第4話 マキの良いにおい

「それじゃ、職員会議があるから見守りよろしくね」

「はーい」


 保健室の先生に返事をしたのは、俺ではなくマキだった。

 ――俺が戻ったのは、綾瀬ルカちゃんが貧血でふらついた場面からだった。結構巻き戻してくれたもんである。

 仕方ないかもだけどさ。


 ……で、俺がどうしたかって言うと。


 素直にマキを頼りました。はい。

 女子との親密度を劇的にあげるパッションタイムは、二人きりにならないと発動しない。だったら別の女子がいればいいだけである。

 で、俺がそんなお願いできる女子といえば、マキしかいない。


「タクミ」


 すやすや眠る綾瀬ルカちゃんを横目に、丸イスに腰かけたマキは俺を真っすぐ見てきた。


「うん?」

「この子の体調不良、良く気付いたね、偉いぞー」


 っていきなり頭なでなでされたっ!?

 びっくりしたー!

 思わず腕を払いそうになった。必死で止めたけど。


「おい、マキ……」

「お姉さんとして鼻が高いっ」

「だからって頭いきなり撫でるなよ」

「あはは、ごめんごめん。でも貧血って油断できないからさ。倒れる前に気付けて本当に良かった。それにちゃんと周りのこと、見れるようになったね」


 なんだか本気で褒められてる気がする。

 ちょっとムズ痒いなー。

 思わず苦笑してしまうと、マキも我慢できなくなったように笑った。


「っと、思い出した。今日ソシャゲの周回日じゃん」

「ん? ああ、そういえばそうだっけ」

「ねぇ、マルチ協力してよ」


 スマホを取り出しつつ、マキは俺を見てきた。

 良くあるオープンワールドRPGだ。PvP機能がなく、基本的にはソロで楽しめるゲームなんだけど、大型クエストの時はマルチプレイができる。


 マキにすすめられて、俺がハマって今じゃ俺のほうが強いってヤツだ。


 画面を見ると、どうやら高難易度クエストにチャレンジしたいらしい。

 もちろん俺はソロでもクリアできるけど……。


「おいおい、いいのかよ」

「だって先生帰ってくるまで時間あるじゃん。それに、ゆっくり寝させてあげたいし?」


 マキはちらりと綾瀬ルカちゃんのほうを見て言った。

 まぁ確かに、しばらく起きなさそうではある。職員会議って言ってたから、すぐに終わるわけでもなさそうだし……。


「まぁ、それならいいけど、このクエストは音がないとムズいぞ」

「え? そうなの? イヤホンある?」

「あるけど一個しかないんだよ」


 しかも有線だ。

 無線のヤツはバッテリー食うから使わない派なんだ。

 俺は取り出して見せると、マキはふふん、と笑った。


「じゃあわけっこすればいいじゃん。ホストは私がやるから、私の音を聞けば大丈夫でしょ?」

「……おん?」


 一瞬意味が分からなくて首を傾げると、マキはイヤホンを手に取った。左耳を俺に渡してきて、右耳を自分でつける。


「ほら、こっちきなよ」


 えええええ。

 やっぱりそうですか、そう来ますか。

 俺は一気にドキドキしながらも、イスをマキに近づける。

 このイヤホンをシェアしようとすると、どうしても身体がくっつく!


 いや、まぁ制服があるんだけど、でもだなっ!


 密着には変わりないんだよ……っ!

 なんだか凄く良い匂いがする。シャンプーいいの使ってるんだろうな。


「はじめるよー」

「あんまり声出すなよ」

「分かってますー」


 口を尖らせつつマキは返事をした。

 いや、ヤバそう。

 心配しつつ、俺もゲームを立ち上げる。うう、いつもより緊張して手がうまく動いてくれないっ。


「どうしたの? まさかくっついてるから緊張してる? オトコノコだね」

「う、うるせぇっ。はじめるぞ」

「はいはい。足引っ張らないでよ」


 それはこっちのセリフだ。



 ◇ ◇ ◇



「ふう、やっとクリアした」


 汗を拭う仕草をして、マキが大きく息を吐く。

 俺も同じく肩の強張りをほぐす。


 ああ、大変だった。


 思ったよりもキツかった!

 いや、もちろん俺の動きがぎこちないってのもあるんだけど。


「ありがとね。はい、イヤホン」

「おう」


 イヤホンを受け取り、俺はすぐに懐へ直す。

 なんかいい匂いがうつってる気がするけど、気のせいにしよう。今ここでクンクン匂いかいだら人生終わる気がする。

 でも、結構時間経った気がする。四〇分くらいか?


