第三十一話 魔氷産業革命(1)


 会議から一週間。

 レイクヴィルは一気に賑やかになっていた。

 村を守るために派遣されてきたオークたち、そして魔氷の研究開発のために送られてきた学者や技師が増えたことで、村の規模は倍近くまで膨れ上がっている。


 ソルはオークの”副長”として指示を出しつつ、魔力操作の能力を生かして魔氷の研究開発に協力していた。

 次々と成果が上がっていく。魔氷のポテンシャルは膨大だ。

 特に大きかったのは、魔石へ魔法を籠めて〈魔法石〉へ変換する作業を自動化できた事だった。

 魔氷の魔力で大量の魔法石を一気に動かし、その魔法を魔石に当てることで魔法石を生産する、というソルの力技なアイデアが上手くいったのだ。


「これでやっと魔法石作りの作業から解放される……」


 完成した機械を見て、ソルが安堵のため息をついた。

 元手さえあればいくらでも魔法石が量産できる。その魔法石を動かすための動力は魔氷から取れる。無限の燃料を手に入れたも同然の状態だ。

 魔力の気配が濃くなって魔物の襲撃は増えているが、オークたちが危なげなく撃退していて、村に危険が及ぶような様子はない。


 魔法石の生産が自動化されたことで、更にひとつ恩恵があった。

 〈アイスシールド〉の魔法石を量産して村に配置することで、地下空間を快適な温度まで暖かくしても氷の壁や天井が溶けなくなったのだ。

 寒そうな見た目と裏腹に、魔氷の地下住居はとても快適になっていた。


「でも、地下で薄暗いのだけはそのままなんだよな……そうだ!」


 ソルは思い立ち、配下のオークと共に地上の雪と土を掘りまくった。

 魔氷自体はかなり透明度の高い氷だ。上の土や泥の混ざった氷の層をどけてしまえば、太陽の日差しが直接入り込んでくる。

 〈アイスシールド〉があれば溶けるのは防げるし、魔法のための魔力はいくらでもあるのだから心配はない。


 結果、村の中から氷の天井越しに太陽が見えるようになった。

 普通の家よりもむしろ明るいぐらいに日差しが入る。

 地下生活に息苦しさを感じていた村人たちも、この解放感溢れるリフォームには大喜びで、例によってソルを囲んでちょっとしたお祭り騒ぎになったりした。


 発展していたのは、住居のある明るい上層階ばかりではない。

 むしろ、研究開発や生産のための下層区画こそ、今ではこの村の本体だった。


 アダマンタイト製の制御装置に繋がれた魔氷が並び、その大出力を生かして様々な魔法の実験が進んでいる。

 未だ制御装置の効率は低いが、更に改良されていけば桁外れの魔力を抽出できるようになるはずだ。

 細々と、魔氷を武器に転用する研究も進んでいる。帝国の精鋭軍にも負けないほど質のいい武具が生産されていた。

 しかも、それを身につけるのはオークだ。まさに鬼に金棒と言うほかない。


「こいつはいいや!」


 魔氷の大剣を振り回したザルダが、楽しげに大剣を振るう。

 彼女は魔力の抜けた氷へと剣を振り下ろす。音もなく一刀両断された。


「ちいと軽すぎるがな! 切れ味は最高だ!」

「軽すぎるなら、もっと巨大な武器にしてみたらどうかな」

「おう、鍛冶師に伝えてくるぜ! ありがとよ!」


 彼女はバシッとソルの肩を叩き、意気揚々と鍛冶師に注文をつけにいった。

 ……戦王の娘と親しいことで、ソルはオークたちから一目置かれている。

 ニンゲンが副長なんて、と不満に思っているオークは居ても、ザルダに決闘で勝ったとなれば文句のつけようがなかった。


 オークを怖がっていた村人たちも、ソルの仲介で少しづつ交流を進めている。

 獣人族やゴブリンも村に引っ越してきているので、徐々に異種族の割合は増していたが、ソルが上手く間を繋いでいるおかげで何とか問題は抑えられていた。


 だが、まったく無問題というわけにもいかない。

 異種族間で口喧嘩が起きたり、険悪な雰囲気になったりするのは珍しくなかった。ソルが間に入って仲裁しても、その場しのぎにしかならない。

 何か異種族間の仲を繋ぐようなきっかけでも無いかぎり、わだかまりをなくすのは難しいだろう。


 そういう事情はともかく、実験農業も順調に進んでいた。

 一気に地下農地の面積が拡大している。

 スノードリフト地方で元から栽培されていた大麦の種を大量に輸入し、他の村から移民してきた経験豊富な農夫の手を借りて育てているおかげだ。

 溢れる魔力を生かし、帝国貴族向けの高級フルーツ並に土魔法が使われている。

 味も栄養も成長速度でも並の農場を上回るだろう、という予想だった。


 更に下の階層では、魔氷の切り出し作業が勢いよく進んでいく。

 村の人間に加えて、フロストヴェイルの炭鉱からこちらに移ってきた獣人族、それと仕事がなくてホームレスだったゴブリンたちも混ざっていた。


「そーれ、1、2! 1、2!」


 巨大なのこぎりを抱えた人々が、掛け声と共に魔氷を切断していく。

 ほとんどが輸出用だ。注意の説明書きや各種の魔法石、そしてアダマンタイト製の制御装置と共にフロストヴェイルや他の村へと届けられることになる。


