第三十二話 恋文
アダマンタイトの鍛冶が行われている最下層。
多くの鍛冶師が槌を振るう音が、魔氷で囲われた狭い空間に響いている。
魔法で風が送り込まれていても、やや煤が目にしみた。
「おお、ソル! ちょうどいいところに!」
大工だった爺さんは、元気に槌を振り回しながら言った。
「コイツの話を聞いてやってくれんか?」
「いやア、ボクは……偉いヒトの手とかハ……煩わせたくなイし……」
助手として槌を握っている内気なゴブリンの鍛冶師が、控えめに否定する。
「なあに気にするな、こんなやつタメ口でも大丈夫じゃ!」
「爺さんの言ってる通りだ。気にしなくてもいい」
ソルがそう言うと、横で護衛しているザルダが不機嫌な顔になった。
「おい、お前はオレに決闘で勝ったんだぞ!? 自分を安売りすんなよ!」
「俺はさ、皆を助けたいんだ。無駄に偉ぶってたらそんなことできないだろ」
「……まあ、立派な心意気だけどよ……」
「ってわけで、聞かせて欲しい。何があったんだ?」
「ええト……その……もしかしたラ、と思って……」
「こいつな、〈ラストホープ〉に恋人がいるらしいんじゃよ!」
もじもじするゴブリンを見て焦れたか、大工の爺さんが代弁した。
「恋人? でも、あの港町って帝国領だよな? ゴブリン、いたっけ?」
「人間じゃよ、人間の女! 港町に近い雪原で人間と会って、密会を繰り返して恋人になったんじゃと! やるもんじゃのー、このスケコマシ!」
「えへヘ……」
ゴブリンの鍛冶師は恥ずかしそうに頭を掻いている。
(に、人間とゴブリンが恋人? ……帝国に居たときは、ゴブリンなんて野蛮な種族だと思ってたけど。実際、そう人間と変わらないし、不思議でもないか……)
”人間性”のわかりやすい振る舞いを見ながら、ソルはそう思った。
「それで、俺に出来ることは何かあるのか?」
「こいつの村が潰れたり何だりでの、ここ一年ばかり会えてないそうなんじゃ。というわけで! ソル、何とかして港町まで手紙を届けられんか? 何なら、こいつの恋人を連れてきてベッドインするとこまで手伝ってもええがのう!」
「じーさン!」
「ひひひっ、照れんでもええわ! 部屋の防音はしっかりしとるわい!」
ゴブリンの緑肌にはっきり赤みがさしている。
種族が違えど、そこは変わらないようだ。
……ザルダも顔を赤くして目を逸らしていた。
(……恋愛経験どころか恋物語も知らなさそうな、年頃のオークの娘か……)
「無敵のゴリマッチョウーマンかと思ってたけど、かわいいとこあるんだな……」
「は!? 誰がカワイイって!? オレは無敵のゴリマッチョウーマンだが!?」
「え、そっち否定するのか!?」
「ったりまえだろ! オレはカワイさ皆無なんだが!?」
「かわいいって言われて否定するのもかわいい気がするけどな!」
「え!? じゃ、じゃあオレはカワイイかもな! 少し! ……って、おい! オレを嵌めたか!? やめろよっ、汚いぞ……!」
彼女の顔はみるみる赤くなり、ぶつぶつ言いながらソルに背を向けた。
「なんじゃ!? 新たな異種カップルでも成立させる気か!? やるのう!」
「別にそういうのじゃないって! 話は分かったよ、渡す手紙はもうあるのか?」
「コレ……」
羊皮紙を便箋ふうに折りたたんだ手作りの手紙だった。
物がないなりに工夫されている。
「分かった。港町だな? 何とかしてみるよ!」
「ありがト!」
ゴブリンの鍛冶師は花の咲くような笑顔を浮かべた。
端的に言って美しい種族ではないが、人間性がよく伝わってくる可愛げがある。
「おい、オレたちが帝国領に近づくってどういう事か分かってんだよな!?」
「分かってるけど。でも、何とかしてやりたくないか?」
「オレはお前を護衛すんのが仕事なんだぞ! オヤジからも頼まれてんの!」
「まあ、大丈夫だよ。多分なんとかなるから」
「何とかならねえよ!?」
その後、ソルは村長の元に向かった。
「なるほど。港町と接触する方法が知りたいんだね」
