ようこそ! 幼馴染と恋人同士にならなきゃ脱出できないエロゲの世界へ
しろいるか
第1話 いきなり告白
――《幼馴染と恋人同士にならないと出られない世界へようこそ!》
ただ真っ白な部屋に、その墨痕鮮やかな文字は刻まれていた。
「いや、どういうことだってばよ」
反射的にツッコミを入れて、俺は周囲を見渡す。
うん、どう見ても白い正方形の部屋だ。ここにベッドが一つあって、女の子がいれば例のあの部屋に間違いないんだろうけど――。
悲しいことにそのどっちもいない。
『つまりそういうことだってばよ。狭間タクミくん』
「いや誰っ!?」
いきなり部屋中に響いた声に、俺は思わずツッコミを入れた。
っていうかなんで俺の名前知ってんだ。
いや、こういう展開はめっちゃ見てきたけどさ。小説でも漫画でも。まさか現実として味わう日がくるとは……。
『この横断幕に書かれてる通りだよ。君にはこれから送り込む世界で、幼馴染みと恋人になってもらいます』
有無を言わせない調子だ。これはアレか、拒否権ない系か!
けど、俺に三次元の恋人を作れなんて無茶ぶりがすぎる!
『もちろんこの条件が君にとって過酷極まりないことは知ってるよ』
俺の心を見透かしたように、天の声は語る。
『狭間タクミ。この春から高校生。人生=彼女いない歴、もちろん童貞。ただでさえ陰キャ気味だったのに、あることをきっかけに三次元の女子が怖くなって二次元に逃亡。そこでエロゲに出会い、ドハマり。割と危ない陰キャに進化。口調や態度も如実に悪化してスクールカースト最底辺へ自らダイブした男』
「おい人の個人情報で心にダイレクトアタックしてくんじゃねぇよ」
思わず吐血しそうになったんですけど?
後、俺の年齢で童貞卒業してるヤツの方が圧倒的に少ないからな!
『けど、そんな君だからこそ、恋人を作らないといけないんだ。残念なことに君は今、命の危機に瀕しててね。なんか事故的というかなんかそういうので。だから君が助かるにはなんかこう特別なパワーエナジー的なんかが必要なんだよ』
「ちょっとあやふやすぎない? しかも今なんかって四回言っただろ」
『そんな細かいこと気にしてたら一生童貞だよ? 言っとくけど三十歳になっても童貞なら魔法使いになれる世界線じゃないからね、ここ。とにかく君は今ヤバいんだよ』
天の声は子供に言い聞かせるような調子で言ってくる。
なんだろう、すごく腹が立ってくるんですけど。つかさっきからディスりすぎじゃない?
「っていうか事故ってなんだよ。俺は昨日、ちゃんとベッドの上で寝たんだけど」
ちなみに部屋は二階だから事故る原因がない。ベッドも窓際じゃないし。
何があったんだよ。俺。襲撃でも受けた?
『うん、そうだね。中学校では絶望のスクールカースト底辺で苦しんで、それから脱却するために地元から離れた高校に進学して、陽キャとして高校デビューするために理解できもしないファッション雑誌とか読むなんて痛々しい努力をして、あっさり寝落ちしたね』
「ねぇちょっと本当に心の傷をぐりぐりえぐってくるのやめてもらっていいですか? 俺の心の傷がグロテスクなんだけど、もう」
俺は痛む心臓をおさえながら抗議する。
『だったら細かいことは気にしない。幼馴染みと仲良くなって告白して恋人同士になるってことに注力すればいいんだよ。そうすれば君は助かるから』
天の声は言いつつ、横断幕の文字を輝かせた。
「じゃあ、その幼馴染みはどこにいるんだよ」
俺は真っ白いだけの部屋を見渡しながら問い詰める。
『ここにはいないよ。彼女は先に世界へ送り込んであるからね』
……世界?
舞台はここじゃないってことか。横断幕にも部屋じゃなくて世界って書いてあるしな。
つまり異世界転生ってやつか?
「……あのさ、その幼馴染み誰なんだよ。恋人関係になるにしたって、誰か分かんなかったら無理だろ」
『えっ? 聞く? 君の狭すぎる交遊関係を思い出せば十秒もかからず分かると思うんだけど』
「そろそろ泣くぞ? いやガチで」
『あっ。ほんとにゴメンね? 事実だから……つい?』
「お前一回本気で謝罪って言葉の意味を辞書で引いてこい」
どこにいるか分からない天の声に思いっきり睨みながら言う。
『さすがに言い過ぎた。ゴメンね。とにかく、頑張って?』
「いやだから幼馴染みって誰だよ!?」
『すぐに分かるよ。最初に出会うはずだから。じゃあ、上手く行くことを祈ってるよ』
俺の問いかけを無視して、白い部屋がいきなり崩れる!
って、おおおおおいっ!?
