、それみんなやってんの? リア充大変すぎでは》

 《みんな自然にやってることだから。色々と教えてあげるから勉強しなさい》

 《そうしなきゃスクールカースト底辺からは脱出できないのか……くっ。よろしくお願いします女神様ぁぁぁ!》

 《まずその悪ノリの矯正からな》


 私はカコカコと打ち終わってから一息つく。

 これは思ったより大変かもしれない……っ!





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