「うぅん……」


 時計を確認したタイミングで、綾瀬ルカちゃんが寝返りを打ちつつ、ゆっくりと目を覚ました。

 うわー、うわ、わぁっ。その寝ぼけた顔ヤバ可愛い!

 思いっきり心臓を射抜かれていると、綾瀬ルカちゃんはぼーっとしたまま上半身だけ起こし、周囲を見る。


「……あ、そっか、私、貧血になって、保健室……連れて来てもらったんだ」

「うん、そうだよ」


 答えたのはマキだ。


「少し楽になれた?」

「うん、眠ったから……ありがとう」

「どういたしまして。喉かわいてない? お水あるよ」


 手馴れた様子で、マキはペットボトルの水を差し出す。

 綾瀬ルカちゃんはおずおずと受け取って、きゅっと飲んだ。


 ヤバい。見たらダメだ。


 自分の中の一線を越えそうになって、俺は慌てて立ち上がる。

 ちょっと先生の様子見てくるって言い訳しようとしたら、扉がガラガラっと開かれた。


「おいーっす。戻ってきたよー。って、目を覚ましたのかい?」


 保健室の先生は軽い感じで台車と共に入ってくると、ベッドから上半身を起こす綾瀬ルカちゃんを見た。


「立てる? まだフラつきとかない?」

「大丈夫、です」


 実際に立ってみせて、綾瀬ルカちゃんは無事を報告する。

 先生は顔色とかをしっかり確認して何度も頷いた。


「うん。本当に大丈夫そうだね。オッケー。それじゃあ家に帰っていいよ。あ、これ、教科書とか体操服とかね。君たちのカバンも貰ってきておいたよ。さすがに三人分は重いから台車で持ってきたけど」


 先生が指を向けた先には、確かにどっさりと荷物がのっていた。


「すみません、ありがとうございます」


 こういう時、誰よりも早く動けるのがマキだ。

 俺も綾瀬ルカちゃんも、少し遅れてお礼を言った。


「他の新入生はもう帰っちゃってるから、君たちも下校していいよ」

「はい、分かりました」

「あ、でも一人は心配だな……先生、送ろうか?」


 先生は綾瀬ルカちゃんを見ながら言う。

 顔色も戻ってきてるし足元もしっかりしてるけど、やはり心配らしい。


「あ、いえ。大丈夫、です」

「それだったら私たちが送りますよ」

「いいの?」

「はい。乗り掛かった舟ですし。荷物ならぉこに男の子いますし。タクミも文句ないよね?」


 いやそれ拒否権ないヤツですやん。

 マキの視線がかなり痛い。俺も無言で頷きつつ、台車に乗った荷物の仕分けをする。

 ……教科書めっちゃ重いんだけど?


「それじゃ、新入生同士だし、仲良く交流しておいで。お昼も近いし、ご飯でも食べて帰ったらどうかな。そうしたら体調ももっと落ち着くと思うよ」


 ひそかに顔をひきつらせていると、先生はそんな提案をしてきた。


「あ、それいいですね」

「ハメだけは外さないように」

「了解しましたっ!」


 おどけながらマキは敬礼姿勢を取った。

 その間に俺は仕分けを終えて、自分のと綾瀬ルカちゃんの鞄を背負う。

 う、結構ずしってくるな。


「大丈夫……?」


 俺の様子に気付いて、綾瀬ルカちゃんが心配そうに声をかけてくれる。

 なんですか、天使様ですか?

 思わず顔がにやけそうになるが、俺は我慢する。というかさせられた。なんだかすごい視線を感じたからだ。


 ちらっと見ると、マキがすごい顔芸を披露しながら睨んできていた。


 しかも衝立のように手で顔を隠しつつ。

 ああはい。そういうことですね。大丈夫って言えってやつですね。


「うん、大丈夫だよ。それよりお腹空いてない?」

「えっ、ああ」


 俺が聞いたタイミングで、くきゅう、とお腹が鳴った。

 お腹の音まで可愛いとか卑怯じゃないですか?

 顔を赤くさせてお腹を押さえる綾瀬ルカちゃん。


「じゃ、とりあえず駅前のワルドナルドにいこっか」

「ああ、いいねそれ」


 俺も腹減ってきたしな。

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