第三十五話 対面


 警備の偵察に出たダンたちは、息を潜めて民家の屋根に隠れていた。

 兵舎や訓練場を一望できる位置だ。

 軍師施設に囲まれて、まるで要塞のようにミハエルの館がそびえている。


 オークとの面会中だからか、どこも厳重に固められている。

 警備に死角はない。


「侵入は無理そうだ」


 外套の男が言った。


「……気配を消しても、見張り台の視界に入ってしまう」

「まったくもって。これは無理だな。このまま監視だけ続けよう」


 そうして二人が監視をしていると、ふいに城門が開いた。

 拘束されたザルダが兵士たちに連行されてくる。

 ニールセンがそれに続いて入ってきた。


「なんだ、あのオーク?」

「おれたちの仲間だ」

「へえ? 表を巡回してる警備の連中に見つかったか」

「……ニールセンが裏切った可能性は考えないのか?」

「裏切ったと思うか?」

「いや」

「どちらにせよ、救出作戦が必要になりそうだな」


 外套の男は、ミハイルの館へと運ばれていくザルダを目で追った。

 あの館にある地下牢へ収監されるのだろう。

 ニールセンも館へ案内されている。彼は拘束されていない。


「警備のど真ん中だ。厳しい戦いになるぞ」

「騒ぎを起こすしかない」

「プロ相手は話が早くていい。俺が陽動役をやる。あんたはさっきの連中と一緒に武力で押し入って助け出してこい。報酬は高いが、ツケ払いで許してやる」

「伝えておく」

「さ、準備を始めるとしよう」


 二人は音もなく屋根から離れた。



- - -



「ニールセン。報告したまえ」


 軍の鎧を身にまとった中年の男が、威圧的に言った。

 見るからにプライドが高い権威主義者だ。


「はい、ミハエル様。報告の通り、レイクヴィルはオークとの仲を深めております。結果、村に駐留するオークがここを偵察する運びとなりまして。結果として、戦王の娘を捕らえることができました」


 赤く染まった包帯を胸元に巻くニールセンが、堂々と報告した。

 ……ボリボリ、という音が室内に響いている。

 ミハエルと話していたオークが、菓子を食べながらニールセンのことを凝視していた。


「戦王の娘を! でかした! 流石だ!」

「さっそく尋問に向かわれますか?」

「無論だ! 洗いざらい吐かせてやる! ニールセン、お前も来い!」

「待ちなよォ」


 浮かれた様子で走り出したミハエルを、オークが呼び止める。


「ミハエルさん、そのスパイ、今まで魔氷について何か言ってたかい?」

「……いや。聞いていないが」

「無論、報告しようと思っていました。間に人を挟むのは危険ですから、面と向かって直接に。ですから、こうして町まで戻ってきたのです」

「へェ」


 オークは猫背を強めた。


「信じるのは早い。兵舎に軟禁しておくべきだねェ。別々に尋問して、口裏が合うかどうか確かめるべきじゃないかなァ」

「……何様のつもりだ? 協力するとは言ったが、指図を受けると言った覚えはない」

「はいはい、ごめんねェ」


 オークは肩をすくめる。ミハエルが顔に青筋を浮かべた。


「無論、ニールセンからも戦王の娘と別に話は聞く。お前に言われたからやるのではない。思い上がるなよ……」

「ごめんって」

「衛兵! 二人でニールセンを空いている兵舎へ案内しろ。残りの半分はそこのオークを見張っておけ。行くぞ」


 そして、ミハエルは地下牢へと向かった。



- - -



「ザルダが捕まった」

「何だって!?」

「そう……」


 民家で待機していた二人へと、ダンが知らせた。


「助けに行きましょう」


 アリシアが即答する。


「……ソル、何よその顔」

「別に」

「そこまで冷たくないわよ、私は。ただ」

「ただ?」


 彼女は何かを言おうとして、口をつぐんだ。


「わかった。言わなくてもいい」


 ダンは彼女に防寒具を渡した。

 二人は無言で出発の準備をする。


「他人を信じるのが、つらいの」


 ふと、アリシアがこぼした。


「また裏切られるんじゃないか、って思っちゃうから」

「アリシア。俺は信じられるか?」


 そう聞かれて、彼女はそっと首を縦に振った。


「分かった。それならいいんだ。少しづつ進めていこう」

「……優しいのね。ありがとう。あなたと話すと、なんだか力が湧いてくるわ」


 彼女は微笑んだ。


「でも、その優しさに甘えてられないわ。それでザルダと喧嘩したんだし」


 そして、アリシアはドアを開いた。

 身を切る極寒の冷気が入り込んでくる。


「変わらなきゃ。このままじゃ駄目だ」


 深呼吸ひとつ。

 彼女は身構えて、マイナス四十度の世界へ踏み出した。


 その瞳には確かな意志が宿っている。

 変わるために、自らの一歩外へと踏み出そうとする意志が。


「よし! 行こう、ザルダを助けるぞ!」


 三人が市街を駆ける。

 遠くの空が赤く染まって、町の鐘が激しく打ち鳴らされた。

 火事だ。外套の男が陽動作戦を開始した。


 火の元へと向かっていく兵士をやり過ごし、三人は兵舎へ向かう。

 火事のせいで警備が混乱していた。見るからに穴が空いている。


 間隙を突いて、三人は兵舎の群へと忍び込んだ。

 建物の影から影へと伝い、外周にある見張り台の死角を進む。

 兵舎の中はほとんど空だ。


(人払いしてるな。オークとの面会を隠すためか。好都合だ)


