第三十話  会議


 村に税金の一部が返還された後、首脳陣での会議が行われた。

 レイクヴィル側に村長ウルリッヒとアリシアが座る。

 反対側に戦王と副長の軍師ブラウヴァルド。


「ソル、座ったら?」


 アリシアが、戦王の隣に置かれた椅子へ目を向けた。


「いや、辞めておくよ」


 彼は椅子を動かし、両者のちょうど中間点に座った。

 全員の視線を浴びながら、深呼吸をして心を落ち着かせる。


(全員に利益のある話なんだ。きっと上手く交渉はまとまるはず)


 ソルはノートを取り出し、議事録をつける準備をした。

 レイクヴィルに世話になった立場でもあり、戦王の副長に任命された立場でもある彼が、仲裁役としては適任だ。

 彼は中立の立場として会議を見守る決意を固めている。


「……八方美人ってわけね」

「そう言うなよ。別に敵同士ってわけじゃないだろ? 無駄に刺々しい態度なんか取らないで、仲良く行こうぜ!」

「彼の言う通りだよ、アリシア。これは商売の話だ。恨みつらみがあろうとも、取れる実益は取るべきではないかね」


 村長に諭されて、アリシアはしぶしぶ態度を改めた。


「では、改めて。魔氷と制御装置の輸出についてだね。そちらの提案を聞こう」

「凍土の民を救うために、我々は魔氷を広めたい。だが、その対価を金銭や食料で支払うことは不可能だ。あまりにも価値が莫大すぎる」

「私としても同意見だ。まず街や村が豊かに成長しなければ商売をする余地もない。先行投資として、まずは魔氷と制御装置を無償で配布しても構わないと思っているよ」

「願ってもない話だ」


 そう言いながらも、戦王は険しい顔だ。


「凍土の現状を考えれば、即座に利益を渡すことはできない。我々の提案は以下の通り。我々が魔氷の一定数量を引き取り村へ分配し、それと引き換えに税金を免除すると共に、オークの兵士による護衛をつける。また、我々を通さず他の凍土へ魔氷や制御装置を売るのも自由とする」

「引き取り量が固定ならば、将来的に経済が上向けば上向くほど私達が魔氷で商売をする余地が増え、利益も増える、ということかね。悪くはないが……」


 村長は少し考え込み、続けた。


「おそらくだが、魔氷の採掘は我々の村でなくとも出来る。制御装置もいずれ他所で作れるようになるだろう。その頃でも、私たちが利益を出せるとは限らない」

「いかにも。だが、十分に経済が豊かになれば、我々はレイクヴィルから引き取る魔氷へと適切な対価を払えるようになる。そちらは最低限の収入が担保される」

「それだけでは不足してはいないかね。我々が握っていた札を公開したのは、純粋な善意によるものだ。見合う対価を保障するのが筋というものだ」

「……その通りだ」


 戦王がソルを見た。その気になれば、魔氷の情報を隠したまま武器を作り、それで脅すような交渉もできたのだ。


「いいだろう。魔氷の産業を発展させるために、現在フロストヴェイルへ住んでいる魔法使いや技師、鍛冶師から希望者を募ってレイクヴィルへ派遣する」


 間違いなく、それは善意の提案だった。

 正しい相手と組んだ、という確信が、ソルの中で深まった。


「なるほど、悪くない話だね。レイクヴィルを最先端の技術が生まれる場所へ変えようというわけか。その投資があれば、将来的に村は大きく発展する」


 一方、レイクヴィルの村長もよく物事が見えている。

 元商人だけあって、将来的な投資への嗅覚は敏感だ。

 これなら政治や経済の面に不安はない。ソルも安心して行動できる。


「大筋に異論がなければ、この話で進めたい。如何か」


 戦王が会議場を見回した。


「待ちなさいよ。重要な前提条件が抜けてるわ」


 アリシアが戦王を睨む。


「”終わらぬ冬”。あなたはそれが来ると信じている。もし今以上に寒い冬がずっと続いたのならば、将来的な発展の話なんて何の意味もないわ。たかが税金免除と引き換えに、レイクヴィルは魔氷と制御装置を生産し続けるだけになるじゃない」


 アリシアも――暗くてトゲトゲした女ではあるが――だからこそ、鋭く切り込む目を持っている。

 技術者としても魔法使いとしても優秀だ。

 ときに性格の悪さが必要になる分野があり、彼女は間違いなく適任だった。


(改めて考えると、この凍土には良い人材が揃ってるな。それに、みんな能力を発揮できる立場にいる。……優秀な人材ばっかり追放して、帝国は大丈夫か?)


