第五章 極寒の熱戦

第三十九話 スノードリフト戦役(1)


 ソルたちが帰ってきた時から、レイクヴィルでは戦争の準備が進んでいた。

 アリシアと手空きの者が村の付近に空堀や雪氷の城壁を張り巡らせる一方、地下では魔氷とアダマンタイトで作られた武器が量産されていく。


 唯一、魔氷を使った”魔法兵器”の開発だけは間に合っていなかった。

 魔氷の持つ莫大な魔力を上手く扱うためには、かなりのレア素材が必要だ。

 この凍土で作れる程度の魔法石では、魔力をフルに活かせない。


 そうして準備を進めているうちに、反乱勃発の一報が入った。

 戦王が支配下の村を巡っていて留守のタイミングを狙い、ブラウヴァルドたち反乱軍が一瞬でフロストヴェイルを制圧したのだ。

 戦王に反感を抱いているオークたちが、続々と彼の元に結集しつつある。


(……ついに、戦争か。悲しいけれど、やるしかない……)


 前々から分かっていたことだ。

 ソルの気持ちは落ち込んだが、彼に迷いはない。


 フロストヴェイルが落ちた以上、援軍はあまり見込めない。

 レイクヴィルは帝国軍と反乱軍に挟まれ孤立無援の状態になってしまった。

 これを受けて、ソルたちは作戦会議を開く。


 広大な地下を生かして籠城に徹する派と、挟撃される前に先制攻撃をかける派で議論が交わされたものの、結論は出ない。


「少なくとも、敵軍の位置が分からないと攻撃のしようがない。今は情報を集めることにしよう」


 立場上は一番偉いソルが解散を宣言して、その日は終わった。


 翌朝。起きたばかりのソルに、驚くべき情報がもたらされる。

 レイクヴィルとフロストヴェイルの間を繋いでいる峠道に、忽然として要塞が現れたというのだ。


 峠道が要塞化されてしまっては、戦王の救援も見込めない。

 状況はさらに悪くなった。


「おそらく、雪の下に物資を隠していたのね」


 寝起きで髪の毛がぼさぼさのアリシアが言った。


「事前に準備しておいて、一気に一夜で組み立てたってことか」

「ええ。言うのは簡単だけど、実行するのは難しいわ。ブラウヴァルドの指揮能力は並外れているわね」


 ソルの味方は優秀だが、敵もまた優秀だ。

 レベルの高い戦いになる。少しでも隙を見せれば、そこを突かれるだろう。


「……峠に要塞ってのが厄介だぜ。いくらなんでも、正面から山城を力攻めってのは無理だ。アリシア、魔法で何とか出来ねえのかよ?」

「無理よ。そもそも氷魔法は防御向けなの。雪とか氷で陣地構築は出来るけど、要塞を壊すような火力は出ないわ」

「なら、合流される前に帝国軍を叩かねえと」


 ザルダが言った。

 今回の戦争では、彼女が実質的な部隊の指揮官だ。

 建前上は”戦王の副長”であるソルのほうが偉いが、戦の経験はない。 


「でも、まだ位置が分からないでしょう? 無謀すぎるわ」


 ソルが炎を操れるように、アリシアは雪や氷を魔法で操れる。

 それで強固な陣地を作れることもあり、彼女が籠城派の筆頭だ。


「だからって村に籠もるのか? オレたちが魔氷を割って地下を進んだばかりだろ? 連中が同じことをしてこないって言い切れるのかよ」

「来てるのかどうかも分からない帝国軍を探すより安全だわ」


 どちらの言い分にも理はある。

 ゆっくり話し合っている時間はない。

 戦場において、拙速は巧遅に勝る。


 ソルは決断しなければいけない。その責任は彼にある。

 緊張で彼の胃が痛む。

 ソルの神経は図太い。滅多にないことだ。


(……賢者に任命された時も、似たような気分だったな)


 そうして結局、一年もたたずにクビだ。

 失敗のイメージが、この土壇場で呪いとなって彼へ取り憑いていた。


「ソル」


 血の気が引いたソルを、アリシアが呼んだ。


「私達は皆、失敗して追放されてきた人間なのよ。必要以上に気負う必要はないわ。言うなれば、負け犬が敗者復活戦やってるようなものだし」

「言い方……」

「負けて元々ってことよ。実際、私は十中八九負けると思ってるわ」

「う、後ろ向きだな……」

「ええ。でも、それが私だから。そんな私にも居場所があるって、あなたが言ってくれたのよ」

「……!」

「だから、あなたも。炎の魔法使いソル・パインズらしい判断をすればいい。それに文句を言う者なんて、誰もいないわ」


 言葉がソルに染み込んで、魔法のように力が湧き出してきた。

 アリシアがもう一人じゃないように、ソルも一人ではない。

 政治的に孤立無援だった賢者時代とは違う。


「ったく、こいつは暗えよな。ま、細けえことは気にしすぎんなよ、ソル。お前がオレに勝った時なんか、ブラウヴァルドばりに小技が効いてたぜ。心配いらねえよ、お前は絶対にやれる」

