第2話 綾瀬ルカ
『まさかいきなり告白して撃沈するとは思わなかった。君、思った以上に早漏?』
「早速ゴリゴリ心を削り取ってくるのやめてもらっていいですか?」
再び戻ってきた真っ白い部屋で、俺はうずくまりながら抗議する。
だが、返ってきたのは天の声の盛大なため息だった。
『いや、フツーに考えて分かるでしょ。いきなりまだ何も始まってないのに告白なんかして成功するわけないじゃん』
「そういうとこは甘くないんですネ」
『何を期待してるのさ、君は。せめて懸垂しながら告白してから言って?』
「うるせぇっ! メタなネタつっこんでくんじゃねぇ! つか、俺だって考えなしで告ったワケじゃねぇよ! マキの好感度がかなり高いって判断したからいけるって思っただけだ! パッションタイムだって発動しなかったんだし!」
顔をあげて抗議すると、天の声がまたため息をつく。
『パッションタイム……ああ、そう。もう用意された世界の正体見破ったんだ?』
「あの制服みたら一発だって」
『自慢げに言う事じゃないし、割とキモいこと言ってるって自覚した方がいいよ?』
「お願いだから俺に対するビーンボールやめてもらっていいですか?」
『それは君の態度次第かな。ともあれ、システムは理解したかな?』
天の声は半ば以上呆れていた。
く、くそう。なんか心底バカにされてる。
「あのエロゲの世界で、家村マキと恋人関係になれってことだろ? で、失敗したらゲームオーバーになってやり直しってワケだ」
『そういうこと。一個補足するけど、彼女にはパッションタイムなんてイベントないからね』
「いやそれ鬼畜すぎるだろ」
俺はがっくりと肩を落とす。
うう、さっき思いっきり断られたせいでトラウマがじくじくと蘇ってきた。
痛すぎる心臓をなだめるように俺は自分の胸を撫でる。
「俺がなんで二次元に逃げたか、知ってんの?」
『もちろん。君は過去、家村マキに告白したことがあるね。そしてバッチリ断られた。それがトラウマになって、君は三次元の女子が怖くなった』
「分かってんならなんで! ついさっき思いっきりトラウマえぐられたぞ!」
『いや、ボクからするとそんなトラウマ持ってるのによくいきなり告白できたよねって感じなんだけど』
くそ、正論だっ!
エロゲの世界だからいけるかもって思ったんだよ! ちくしょう!
『だからこそ、君は慎重になって彼女との距離を詰めていくと思ってたのに。残念だ』
「うるせぇ。つか、こんなん無理ゲーだろ」
『そう?』
「そうだろ。マキだって俺が一回告って断ったの覚えてるだろ? 向こうからしても俺みたいなクソダサ陰キャなんてガチキモいって思ってんだよ。そうだ。そうに決まってる。あーやっぱ告るの怖い。三次元女子怖い。俺は画面の向こうにいる彼女だけで十分だ」
俺は体育座りしながら恨み言のように愚痴る。
完全にトラウマのかさぶたが剥がれた。今すぐ二次元の俺にとっても優しいカワイイ女子たちというパッチをあててもらいたい。
『あのねえ。よく考えてよ。本当に嫌いだったら君なんかと友達になってないし、さっきだって世話焼きなんてしないでしょ』
「それは腐れ縁だからだろ!」
『やさぐれないの。だいたい腐れ縁なんて一言で乙女心を言い表せると思ってるの? 真っ白な十万ピースジグソーパズルより複雑で難解だからね?』
「……脈ありってことかよ?」
『それは君次第かな。じゃあやり直し、いってみよう』
天の声は一方的に言うと、ぱちんと指を鳴らしたような音を響かせる。
◇ ◇ ◇
「ん? もしかしてネクタイ結べないの?」
景色が切り替わった瞬間、マキは不審そうに首を傾げてくる。
って、ここからリスタートかよ!