 更に下の最下層では、アダマンタイトの採掘と鍛冶が行われている。

 多種族の混ざった鉱夫によって採掘された鉱石は鍛冶師たちによって精錬と加工を施されていく。至る所で魔氷のツールが使われていた。


 この村で行われている研究開発は、ほとんどが魔氷の採掘と加工に関する分野だ。

 凍土へ広く行き渡らせるとなると相当な大量生産が必要になる。

 それを実現するための効率化が今の課題だった。


(アリシアに体力があれば、〈アンチマジック〉で魔氷を区切って俺の〈マジックファイア〉と合わせるだけで切り出せるんだけどな……すぐ疲れちゃうし)


 今の所、〈アンチマジック〉の魔法石化には成功していない。

 そもそも魔力を弾く魔法なので、これを魔石に込めるのは至難の技だ。


(やっぱり、他の手段で自動化しないとなあ……)


 彼を含めて大勢がアイデアを練っていたが、今のところ決め手はない。


「うーん……」


 彼が自室で頭をひねっていると、ドアがノックされた。


「アリシアが話したいってよ!」

「……ザルダ、また勝手に俺の護衛してたの?」

「お前が不用心だからだよ! 重要人物なんだから、護衛ぐらいつけとけ!」


 言いながら、ザルアが扉を開ける。

 アリシアが彼女を一瞥して部屋に入ってきた。


「彼女のこと、正式に護衛として任命してあげたら?」

「いやさ、護衛に張り付かれてると近寄りがたい空気になっちゃうだろ? それだと、色んな人と話しにくいかなって思ってるんだ」

「でも、放っておいても勝手に護衛してるわよ?」


 言い方を変えれば、ソルは勝手に付きまとわれていた。


「確かになあ。なら、正式に護衛してもらうか」

「……それがいいわね。一緒に行動するといいわ」


 微妙な顔で言いながら、アリシアが彼のノートに目を向ける。


「苦労してるみたいね」

「ああ。他所に輸出するとなると、生産量がさ」

「……私があなたぐらい効率的に魔法を使えればよかったのだけど」

「気にするなよ。アリシアにはアリシアの長所があるんだし」

「知ってるわよ」


 アリシアは、開かれたままのノートを閉じた。


「あなたにもあなたの長所がある。机上の仕事は私に任せて、皆の話を聞くべきじゃない? 他所から引っ越してきた人たちもいることだし」

「いや、なんかさ……最近、ちょっと距離感を感じるっていうか、やりにくいんだよ。偉い人相手みたいな感じで応対されちゃって」

「仕方がないでしょ? 実際に偉いんだから。それに、オークと組むことを選んだんだのが面白くない人もいるでしょうし」

「……もしかして、アリシアもそう思ってるのか?」


 ちょっとだけはね、と彼女が言った。


「私が難民キャンプを運営してた話、したかしら?」

「いや、初耳だ」

「まあ、色々あってね……仲間と一緒に、北ズールデンのオーク自治区に難民キャンプを作ったのよ。でも、彼らって武闘派でしょ? 帝国に故郷を滅ぼされたのに、キャンプでじっとしてるなんて嫌だから、すぐに戦おうとする」

「想像がつくよ」

「そんなオークたちを抑えてたのが、今の戦王ウオルグよ。私達は共に、帝国に全滅させられる未来だけは避けようとして、平和的な交渉を続けていた」


 確かに戦王ならそうするだろうな、とソルは思った。


「でも、ウオルグは私の難民キャンプを隠れ蓑にして、ゲリラ戦のための組織を作っていた。やがて私を裏切って、多くの難民を連れて帝国に決戦を挑んだわ。彼の戦団は当然負けて、北へ逃げていった。キャンプに残った難民を置き去りに」

「えっ? ……そのキャンプはどうなったんだ?」

「ほとんど全滅よ。そうなるに決まってるわ」


 ソルはショックを受けた。

 彼の思っていた人物像とは違う。

 だが同時に、名誉と力を重んじるオークたちが、故郷を滅ぼされたあとも難民キャンプで平和的に暮らすとは思えない。


「でも、戦王がやらなければ、他の誰かがオークを率いて戦争を起こしてたはずだ。戦王はきっとできるかぎり平和的な路線を追求してて、最後の最後で……」

「そんなこと知ってるわよ!」


 アリシアは感情的に叫んだあと、ベッドに腰かけて首を振った。


「とにかく……オークに恨みがある人間もいるってこと。それと同時に、オークだって人間を恨んでるわ。帝国に滅ぼされてるんだから」

「……ああ。そのことは分かってるよ」

「でもきっと、あなたなら何とかできる。いや、何とかできるのはあなただけなのよ。だから、研究とかは私達に任せてほしいっていうか……」

「言いたいことはよく分かったよ、アリシア」


 ソルは頷いて、ノートを脇にどけ、立ち上がる。


「俺に何かできることがないか、皆に聞いてくる」

「それがいいわ」


 ソルは部屋を後にして、ザルダに声をかけ、共に歩いていった。

 複雑な面持ちで、アリシアがその後姿を見つめていた。

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