第四章 人とオークと

第二十九話 制御装置


 薄暗い部屋に、魔法の光が揺らめいていた。

 即席の研究機材が散乱する部屋の中、巨大な魔氷が瞬いている。

 それは拘束具じみた金属に抑え込まれ、安定した魔力を放っていた。


「よし……いいわよ……」


 アリシアが制御装置のダイヤルを回すたび、ぴたりと出力が変わる。

 魔氷の弱点である”不安定さ”を補うためのものだ。


「あと少し……」


 アリシアは出力を上げていく。

 魔氷を包む金属球の表面に万華鏡のような模様が浮かぶ。

 魔力が魔法金属アダマンタイトと干渉している。だが、まだ大丈夫だ。

 彼女は最大出力を維持した。


「三、二、一……ゼロ」


 ふっ、と輝きが消え去った。

 最大出力で魔力を使い切っても制御装置に異常は出ていない。


「やった! 成功!」


 魔氷の弱点は克服された。魔力が多すぎるがゆえの不安定さは、彼女が開発した外付けの制御装置で包むことによって抑えることができる。

 こうしてはいられない。

 実験室の分厚い扉を開き、氷の地下を通って大広間へと駆け戻る。


「村長! 成功したわ! すぐにでも暖房システムに繋いで……あ、ソル!」


 防寒具に雪を積もらせたソルとダンが、広間で暖房の風に当たっていた。


「おお、アリシア! 機嫌がよさそうだな!」

「ええ、そうなのよ! 魔氷の安定化に成功したわ!」

「ってことは、誰でも扱えるような形で生産できるのか!?」

「ええ! 拠点に据え付ける大型動力から持ち運び用の小型動力まで対応できるわ! あらゆる産業の動力になるわよ!」

「すごいな、アリシア! 流石は学園主席!」

「ま、まあ、それほどでもあるかもしれないわね……!」


 アリシアは控えめに胸を張った。


「そういうあなたも楽しそうにしてるけど、旅の成果はあったのかしら」

「ああ! 戦王と組むことになった!」

「戦王と? ……ソル、あの連中は重税を搾り取って圧政を敷いているのよ? 利用されるだけ利用されて、何も良くならない可能性だって」

「その心配はない。アリシアも話せば分かるさ。団長はかなり穏健派だ」

「団長って……呼び方まで感化されてるじゃない」

「まあ、俺、あの戦団の副長って立場になったからさ」

「は!?」


 アリシアが間抜けな顔で叫んだ。


「どういうことよ!? 何があったの!?」

「色々とあって……戦王の娘と決闘して、勝った」

「はあっ!? オーク相手に!? どうやって!?」

「頑張ったんだ!」

「頑張った、じゃないわよ! それで勝てるんなら誰も苦労しないわ!」

「ソルは頑張ったぞ。おれも頑張った」

「あ、ああ……ダンも……頑張ってたかも……木の役とか……」

「木の役って何!? ほんとに何があったのよ!?」


 アリシアが頭を抱えた。


「……何があったにしても、あっさり信じては駄目よ。人間とオークの溝は深いわ。今にも裏切って、ここを襲撃して魔氷を奪ってくるかもしれないわ」

「そのつもりなら、とうにしている」

「ええ、そうでしょうね……? え? あれ?」


 アリシアの背後に、大きな影が伸びた。


「状況は変わったのだ、アリシア。十分な物資が手に入るならば、我が圧政を敷いて治安を維持する必要はない」

「せ、戦王……?」


 恐る恐る振り返ったアリシアが、巨大なオークを見て後ずさった。


「しばらくぶりだな。元気そうで何よりだ。我の圧政を打ち倒す夢の進捗はどうだ、アリシア」

「……おかげさまで、進捗は台無しになったみたいね。また失敗だわ」

「それで失敗は何回目だ? よくもまあ、無謀な試みを飽きずに繰り返せるものだ。尊敬する」

「帝国に負けて尻尾巻いて逃げた男にだけは、失敗がどうとか言われたくないわ」


 二人はどちらも苦虫を噛み潰したような顔になった。


「過去はどうでもいい。状況が変わったのだ。十分な物資が手に入るのなら、圧政を敷く必要などはない。ある意味では、魔氷によってオークの圧政は倒れた、と言える。手柄の一部は貴公のものだな。おめでとう、アリシア」

「ええ、どうも……」


 彼女は不信の目線を戦王に向けている。


「信じられないか? あれを見ろ」


 地上へと通じる出入り口から、次々と物資が搬入されてくる。

 今まで戦王が村から取り立ててきた税金の一部だ。


「この村は税を返還するまでもなく豊かなようだが、我なりの謝罪だ。他の村にも同じように物資を返している」

「……そんな事をして、部下のオークたちは怒り心頭でしょうね。何回ぐらい腰抜け呼ばわりされたのかしら」

「ああ、何回も腰抜け呼ばわりされたとも。我が斧の柄に手をかけたとたん、みな黙り込んだがな。とはいえ、離反の動きは抑えきれない。戦争になるだろう」

「私は手を貸さないわよ。自分の尻ぐらい自分で拭きなさいよね」

「無論だ。他人に尻を貸す趣味はない」


 戦王は腕を組み、搬入作業をしているオークを一瞥する。

 宙空に火花が散っていた。オークの内戦は避けられないだろう。


「あれは我が対処する。魔法使いは魔法使いらしく、魔法のことだけ考えておけばよい。スノードリフト地方の命が掛かった仕事だ。励めよ」

「指示を受ける筋合いはないわ。そこの炎バカと違って、私は部下じゃない」

「炎バカ!?」


 搬入を手伝っていたソルが振り返り叫ぶ。


「……だが、あの炎バカは我が部下だ。そしてお前は、どうも、そこの炎バカの指示ならば何でも喜んで聞きそうな顔をしていた」

「炎バカ!?!?」

「う、うるさいわね! 指示ぐらい聞くわよ、恩人だし!」

「炎バカ!?!?!?」

「本当にうるさいわよ!? なんか顔までうるさいわよ!?」

「この俺が暑苦しくてうるさい顔をしているって言うのか!?」

「明らかに自覚ありそうな言い草じゃない!?」


 ふっ、と戦王が穏やかに笑った。


「仲が良くて何より。そろそろ退散するとしよう。これ以上はお邪魔だろう?」

「最初っからずっと邪魔だわ」

「その調子だから友人がろくにできないのだぞ、アリシア」

「余計なお世話よっ!」

「炎バ……」

「ソル、それ引っ張る要素あった!?」


 刺々しいのか和やかなのかはともかく、砕けた会話だった。

 戦王は頭の柔らかい男だ。身分や立場の上下にはそこまでこだわらない。


(……確かに、うまくやれるかもしれないわね……? ん?)


 アリシアの視野に、物陰から突き出されて揺れている木の枝が目に入った。

 狩人の手が見えている。


「ダン、あんたはいったい何をやってるのよ!?」

「……面白くなかったか?」

「いや、面白いっていうか、何? あ……木の役っ!?」

理解わかって貰えたか……」

「何にも分からないわよ! 結局何があったのよ!?」


 アリシアは既にもうこのバカ共が留守だった頃が懐かしかった。

 静かで、一人で、暗く冷たい……そういう世界が。


 ……でも、こういうのも悪くはないか、と思い直した。

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