 駄目なんだろうな、とソルは肩をすくめ、議事録作成に戻った。


「信じているわけではない。可能性が高いと知っているだけだ」

「根拠は何なの? たかが預言でしょう?」

「……違う。きっかけは預言だが、魔法学園を追放された魔法使いや技師が地脈を調査した結果でもあるのだ」

「地脈を?」


 ソルが呟いた。


「それって、〈エペイロス〉で操れるような……地中を流れる魔力の大動脈のことか?」

「エペイロスが何かは知らんが。いかにも。魔力の流れを調べた結果、数千年に一度のペースで大きな乱れが生じていると判明したのだ。終わらぬ冬にまつわる伝承とも一致している」


 地脈の乱れ。ソルには心当たりがあった。

 賢者として〈エペイロス〉をはじめて使った瞬間、魔力が激しく乱れているのを感じたのだ。


(魔力結晶を作るついでに、多少は整流しておいたけど……駄目か)


「地脈が乱れれば大きな影響が出るわね。土地の質が変わって農業が上手く行かなくなり、異常気象が……」


 アリシアが凍りついた。

 ここ数年、帝国では異常気象が続いている。年々それは悪化していた。


「そうだ。既に地脈の乱れは進んでいる。その末に訪れるのが”終わらぬ冬”だ。世界規模の寒冷化と魔物の凶暴化。それを生き延びるためには魔氷が必須だ」

「……本当だったのか。迷信などではなく」


 村長が不安げに口元を覆った。足が小刻みに揺れている。


「ふ。ニンゲンの学者が調査をしたとなった途端に信じるか。オーク・シャーマンの預言は信頼に足るものだ、と何度言っても信じなかった者が……」

「わ、悪かった。預言者を名乗る人間はたいてい怪しいものだから、似たようなものなのかと思ってしまったのだよ。許してほしい」

「構わん。終わらぬ冬を踏まえて、何か異なる提案はあるか?」

「……一つ聞きたい。終わらぬ冬が訪れても、なお発展の余地はあると思うかね」

「あると信じている。魔氷があれば耐えきれる。それに、”終わらぬ冬”といえど、ずっと寒いわけではない……平均温度は下がるが、同時に気候は不安定化する。つまり、冬に暑い日が来ることもあれば、夏に寒い日が来ることもある」

「生きていけないほどの災厄ではない、というわけだね」

「魔氷があれば尚更だ。険しいことは確かだが」


 それを聞いた村長は、アリシアと小声で会話したあとに、言った。


「先程の案で行こう。いずれにせよ、目先で取れる利益はない。将来的な投資に賭けるべき状況だと、私も思うね」

「よし。では、細かい条件を詰めるとしよう」


 そこから会議のスピードは一気に上がっていった。

 戦王と村長の間で潤滑に話が進み、時折アリシアが突っ込みを入れて問題点を炙り出す。たまにソルが空気を和らげ、新たなアイデアを提案する。


 それは見事な会議だった。

 目的や譲れないラインを出し合いすり合わせ、自らの利益と全体の利益が可能なかぎり最大化されていく。

 ソルが帝国の賢者として出席していたような、何のためにやっているのかも分からないグダグダの会議とは大違いだ。


 会議が終わりに近づいた頃、ソルは奇妙な視線を感じた。


(……ん?)


 いまだ一言も発していない軍師ブラウヴァルドが、奇妙な笑みを浮かべていた。

 あの男だけはソルに一切腹を明かしていない。


(アイツ……何考えてるんだ?)


 ソルの訝しげな視線を受けて、彼の口元はさらに歪んだ。

 結局、会議が終了するまで、軍師ブラウヴァルドは一言も喋らなかった。


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