「……皆……」

「レイクヴィルの村長として、私からも少し。今こうして豊かな暮らしがあるのは、未来に夢を見ることができるのは、君のおかげだ。君の積み上げた実績はすさまじいものだよ。この会議を見たまえ!」


 レイクヴィルの村人に加え、”氷の魔女”アリシアがいる。

 さらに戦王の娘が。オークの下級指揮官が。

 魔氷やアダマンタイトの生産に関わる獣人族や、意外と技師(エンジニア)の多いゴブリンまでもが、後方の生産や兵站面について話すため会議に加わっている。


「もしも自分に疑いが湧き上がったなら。自分の実績を思い出すべきではないかね。人間もそれ以外も、多くの種族が君のおかげで協力できているのだから」


 ソルはゆっくりと会議の参加者を見回した。

 彼の灯した小さな希望は、今や大きな炎となって燃えていた。


「……ふぅー……っ! ありがとう、皆! もう大丈夫だ!」


 ソルは深呼吸して、自分の頬をばちんと叩いた。


「よおおおしっ! やるぞ! 俺たちは、これまで何回だって苦境を跳ね除けてきたんだ! 今回だって絶対に勝てる!」

 

 彼は席から立ち上がる。


「出撃しよう! 挟撃される前に帝国軍を迎撃する!」


 ソルは決断を下した。

 じっくりと待ち構えるのは、彼の性分ではない。

 彼は炎の魔法使いだ。



- - -



 同時刻。


「遠くの空が荒れてるみたいだねェ」


 レイクヴィルとフロストヴェイルを結ぶ峠で、ブラウヴァルドが言った。


「雪嵐か……あるいは、”終わらぬ冬”か。前者だといいのだけれどねェ」

「ブラウヴァルド様! にくき人間どもに与する戦王を討伐すべく、ワイバーンヴァレーより馳せ参じました! 総勢十二名でございます!」

「結構だねェ。第一部隊の指揮下に入って待機、体は冷やさないように。今日中に動くからねェ」


 スノードリフトの各地に散っていたオークが、続々と反乱軍の元へ集う。

 最精鋭である戦王の戦団からも、かなりの離反者が出ているようだ。

 半数以上がブラウヴァルドの側に付いている。


「壮観、壮観! 兵力じゃあ、明らかにウオルグを上回りましたぞ!」

「事前工作は上手くいったねェ。だけど、ウオルグ本人の戦闘力がある。正面から戦えば、負けは十分にありうるかなァ」

「ブラウヴァルド様ぁ! 弱気ですぞ! 弱気は負けの元ですぞ!」

「……ボクじゃなくてさ、君の兵を鼓舞してねェ……?」

「了解ですぞー!」


 第一部隊の指揮官が、指揮下のオークたちへ大声で叫ぶ。兵たちも叫び返す。

 ばらばらの叫びが、すぐに揃った。

 魔力を宿した〈ウォークライ〉が天空を揺るがす。


 敵の士気をくじき、味方の士気を高める効果を持つ魔法でもある。

 だが、そんな効果はどうだっていい。

 ここにオークの戦士団がいる。今からお前たちを殺しに行く。

 その事実だけで、十分以上に敵は震え上がるのだから。


 〈ウォークライ〉に耳を傾けながら、ブラウヴァルドは遠くの雪原を睨む。

 ここからでも、レイクヴィルに作られている雪の城壁や空堀が見えた。

 精鋭を選んで強行軍をさせれば、数時間で踏破できる距離だ。


 彼の握る魔法の杖は、雪の上に描かれた戦図へ突き立っていた。

 レイクヴィル。峠の反乱軍。反乱軍の抑えたフロストヴェイルの防衛隊。

 レイクヴィルから南に帝国軍。フロストヴェイルから東に戦王の戦団。


「座して待てば、帝国軍と反乱軍に囲まれる。そんな後ろ向きな選択はしないだろうねェ。絶対に、内線作戦だ。各個撃破を狙ってくる」


 レイクヴィルへ突き刺さった魔法の杖が、南の帝国軍へと動く。


「その後背を突いて村を落とせば、詰み」


 昨夜のうちに、彼は村の付近へと斥候を送っていた。

 帝国軍へ向けて進軍するかどうかを確認するためだ。


「さあ、動け……」


 ブラウヴァルドは時を待つ。



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