第5話 綾瀬ルカの好きなもの

 春のワルドナルドって言ったら、たまてりバーガーだ。最近は凝ったメニューとかもあるけど、俺はたまてりチーズが好みである。

 他にもさくらドリンクとか、梅味のポテトとか。なんか新しいソースのついたナゲットとかもあったなぁ。


 そう思ったら、多少重くても平気だ。


 俺たちは学校から出ると、すぐにワルドナルドに到着していた。

 ちょっとこんでるかなって思ったけど、大丈夫みたい。


「あ、あの」


 自動ドアの前で、綾瀬ルカちゃんが立ち尽くす。


「どうしたの?」

「私、その……ワルドナルドって初めてで」

「え、マジ?」

「というか、ファストフード店が初めて」


 そういえばそんな設定があったな!

 恥ずかしそうにする綾瀬ルカちゃんを前にしつつ、俺は思い出していた。


「もしかしてお金持ち? 教育ママ系だったりする?」


 マキが無遠慮に聞くが、綾瀬ルカちゃんは苦笑しながら頭を振った。


「ううん。フツーだよ。パパもママもたまにテイクアウトしてくるし、お昼でフツーに食べるし。ただ、いつも自宅で食べてたから。それに同級生と来るのが初めて」

「な、なるほどぉ」


 マキにとっては予想外だったらしく、微妙な相槌を打っていた。


「ま、入口で突っ立ってても仕方ないし、いこっか」

「え?」

「ほらほら」


 マキは空気を変えるように手を叩いて、綾瀬ルカちゃんの両肩を後ろから掴んで押していく。

 くっ、そんな気軽に触れるなんて、なんてうらやましいんだっ……!


 今すぐ変わって欲しい気持ちをなんとか抑え込みつつ、俺はその後ろについていく。


 店内に入ると、行列が出来ていた。

 う、うわぁー。

 レジが見えないよー。


「す、すごい人……」

「ちょうど混み始めたって感じだね」


 列を見ると、若いけどスーツ姿の人たちも結構いた。

 アレか。新社会人ってヤツか。

 どうやら近くで何か行事的なものがあったっぽいな。まぁいいけど。

 なんて考えてると、次々と後ろからも入ってくる。


「ど、どうしよう? 私、そんなすぐ選べないかも」


 綾瀬ルカちゃんが不安そうにする。


「アプリで注文したらいいんじゃね」

「そうだね」

「そんなんできるんだ」


 俺はスマホのアプリを立ち上げてメニュー表を出す。さくっと俺はセットメニューを選択してから綾瀬ルカちゃんに渡した。


「まだしばらくかかるだろうし、これで良さそうなの選んだらいいよ」


 よ、よしカッコよく自然に言えたー!!

 さす俺! さす俺っ!!

 内心でガッツポーズを決めていると、綾瀬ルカちゃんと挟んで向かい側にいるマキがにやにやしながら俺を見てきた。

 っておい、なんだその面白そうな表情は。あれか、あれなのか、俺の内心を呼んだか。このエスパーめ。

 思わず睨むが、マキは親指を立ててくるだけだった。

 色々と悔しい。


「あ、ありがとう」


 そんなやりとりを知らない綾瀬ルカちゃんは、ちょっと顔を赤くしながらスマホを触りだす。


「今なら期間限定メニューあるよ。おすすめはおやてりバーガー」

「おやてり?」

「そ、オヤコテリヤキバーガー。テリヤキチキンと目玉焼きのハンバーガーだよ。レタスにレモンマヨもついててめっちゃ美味しいんだー。究極と言ってもいいね」

「何言ってんだ。ここはたまてりだろ。チーズたまてりが至高だっつうの」


 胸を張って自慢するマキに、俺はすかさず割り込む。


「二種類のチーズにレタス、ピクルス! そして目玉焼きとテリヤキハンバーグの組み合わせこそ絶対不変の至高だ」


 ちなみにロングセラー商品ってこともあるからな!

 安心と安定のおいしさと品質である。


「何言っちゃってんのテリヤキにチーズは邪道だから」


 じゃ、邪道だぁ!?


「それはマキがチーズ食えないからだろ!」

「そうだけど、何か?」

「だったら究極でもなんでもないだろ!」

「はー? 何言ってるの。オヤテリの方が女子的にはいいんですー。たんぱく質たっぷりだしカロリー控えめだし」

「どっちにしろポテト食べてコーラ飲むんなら一緒だろ」

「うるさいわねちょっとした乙女心じゃないの分かりなさいよ! だからモテないんでしょこの彼女いない歴=年齢め!」

「こんな公衆の面前で俺の恥ずかしい部分を暴露するんじゃないよ!? 泣くぞ!」

「あ、あの……」


 俺とマキの言い合いに割って入りつつ、綾瀬ルカちゃんは俺にスマホを渡してくる。メニューを選んだらしい。

 えっと?

 確認すると、マキも覗き込んでくる。


「「げ、激辛テリヤキバーガー……!?」」


 ちょ、ちょっと待て。青トウガラシの入ったバンズと赤ロウガラシの入ったパテ、ハバネロソース、しかも世界で三番目に辛いトウガラシで有名なキャロライナリーパ入りのチーズ……!?

 ナニコレ意味わかんないんだけど。

 辛いってレベルじゃないんじゃね? え? マジ? 死なない?