急激な落下に俺は動揺し……──いし、き、が……────
◇ ◇ ◇
「やっぱ夢だった?」
思いっきり見知った天井を見ながら、俺は独りごちる。
とりあえずベッドから起きると、見事なまでに俺の部屋だった。何も変わった様子はない。ただ一つをのぞいて。
オープンクローゼットから見える制服だ。
「なんでブレザーなんだよ」
俺が通うことになるはずの高校は、昭和飛び越えて明治の匂い漂う古い学校だった。もちろん制服も詰襟の黒い学ランである。
なのに、今目の前にあるのは紺色を基調としたブレザーだった。
いや、それにしても、なーんか見覚えがあるよーな。
すごく引っかかるのに思い出せない。
悩んでいると、スマホのアラームが鳴った。やべ、着替えないと。
俺はさっさと身支度を整えて制服に袖を通す。
ここで一つ困ったことが起きた。
俺、ネクタイ結べないんだけど……。
どうしろっつーの? これ?
とりあえず見よう見真似でやってみるけど、結べるはずもなく。
途方にくれてると、部屋のドアがいきなり開かれた。
「ちょっと。もう約束の時間過ぎてるんですけど? 何やってんの!」
入るなり怒ってきたのは、キレイなミルクティー色をしたボブカットにぱっちり目に泣きぼくろがある美少女だ――って、おい。
「げっ、家村マキ!?」
「げっ、て何よ、げって。待ち合わせ時間になってもこないから迎えに来てあげたっていうのに、どういうことかな?」
思いっきり不機嫌になりながら、マキは俺に詰め寄ってくる。
いや近い近い近い。
つか待て、まさか幼馴染みって、マキのことかよっ!?
「しかもフルネーム呼びだし。ちゃんとマキって呼びなさいって言ったでしょ。今日から陰キャ卒業するんじゃなかったの?」
俺の動揺をよそに、マキが呆れたようにつっこんでくる。
「そ、それは……っ」
もちろん初耳である。
確かに脱陰キャは狙ってたけど、マキに相談なんてした覚えはない。
思いっきり混乱が襲ってくるが、なんとか踏ん張る。ここはもう天の声が用意した異世界で、そういう設定になってるんだ。
「そういうトコからバレるんだから、注意しなさいよね」
正論でたしなめられて、俺はぐうの音も出ない。
家村マキ。
確かに幼馴染だ。
家族ぐるみで付き合いがあるくらいのご近所さんで、幼稚園からずっと一緒の腐れ縁でもある。
誰に対しても明るく優しい性格で、顔もスタイルもよし。ちなみに運動神経も勉強もトップクラスの超優等生で人気者。
まさに俺とは正反対。
なんで俺なんかと友達やってるんだって周囲から言われまくるくらいの女子だ。
そんなマキと──恋人関係になれってか?
無茶が過ぎるぞ、天の声よぉっ!
「ん? もしかしてネクタイ結べないの?」
マキは不審そうに首を傾げてくる。気まずくなって頷くと、思いっきりため息をつかれた。
「だからネクタイの結び方練習しなよってあれほど言ったじゃんか。もう」
「お前は俺のお母さんかよ」
「せめてお姉さんって言いなさい。同い年の男子にお母さんって言われて嬉しい女子なんて希少種極まりないからね? ほら、ネクタイ貸して」
上目遣いで叱られた。さらにマキは手慣れた様子でネクタイを結び始める。
「……相変わらず器用だな」
「こういうこともあろうかと練習しておいたのよ」
「用意周到過ぎない?」
「準備万端って言ってほしいな。あんただけなんだからね。ここまでしてあげるのは。はい、終わり」
なんか今すっごい殺し文句言われた気がする。なんか好感度高くない?
マキをもう一度見て、異変に気付く。
「ってマキ、その制服……」
「へっへーん。可愛いでしょ?」
マキはくるっと一回転してみた。
桃色をイメージしたタイトブレザーに、ちょっとラメが入ったような白いカッターシャツ。そしてチェック柄のミニスカートに、ちょっと透けて見える黒のオーバーニーソックス。
こ れ は 間 違 い な い 。
伝説のエロゲー、『聖蘭高等学園』の制服じゃねぇかっ!!
ま、まさか、俺、あのエロゲーの世界に来たってことか!?
マジかよ! 最高ですか!
ごくり、と、俺は喉を鳴らす。ヤバい、ちょっとマキもエロい。くっ、元々カワイイってのもあるからなっ……!
「あ、ああ、似合ってる」
「でしょー?」
屈託なく笑うマキの肩を、俺はふと掴んだ。
二人きりになった時に肌を密着させればさせるだけ、このゲームは女子との親密度が上がっていくパッションタイムってシステムがある。もちろん、うまく発展させていければ、むふふタイムが始まるのである。
もちろんこの状態はそれを満たしている。もしかして!
——あれ?
パッションタイムが発動しない?
ってことはあれか。もう好感度カンストしてるのか!? いつでもエロができる状態なのかっ!? それってもう告白してオッケーなんじゃないの!?
そうと決まれば、早速だっ!
「マキ」
高鳴りまくる心臓。喉が渇く。顔が赤くなる。息が忙しなくなる。
震える。声が、身体が、指が。
「はい?」
無邪気に首を傾げるマキに、俺は言う。
「お、俺と……付き合ってくれ」
――どうだっ!?
「何言ってんの? ムリムリ。あたしら友達でしょー?」
あっさり撃沈したあああああああああっ!?
なんでえええええええっ!?
がっくりと膝をついて――視界が真っ黒になった。
『ゲームオーバーだよ。コンティニューだね』
薄れゆく意識の中、俺は確かにそんな天の声を聴いたのだった。
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