そして帝国の陽は落ちる(3)


 帝国が冬に入った頃のこと。


「ロークよ! 仕事が遅いのではないか!?」


 賢者ロークは皇帝に呼びつけられ、怒鳴りつけられた。


「帝国の財政は、あの魔力結晶にかかっているのだぞ!? 分かっておるのだろうな!?」

「分かっていますが、精製作業は極めて難しいものですから」

「あのソルとかいう男が一日に何個も作れたものを、お前は数日で一つも作れないというのか!?」

「はい。その通りです。ですが、彼は並外れて基礎が優秀な魔法使いで」

「そこまででよい」


 皇帝が玉座の膝掛けを叩いた。


「貴様はクビだ。次の賢者を探す」

「はい!?」


 ロークが考えていたよりはるかに速いクビの宣告だった。


「だが、賢者が空位になるのは面倒だ。あと三日だけ賢者をやっておけ」

「……分かりました」


 ロークは皇帝の間から退出した。

 あと三日でクビ。いつか来るのは分かっていても、つらい現実だ。

 もともと賢者という職は”宮廷キャリア”の行き詰まりなので、辞めたあとは田舎へ行って魔法の教師でもやろうと思っていたロークだが、流石に早すぎる。


「せめて、ソルの仇だけでも……」


 ソルの追放を進言したのは帝国魔導院のトップであるランメルスだ。

 追放といえば聞こえはいいが、事実上は処刑に近い。

 人間がまともに生きられる場所ではないのだから。

 いくら炎魔法使いとはいえ、極寒の地に放り込まれれば普通は寒さに負ける。


(生きてると思いたい、けれど)


 死んでいる可能性のほうが高い、とロークは思った。

 仇。その言葉の重みが、彼の脳内で増していく。


「賢者様、皇帝はなんと……?」

「あと三日でクビだそうですよ」


 近くで待っていた秘書が目を伏せる。


「……残念です」

「ええ。ですが、あと三日ありますから。頼みたい仕事があります」

「はい」

「ランメルスについて調べたい。あなたは書類の方面をお願いします。私は……ちょっとソルの真似をして、人間の方面で調べてみようかと」

「辞めておいた方が良いですよ」


 秘書は強く止めた。


「そこを突くのは……帝国の闇ですから。本当に、辞めておいたほうが」

「この国に闇じゃないところがありますか?」


 ロークは皮肉っぽく言った。


「私にはね、すごく優秀な姉がいまして。北で難民絡みの慈善事業をやっているのですよ。彼女が学園を卒業してから、毎月必ず手紙を送ってくれているんです」

「立派なお姉さんですね」

「ええ。でも不思議なことに、三ヶ月に一回ぐらいしか手紙が届かないんですよ」


 さりげなく周囲を警戒しつつ、ロークが続ける。


「……検閲ですか」

「ええ。手紙に書かれては困ようなことを帝国はやっているようで。暗号でそれとなく検閲を伝えたら、姉は暗号で北方の現状を書いてくれましてね」

「内容は?」

「亜人と魔族を大陸から消滅させる気でいるしか思えない、と」

「……えっ!?」

「その手紙が一年前。それから姉は音信不通になりましたよ」


 あまりのことに、秘書は言葉を失っていた。


「ところで、あなたはソルと一緒に仕事をしていましたか?」

「いえ。前任は彼と同じタイミングで辞めて、それっきり……」

「では、彼と一緒に仕事をしていた秘書も消されたかもしれませんね」


 ロークはため息をつく。


「そういうことなら、無理にとは言いません。聞かなかった事にしてください。私一人でやりますから」


 秘書はしばらく悩んだあと、小さく謝り、今日の仕事を早退した。

 きっと大切な家族や恋人や友人がいるのだろう。

 巨大な敵と戦おうとすれば、自分一人の犠牲では済まないのだ。


「ソルの秘書ですら消されたなら、やはり彼も何かを掴んでいたのでしょうか。そうなると、ソルを追放させたランメルスは更に黒い……」


 彼は事務室に向かった。歴代の賢者と秘書が書類仕事をしていた部屋だ。

 かつて賢者は国を導く役職だったので、様々な情報が集まっている。


「整理整頓は……されてますね。よし」


 残されているファイルを一つ一つ確かめていく。

 完璧な時系列順で整理された資料の棚に、いくつか不自然な空きがあった。

 しかも、無くなっているのは特別な資料だけではない。予算などのありふれた資料が一年だけ抜けていたりする。


「なるほど」


 次に、彼は帝国魔導院に就職した同級生を尋ねた。

 カーレイン、という名の、小回りのきく要領のいい男だ。


「資料整理を命じられたのですが、いくつか書類が紛失していまして。これをどうにかしないと、私はともかく秘書のクビが危ないのです。何とかなりませんか」

「ああ、そういえば……魔導院の書庫で資料がダブってるの見たことあるな。アレなら持ってきてもバレないかもしれない。無くなってるのはどれだ?」


 ロークは紛失した資料を伝え、書庫で探してもらった。

 無事に同級生が戻ってくる。


「……その、この事が漏れると大変ですから」

「分かってるよ。内緒だろ。しかし意外だな、優等生のお前がこんなこと」

「お互い大人になったってことじゃないですか」


 ロークは資料を自宅へと持ち帰った。

 大半はまっさらで、パッと見て不自然なところはない。

 だが一つだけ、直筆のメモが書かれた予算の資料があった。


「会議のメモですか。どれどれ」


 くだらない議題の中に、気になるものが紛れている。

 ”オーク自治区”、”亜人族自治区”。

 どうやら誰をどこに出張させるかのメモのようだ。

 ”天然資源”という単語も書かれている。


「天然資源?」


 何故だか、その単語はロークの脳裏にこびりついた。

 だが、予算を見る限り、特に不自然なところはない。

 ただの鉱山や魔石からの収入のようだ。


「……駄目ですね。まだ、手がかりが足りない」


 資料を読み込んだが、まだ何も見えてこない。

 何が隠されているにせよ、巧妙に隠されているのは確かだ。

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