第3話 パッションタイム

「キミとボクの列はこっち」

「あ、ありがとう」

「どういたしまして」


 綾瀬ルカちゃんんは仄かに微笑んでくれた。

 最高ですか。

 いや、マジで最高ですか。


 俺はまさに天国にいる気分だった。


 何せ、俺はこのイベントを知っているからだ。

 ランダムイベントの中でもレアなもので、自動的に綾瀬ルナちゃんからの好感度が上がる。

 彼女を攻略する上で来て欲しいイベントである。

 まさかそれを体験できるなんてっ……!


 思いっきり浸っていると、新入生が呼ばれる。


 おっと、入場しないとな。

 指示に従って二列になって整列すると、綾瀬ルカちゃんが隣になった。


「隣になれたね」

「う、うん、そうだね」


 めっちゃドキドキするんですけど!!


「君、見ない顔だけどどこの中学校だったの?」

「えっ? 北区の第二中学校だよ」

「……遠いんだね?」


 俺もそう思う。

 高校デビューするためにわざわざ遠い学校選んだワケだしな。

 なんてったって、あいつらがいる学校には絶対行きたくない。


「うん。ここに通いたくってさ」

「そうなんだ」


 受け答えは短い。

 でも会話できるだけで幸せすぎる。


 そんな幸せに浸っていると、入学式はあっという間に終わった。


 新入生代表として挨拶したマキはさすがの一言だ。

 あれだけの人数を前にして、壇上にあがって堂々とやってのけたのだ。しかも原稿なんて一回も見ずに。

 当然、凛として映えるわけで。

 周囲の男子どもが色めきたったのは聞き逃さなかった。


 これはライバル多そうだな。


 思いっきり前途多難である。

 このエロゲーの難易度は決して優しくない。確かに二人きりになって肌を触れあえば一気に好感度が上昇するパッションタイムはある。条件が重なれば一気に最高潮へ持っていけて、その場でムフフなことにもなる。

 でもそれに行き着くまでが大変だし――色んなイベントをこなさないといけない――、そのシチュエーションになってもヒロインからの好感度が低ければ拒否されてしまう。

 更に、それぞれヒロインにはライバルも設定されていて、競うことにもなる。


 それだけに達成したときの喜びはひとしおなんだけどさ。


 ただ、マキにはパッションタイムがないんだよな。

 いやこれやっぱかなり無理ゲーじゃね?

 一応、ライバルっぽいヤツはチェックしておきたいんだけど、まだ入学式が終わったばかりじゃ分かるはずもない。ただ、こんな目立ち方したらライバルは一人じゃあない。


「う……」


 なんて考えてると、隣で立っていた綾瀬ルカちゃんがふらついた。

 慌てて俺は肩を支える。


「っておい、大丈夫?」

「あ、う、うん……」


 綾瀬ルカちゃんがなんとか一人で立とうとするけど、無理っぽい。

 細い綺麗な足がふらふらだ。


「貧血じゃない? 保健室いこう」


 俺は迷いなく最善の選択肢を選ぶ。

 綾瀬ルカちゃんは戸惑う感じだったけど、背に腹は代えられないのか、小さく頷いてくれた。

 あまり目立たないように移動し、俺は保健室へ連れていく。


 うん? 迷うなんてあり得ないぞ。


 この学園のマップは完全に記憶してるからな!

 さぁいざゆかん保健室!



 ◇ ◇ ◇



「ま、軽い貧血だね。しばらく寝てたら楽になるよ」


 案の定、貧血と診断された。

 ベッドに寝かされた綾瀬ルカちゃんは、すーすーと寝息を立てている。寝顔もめっちゃ可愛い。


「じゃあ、私は職員会議があるから。私が戻ってくるまで悪いけど見ててあげて欲しいんだけど」

「え、あっ、はい」

「助かるよー。担任にはちゃんと伝えておくから安心して。って言っても、入学式の後なんて教科書とか生徒手帳とか配ったら終わりなんだけどね。本格的なレクは明日からだから。それじゃ」


 さらっと言い残して、保健室の先生はさっさと言ってしまう。

 うーん。男女を二人きりにするって、中々ないと思うんだけど、そういうのをしれっとさせるのがエロゲクオリティだよな。


 ま、俺としては嬉しい限りだけど。


 丸イスに腰かけつつ、俺は寝息を立てる綾瀬ルカちゃんを見た。

 ううん。可愛すぎる。

 二次元の時もどちゃくそ可愛かったけど、こうしてリアルなのもヤバいくらい可愛くて、こう、なんていうか。


「ん……うっ、ん?」


 綾瀬ルカちゃんがもぞもぞと寝返りを打って、ぱちっと目を開けた。

 うわ綺麗。

 ばっちり目が合うと、綾瀬ルカちゃんは耳まで真っ赤にしながら飛び起きた。慌てて口をシーツで隠す。


 可愛いかよ。


 小動物みたいにもじもじしながら、きゅっと上目遣いで俺を見てくる。

 ヤバい浄化されそう。


「……見てた、よね?」

「ふぇっ! あ、ああ、うん」

「よだれ……出てなかった?」


 気にするのはそっちかーい。

 俺はたまらず苦笑してから首を横にふる。


「出てなかったよ、うん」

「そっか。よかった」

「っていうかいきなり起き上がって大丈夫なのか? 貧血だって言われたけど」

「うん、もう大丈──ぶっ?」


 ゆっくりベッドに腰かけようとして、案の定綾瀬ルカちゃんはふらつくって俺の方に倒れてきたっ!?