「連絡を取ってたって言ってただろ?」
「へえ。そりゃ初耳だぜ」
ザルダが目を細めた。
「……保険だよ。何も帝国に与したわけではない」
「気にするなよザルダ、昔の話なんだし。で、どうやってたんだ?」
「この村には帝国のスパイがいてね」
「えっ?」
「君も会ったことのある人物だよ」
村長に言われて、ソルは首を傾げた。
「誰なんだ?」
「ニールセン。釣り人の彼だよ」
「ああ……」
何となく、ソルは納得がいった。
確かに情報収集が得意そうな人たらしっぽい雰囲気がある。
「よし、そいつはオレがぶっ殺してやる」
「待てってザルダ、大丈夫だから」
「ソルの言う通り、だいぶ昔から彼はレイクヴィル側の二重スパイなのだよ。彼は定期的に帝国側と面会して情報を流している。偽情報だがね」
「……しかし、それだと……恋文を渡すのは難しそうだな」
ソルは村長に恋文を見せて、いきさつを説明する。
「確かに難しいだろう。素直に渡してくれるとも限らない。最悪、魔族との内通を疑われて、その恋人が処刑される恐れもあるからね……ふうむ」
村長は考え込んだ。
「諦めるべきではないかね。少しリスクが高すぎる」
「それは分かってるんだけど、でも……!」
「ソル。今の君は戦団の副長という立場だ。私よりも偉い。それはつまり、多くの命を預かっているということなのだよ。それを考えるべきではないかね」
「……でもさ。異種族間のカップルって、きっと、今の状況が変わるきっかけになるんじゃないかと思うんだ」
「ほう?」
ソルは真剣な表情で、村長に考えを伝えた。
「今のこの村って、少し種族間で緊張感があるだろ? でも、異種族間でも恋人になれるんだって実績が出来れば、もう少し打ち解けられるかもしれない」
「ふむ……」
種族間のトラブル対処に当たっているのはソルだけではない。
村長もまた、そういう揉め事の仲裁役を行っている。
今の空気を変えるきっかけが欲しい、という気持ちは、きっと同じはずだった。
「なら君が政略結構……いや、何でもない。確かにこの話は美談として宣伝できそうだ。ニールセンの口からうまく広めてもらえば、効果は出るかもしれないね」
「じゃあ、協力してくれるのか……!」
「もちろん協力するとも。君のほうが偉いんだぞ、ソル君。私が君の行動に許可を出すんじゃなく、君が私に許可を出すんだ」
「た、確かに!」
「はは……ま、君のそういうところも好かれる要因だろうね。さて」
村長は周囲を見回して、大広間の魚屋で小魚の質を比べている大男を呼んだ。
「ダン。君なら帝国の港町に潜入できるかい?」
「可能だ」
ダンは言い切り、すぐ小魚の目利きに戻った。
そんなことより魚のほうが重要らしい。
「……ダン。少し、作戦会議がしたいのだがね」
「待ってくれ。腹が空いているのだ。だが、決まった配給量より多く貰うのも気がひける。つまり、おれは……少しでも大きい魚を選ばなければ……」
「私の配給分を使っていいから、早く来なさい」
「いいのか」
ダンは無表情のまま目を輝かせ、両手に魚を握って現れた。
「ザルダとダンが居れば、まあ危険はないだろう。あとは」
「道案内とか交渉のために、僕も協力するんだよね?」
物陰からすっとニールセンが現れ、ソルたちの隣に立った。
「……うわスパイっぽいな! かっこいい! 最初から聞いてたのか!?」
「あはは。別にそんなんじゃないよ。さっきたまたま通りかかってさ」
ソルの無邪気な褒め言葉を受けて、彼は小さく笑みを浮かべた。
「あとはアリシアかな? 彼女がいれば雪で簡単なシェルターを作れるし、吹雪が来ても安心だよね」
「うむ。ソル、ザルダ、ダン、ニールセン、アリシア。この五人で協力して帝国の港町〈ラストホープ〉へ潜入し、恋文を渡す。同時に情報収集をして、この先の動きを掴んでおく。そういう作戦でどうかね?」
「それでいこう!」
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