俺が小さく混乱していると、マキはため息をついた。
「だからネクタイの結び方練習しなよってあれほど言ったじゃんか。もう」
「……お姉さんかな?」
そう言葉を変えると、マキは吹き出すように笑った。
「あはは、そうだね。私の方が早いもんね、誕生日。うん。お姉さんでいいよ。出来の悪い弟くん。ほら、結んであげるからネクタイ貸して」
上機嫌でマキはネクタイを持つと、しゅるしゅると手慣れた様子でネクタイを結び始める。
やっぱり上手い。
「器用だよな」
「こういうこともあろうかと練習したんだよね」
「マジか」
「お父さん実験台にしてね。毎日喜んで協力してくれたから楽だったよ。事情説明したらすっごい複雑な表情されたけど」
そりゃそうでしょうね。
俺は近いうちマキのお父さんに抹消されてしまうかもしれない。
全然預かり知らないとこでヘイト集めるとかやめてほしいんだけど。
っていうか。
このマキは本物なのか?
俺の命の危機だとして、本物のマキがこんな世界へ巻き込まれて放り込まれて納得するか?
…………ないな。
じゃあ、気にしなくていいか。
たぶんも何も、このマキはこの世界のマキなんだろうから。
「はい。できた」
「ありがとう」
「どういたしまして。どんどん褒めていいぞ! えっへん!」
仁王立ちで言うマキに、俺は苦笑しかない。
「おやおや、どうしたのかな? もしかして見惚れちゃった? 可愛いもんねー、この制服」
テンションがあがっているのか、マキはその場でくるりと一回転した。
遠心力に負けてスカートがふわりと持ち上がる。っておいおい際どいな!?
「視線分かりやす過ぎだぞ、変態」
素早くスカートをおさえつつ、マキは笑顔で罵倒してきた。
大変厳しい女子である。
「ってもう時間ヤバいじゃん。いくよ。電車に乗り遅れる!」
「ってて、いきなり引っ張るなよ!」
「運動不足のタクミにはちょうどいいでしょー? 早く来なさいっ」
もはや問答無用である。
俺はマキに引っ張られるがまま家を飛び出して、近くの駅から学園前の駅まで電車に乗る。
マジでエロゲでみた光景をリアルにした感じだった。
感動していると──マキに思いっきり怪しまれた──あっという間に学園に到着である。
「おお、マジで聖蘭高校だ……っ!」
あのバッキンガム宮殿を思わせるような派手な校舎に、美しい校庭。そして大学よりも遥かに広い敷地。
絶対ここ日本じゃないよなって全力で言いたくなるような光景が、そこにあった。
言うまでもなく全国の男子にとって夢の場所である。
俺は今、その高校に足を踏み入れるっ!
思いっきり心臓をバクバク言わせつつ、俺は正門をくぐった。
「ちょっと、こっちだよ?」
「おっと」
俺はマキについていくことにした。
勝手が全然分かってないからな。
「後は先生が誘導してくれるから。じゃ、私はここで」
なんて思ってたら、あっさりとマキは手を挙げていった。
「って、どこいくんだよ?」
「私は新入生代表なの。試験の成績一番だったからね」
このハイスペックめ。
ジト目で見送りつつ、俺は先生を探す。けど、どこにも見当たらない。
なんて思ってると、みんながぞろぞろと移動を始める。って、ええ、どこについていけば……!?
「ねぇ」
きょろきょろしていると、袖を引っ張られた。
誰?
――じーざす。
振り返って、俺は一撃で心を奪われた。
紺色のポニーテール。神秘的な紫の瞳。色白でクールな超絶可愛い美人。
あ、綾瀬ルカ……ちゃんっ!!!!!
エロゲの中でも最推しの最推しヒロインである。
間違いなく一番お世話になった彼女だ。見た目通りクールなんだけど、口数が少ないだけでめちゃくちゃ優しくてめちゃくちゃ照れ屋で頑張り屋で可愛いマシマシな娘なのだ。
ま、ままままままままま、まさか実際目にすることができるなんてっ! 神すぎるっ!
「こっち、だよ?」
その綾瀬ルカちゃんが、ちょっと恥ずかしそうに顔を赤くしながら、小さい声で言ってくれる。
なんだろう。すごく幸せな匂いがする。
俺は何も言えずに、ただ頷いて彼女についていくことにした。
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