 危ないっ!

 慌てて俺は両手を伸ばし、綾瀬ルカちゃんを抱き止める。


 ぴきーんっ。


 と、澄んだ金属音。

 こ、ここここ、これはっ!?

 ファンファーレが鳴り響き、一気にピンク色のフレームが視界に現れた。間違いない。

 パッションタイムだぁあああああああっ!?


「あっ」


 綾瀬ルカちゃんは顔を赤めながら、俺をまた上目遣いで見上げてくる。

 目がうるうるしていて、緊張しているかのように息が荒い。


 こ、これはっ!


 親密度がぐんぐんと上がっていく。気がする。

 ゲージがあれば急上昇しているんじゃないだろうか。


「ね、ねぇ……」


 さらり、と、シーツが落ちる。

 そのまま綾瀬ルカちゃんは俺に抱き着いてきて、顔を近づけてくる。


「ねぇ」

「う、うんっ!?」

「身体が熱い……キス、しよ?」


 とろんとした顔で言われて。


 俺の理性はあっさりと消滅した。


 ありがとう。さようなら、俺の童貞。

 そう誓った瞬間だった。


 ばつんっ!


 と、視界が真っ黒に染まる。

 …………え? あれ、これって?

 思う間に、視界はまた真っ白に染まり上がった。


 例の部屋である。


 ぽかん、としながら俺はふと自分の手を見る。

 当然、あの綾瀬ルカちゃんはいない、いない、いない。


『ゲームオーバーです』


 憮然とした調子で、天の声は言い放った。


「っておい!?」


 ようやく事態に理解して、俺は思いっきり抗議する。


『何?』

「何、じゃねぇだろっ! お前、自分で何したか分かってんのかっ!? あと、後少しで、俺はっ!」

『童貞を捨てられたのにって?』

「そうだっ! しかも激レアなんだぞ、保健室イベントはっ! それなのに、それなのにっ……うぎぎぎっ!」

『血の涙を流してまで怒らないでよ』


 ため息を漏らしながら天の声はほざいてくる。

 許せるかっ! これが許せるかっ!?

 出てこい今すぐ殴ってやるっ!


『っていうか、なんでマキと恋人になれって言ってんのに別の女子と即座にイイ感じになってるのさ』


 俺の敵意は十分伝わってるはずだが、天の声は呆れているのか、だるそうにつっこんでくる。


「仕方ないだろ。綾瀬ルカちゃんは攻略――否、恋人になれるヒロインなんだぞっ!」

『それはこっちも知ってるけど、だからって攻略一直線はダメでしょ。我慢しなって』

「が、我慢、だと……!?」


 愕然として、俺は口をぽっかりと開ける。


『いや、そんな絶望しないでよ』

「絶望するに決まってるだろ!? お、おお、おまおままっ! あの、あのっ! 綾瀬ルカちゃんだぞ! 彼女から誘われて断れる男子なんてどこにいるんだよっ!」

『キミがその第一号?』

「ふざけんじゃねええええええええっ!?」


 俺は喉を潰す勢いで叫ぶ。


『もはや血反吐の叫びだね』

「当たり前だろぉおおおおっ!?」

『とーにーかーく。仲良く友達になる程度ならともかく、そのまま恋人一直線っていうのはアウトだから。君が恋人にならなきゃいけないのはマキ一人。オーケー?』


 念押しのように言われ、俺は押し黙る。

 こ、このヒロインまみれのエロゲ世界で、マキだけを狙えってことかよ。


 なんたる苦痛。


 でも、こんな生殺しあり得るか!?

 ぐぐぐぐぐ。

 確かに、ここは《幼馴染と恋人同士にならないと脱出できない世界》なんだから、理屈は分かるけど……!


 けど、恐ろしい事態も判明した。


 綾瀬ルカちゃんは俺の最推しヒロインだから知ってるけど、攻略難易度はゲームの中でも上位に入る。

 この保健室イベントはレアイベントなのに攻略において重要だったりするんだけど、発生させるのが難しい。特に新密度が一定数値以上(しかも時期によって要求値が高くなっていく)ないといけない。


 それが、こんな出会い頭で発生した。


 つまり初期新密度がかなり高いって証拠だ。

 通常であればあり得ないんだけど、攻略対象のヒロインの全分岐を見るとフラグが立って、初期親密度が高くなって裏分岐が発生するようになる。

 もしこの世界が、俺のデータを元にしていたんだとしたら……


 間違いなく全キャラの親密度が高い。


 あれ? これ、超ヤバくないですか?

 顔を引きつらせていると、天の声がため息をついた。


『何か考え込んでるみたいだけど……とりあえずコンティニューね』


 あ、はい。

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