 残っていた数少ない兵士たちも、火事に気を取られている。難なく進めた。


「ソル。ニールセンとの合流を優先するか、ザルダを先に救出するか。どうする」

「先に合流したい。牢屋よりは警備が緩いだろうし」

「……だが、あれを見ろ。出入り口に警備が二人張り付いている」


 角から頭を出して、先を確かめる。

 しっかりと気を引き締めた兵士が二人。


「あの二人が無力化できても、見張り台からバレるぞ」

「私がやるわ」


 アリシアが角から魔法の杖を突き出した。


「〈フリーズ〉」


 さっと魔法を唱え、すぐ物陰に戻る。

 ほどなくして警備の二人は震えだし、顔面蒼白になって室内へ入っていった。

 ……ただでさえ極寒なのだ。更に冷たくさせられては耐えようがない。


「ナイス!」

「行くぞ」


 三人はすばやく兵舎へ入り込む。

 ダンが手刀で片方の兵士を気絶させ、もう一人へ襲いかかった。


「待って!」


 もう一人の兵士はニールセンに看護されている。


「彼女がリコットだよ。恋文を届ける相手だ」


 言われてみれば金髪碧眼だ。人相も合っている。

 ソルは彼女に近づき、自らの魔力を激しく循環させ、〈加護〉を全開にした。

 一気に熱が放射され、リコットの震えが止まる。


「リコット。俺たちは、君にこの手紙を届けに来た」

「え? そ、それだけのために? 火事まで起こして? 大騒ぎを?」


 彼女は頬を染めた。


「ゴブくん、そこまでして……! ああ、私も君が恋しいのです……!」


 リコットは無邪気に身を捩っている。


「ただ、途中で味方が捕まったんだ。解放するのに協力して欲しい」

「そのあとゴブくんの村まで連れてってくれるなら、喜んで協力するのです!」

「君がそれでいいなら、もちろん。歓迎するよ、リコット!」


 彼女はあっさり寝返った。ゴブリンと恋仲になっているあたり、異種族を排斥する帝国の考え方とは相性が悪かったのだろう。


「ふう。絶対に来てくれると思ってたよ」


 ニールセンが安心した声色で言った。


「シェルターが警備の軍に見つかってね。ザルダは戦うつもりだったけど、あれは絶対に勝てない数だったから」

「裏切ったフリをしたってわけね」

「裏切ったっていうか、僕は一応、二重スパイだからね……」


 ハッ、と彼が窓の外を見た。


「時間がない。ザルダと口裏を合わせる時間がなかった。すぐ僕に疑いが向く」

「なら、待ってる時間はないな。今すぐ館に突入して、地下牢に向かおう」


 ソルが決断したその瞬間、〈サーチライト〉の魔法が一斉に兵舎を照らした。


「……バレたのか!?」


 ソルは物陰に隠れて魔法剣を握りしめる。

 全員それぞれに臨戦態勢を取り、攻撃を待った。


 コンコン、と背後の窓が叩かれる。

 振り返ったソルが、そこに居た青肌の顔を見て、呟いた。


「ブラウヴァルド?」

「やァやァ皆さんお揃いで。飛んで火に入る夏の虫、ってやつだねェ。こんなに寒い日なのに、よくも羽虫が湧いてこれるものだなァ」


 たった一人で帝国軍に会いに来ていたのは、戦王の軍師ブラウヴァルドだ。

 これが戦王の指示であるはずがない。


 ……近い内に、オークが戦王へ反乱を起こす。

 その噂は立っていたが、具体的な指導者の名前までは出なかった。


 今となっては明らかだ。

 ブラウヴァルドだ。彼が反乱を主導するべく陰謀を巡らせていた。


「お前! どういうつもりだ!?」

「理由なんか必要かなァ? 人間だってオークだって、常に争ってる生き物じゃないか。隙があれば食われる、それが当然だよねェ」


 彼は口元を釣り上げた。


「戦王にしても君にしても、理想を追い求めすぎるんだよねェ。上ばっかり見てるから、足元の不和や不信に気付けない。オークも人も、所詮は身内以外を信じられない生き物さァ」

「そんなことはない! 積もった恨みがそうさせてるだけだ! 今は仲が悪くても、きっと変わる余地がある!」

「ハハハ。君って絵本みたいだねェ」

「……何だと?」

「希望に溢れてカラフルな、けれど所詮は子供騙しの薄っぺらい本ってことさ」


 ブラウヴァルドは窓に顔を近づけた。


「お前も戦王も。所詮、他人のために動いてるだけだ。けれどねェ。大事を成し遂げるためには、底知れない欲望の強さがなきゃいけない……」

「〈アイシクル〉」


 密かに準備していたアリシアが氷塊を放つ。

 奇襲は分厚い窓に阻まれた。

 ヒビの入った窓越しに、歪んだブラウヴァルドの顔が笑っていた。


「甘い、甘い……ハハハ。軟禁場所に防御魔法ぐらい掛けるさァ……」


 彼は窓から後ずさり、魔法の掛かった仮面ガスマスクを被った。


「時間稼ぎに付き合ってくれてありがとうねェ。続きは牢屋で。ハハハ!」

「な……」


 ブラウヴァルドが手を振って消えていく。

 兵舎のドアの隙間から、毒々しい煙が入り込んできた。

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