「だ、大丈夫なのか、これ」

「画面になんか危険なドクロマークがいっぱいついてるんだけど」

「うん、これくらいのスコヴィル値なら食べられるかなって」

「す、すこ?」


 なんだそのカッコいい単位名は。


「辛さの単位みたいだね」

「なんでそんなの知ってるんだ……」

「あ、私辛いの大好きなんだ」


 しれっと綾瀬ルカちゃんは言ってきて、俺は思い出す。

 そういえば裏設定でそういうのあったな……。

 限定版公式ファンブックにだけしれっと記載されてたヤツだ。


 でもここまで辛いの好きだったのか。


 もはや辛いどころか超激辛じゃないか。

 やべぇ、これ怖い。


「しかもポテトもハバネロ塩味に、クラフトコーラもワサビ味なのか」


 サイドメニューもがっつり辛いじゃないか。

 舌を休める暇がねぇ。


「ま、まぁ好きなもの頼むのが一番だからね」

「あれ、変かな……?」

「全然そんなことないよ!」


 慌てて俺がとりなす。

 いや、うん。

 なんかいろんな仕草がいろいろ可愛い。


 なんやかんや待ってると、会計の順番が回ってきた。


 店員さんにすっごい勢いで確認されて何か念書まで書かされた。

 それだけ辛いんだろうな、これ。

 俺とマキは顔を引きつらせていると、トレイも分けて出された。

 なんだこの隔離。


 とりあえず食べよう。


 俺たちはなんとか席を見つけて座る。

 早速袋を開けていく。ふわっと美味しい香りが漂ってくる。


「ど、毒々しい……」

「美味しそう」

「「美味しそう」」


 俺とマキは二人で声をそろえる。

 綾瀬ルカちゃんは一切気にする様子もなく、美味しそうにはむっと一口した。

 小さい口の端にソースがついてるんだけど、すごい色味がある。


「うん、美味しい」


 よし! 気にしないでおこう!

 可愛いからよし!!


 俺もたまてりにかぶりつく。

 ああ、これ、これこれ! これなんだよなぁ!

 でこれを食べながらポテトを三本一気食い。


「やっぱチキン! ぷりぷりなんだよねぇ!」


 ここのチキンは確かモモ肉使ってるんだよな。だから超ジューシーってのは分かる。


「あ、これちょっと辛くて美味しい」

「……ちょっと?」

「こっちのポテトとかは美味しいだけだよ?」


 ほくっとリスみたいに齧りつつ、綾瀬ルカちゃんはポテトを渡してくる。

 俺とマキは一本ずつ受け取って、じっと見る。


 赤い。ひったすらに赤い。


 これ、ヤバくね?

 マジで大丈夫なの?

 いやけどここで食べなきゃ男じゃない!

 俺は覚悟を決めてポテトをかじる。


 お、確かに美味しい……美味しい……?


 お、おおっ。


 おおおおおおお……、こ、これ、これっ、これっ!

 辛い!!!!!

 超絶辛い!!!!!!!!!


「げ、げほっ! げほっげほっげほっ!」

 

 の、喉っ! 喉が痛いっ!

 超痛いっ!

 あ、喉だけじゃない! 胃が、食道が痛いっ!?


 慌てて俺はコーラを飲んで――


「ほぎゃああああああああああああっ!?」


 辛さが口の中から爆裂したぁああ――――っ!?

 あかんあかんこれあかん!!


「ちょっ、ちょっとこれやばっ」


 マキも慌ててトイレへ駈け込んでいく。

 いや待って助けてっ!?


「あ、これ良かったら」


 綾瀬ルカちゃんはさらっとカバンから牛乳を出してくれる。

 なんでそんなモノ常備してるんですかっ!?


「あ、辛いの食べた時は牛乳がいいんですよ」


 豆知識ですか。


「あ、ありがとう……」


 ありがたくいただいて、俺は牛乳を飲む。

 まだすっげぇ辛いけど、確かに楽かも……。


「ごめんね。苦手な辛いの食べさせちゃって……」


 いや、この辛さは苦手じゃなくても辛いです。ヤバいです。

 俺はまだ口がきけない。

 でも、これ以上は綾瀬ルカちゃんが悲しむ……っ!


「ら、らいひょーぶ」

「……ぷふっ!」


 涙目で無理やり笑顔を浮かべると、綾瀬ルカちゃんは思いっきり吹き出した。

 あ、やばい可愛い。


「ご、ごめんね。なんだか可愛くて」

「そう?」

「うん。なんか、楽しいね」

「楽しいのは分かる」


 俺も思わず吹き出してしまった。

 いや、いいよな。こういうの。これ以上辛いのはマジ勘弁だけど。


「ちょっと、私抜きで楽しそうにしないでよー」


 マキが唇を尖らせながら言ってくる。

 ちょっぴり涙目なあたり、かなり辛かったんだろうな。

 マキは席に座りながら、ポテトを綾瀬ルカちゃんに渡す。


「さっきもらったから私もどうぞ」

「ありがとう。はむっ……あ、美味しい」

「でしょー! こっちもオススメだよ」

「あむっ……うん、チキンがジューシーだね。私のハンバーガーも食べる?」

「私は大丈夫だよー。ポテトで味がちゃんと分かったし」


 マキは笑顔で躱した。上手い。

 さらにマキから視線がやってくる。これはあれだ、この激辛タイムを素早く終わらせるんだという合図だ。

 完全同意。


「さて、店内混んでるからさっさと食べようか」


 俺はそう提案すると、二人は頷いてくれた。

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