第二十七話 決闘
「〈ファイアボール〉!」
「無駄だっ!」
炎球が決闘の火蓋を切った。牽制だ。当然のごとくかわされる。
ザルダは回避しながらも斜めに距離を詰めてくる。
ソルは後退しながら更に魔法を連打した。
炭鉱内の戦いと同じで、重要なのは位置取りだ。
付かず離れず。足場の悪い雪原を、靴底の鋲を頼りに駆け回る。
「それで本気か? 体力勝負なら負ける気がしねえがな!」
「俺はいつでも本気だ!」
だが、後退するソルと前進するザルダでは、根本的な移動速度が違う。
間合いは瞬く間に詰まり、彼女の大剣が煌めいた。
凄まじい風切音。必死の斬撃をギリギリのところでかわす。
「これで不殺の決闘なのかよ!?」
威力がありすぎて、完全に振り切った形になっている。
後隙が見えた。反撃……に入りそうになったソルが、慌てて飛ぶ。
思い切り振り切った姿勢から、ザルダの体がバネのように伸縮し、恐るべき速度の二撃目が放たれる。
「っ! 危なっ!」
「釣られないか! 基礎は悪くねえな!」
わずかに距離を取ったソルが、走りながら〈ファイアボール〉を連射する。
外れた炎球が雪原に当たるたび、激しく水蒸気が吹き上がった。
命中する気配はない。それでいい。
最初から、直撃させるのが目的ではない。
「……!」
ザルダが足元を見る。
繰り返し〈ファイアボール〉が着弾したことで彼女の周囲の雪は溶け、ドロドロとした最悪の足場が作られていた。
(気付かれた!)
決闘が始まってから、ソルはずっと足場を荒らしていた。
どんな剣士も、支える地面がなくては剣を振るえない。
(二度目はない! ここだ!)
はじめてソルが前方へと駆ける。
同時に、商人からもらった回復と身体強化の魔法薬を使った。ここが勝負所だ。
「〈ファイアワークス〉!」
花火の束がザルダの目前で弾ける。
四方へ飛び散る炎がひとりでに動き、視界を遮るような位置で留まった。
花火で”ごめん”の文字を作った時と同じく、魔法で炎を操っているのだ。
(視界は切った。足場は悪い。あとは!)
「……来い!」
「〈ファイアボール〉!」
炎球を、左にズラして撃つ。当たればよし。
だが、きっと避ける。
(彼女は優れた戦士だ。なら、ズレを見抜く。避けやすい方向に動く)
右へ飛び出してくるはずだ。足場は悪く、選択の余地はない。
考えに考え抜いたセットプレイは大詰めを残すのみ。
彼女より速く、勢いのままに剣を振り抜け。
「だああああっ!」
現れるはずの地点へと、剣撃を放つ。
空振り。
姿が見えない。
「なかなかやるじゃねえか」
背後で着地の音がした。
斬られる……と思ったが、その様子はない。
(何が起こった?)
思考がフリーズする。
(あ……上だ! 足場が悪くても、上に飛ぶことはできる!)
炎球を避けるために、彼女は大きく跳んだ。
まだ攻撃が来ていない。ということは、今……。
(背中合わせだ!)
瞬時に振り向き、ソルが斬撃を放つ。
剣が壁にぶつかった。……かのように錯覚するほど、重い手応え。
魔法剣が大剣と衝突し、圧倒的な力で押し戻される。
同じ振り向きざまの一撃でも、威力が違う。
だが、足場が悪い。ソルもザルダも、衝突の勢いで雪原を滑った。
おかげで間合いが遠ざかり、ギリギリのところで大剣が外れる。
「驚いたぜ。ただの薄っぺらい小細工じゃない。まともに中身がある」
ザルダが水溜りをべちょべちょと踏み鳴らした。
「マグレの一撃狙いじゃねえ。ニンゲンなりに必死で考えたってわけか」
「……言ったろ。俺はいつでも本気だ」
「口だけじゃないってわけかよ」
ザルダが大剣を担いだ。
気配が和らぐ。どうやら、彼女はソルのことを認めたようだ。
「一ヶ月待て、と言ってたよな。徴税の時。戦いぶりを見た今なら、あれが嘘じゃねえのは分かる。一ヶ月あったら、お前は何が出来るんだ?」
「その話は、決着がついてからにしよう」
ソルが魔法剣を構える。
「オレに勝つ気かよ。気に入ったぜ」
ザルダが獰猛に笑った。
「今ので全部なわけじゃねえよな。ありったけ見せてみろよ!」
「ああ、行くぞ!」
ソルは接近戦を挑む。足場が悪ければ、体格差の影響は減る。
今ならばオークとでも打ち合えた。
高度な攻防が繰り返される。純粋な剣技ではザルダが上だ。
だが、合間に〈ファイアボール〉を混ぜて揺さぶるのが効果を出している。
魔法と剣の二刀流だ。互いに威力を失った今、手数を持つソルが強い。
それでもザルダは容易に崩れない。
全ての攻撃を捌き、ぞっとするほど鋭い反撃を放ってくる。
そうして、少しでも足場のいい場所へと後退していた。
「攻守交代ってか。このオレが、ニンゲン相手に守勢かよ」
ソルは〈ファイアボール〉をわざと外し、後退先の足場を潰していく。
いったん逃せば二度と網にはかからない。薄氷を踏むような優勢だ。
「……おっ!」
ザルダが急激に反転し、ソルへと素早い一撃を放った。
溶けた雪の下にあった氷がちょうどよく足場になったようだ。
「っ!」
あまりに重い一撃を、何とかソルが受け止める。
だが、姿勢が崩れた。更に攻守が交代する。
二撃、三撃……追撃を食らうたび、ソルは苦しくなる。
(まだ、隠し玉はあるぞ……!)
ザルダは追撃を焦りすぎている。隙があった。
「〈マジックファイア〉!」
「なっ!?」
ソルの剣が炎を纏う。
彼はここまで一度も”魔法剣”で魔法を使っていない。
予想外の奇襲だ。
「喰らえっ!」
魔法剣へと魔力を注ぎ、剣を振るう。
遠心力で飛び出した魔力へ乗って、魔法の炎がザルダを襲う。
〈魔族〉はその名の通り魔力への依存度が高い。魔力で燃える〈マジックファイア〉との相性は最悪だ。
「ハアッ!」
……の、はずなのだが、ザルダが気合の叫びを上げた瞬間、炎が消えた。
「お前、遠慮がねえな!? そいつは帝国の対魔族魔法だろ!?」
帝国と戦ってきたオークたちは、対抗策を編み出していたようだった。
「……刃のついた剣を振り回して戦ってるのに、今更だろ!」
「ハッ、違いねえや!」
炎を纏った魔法剣と大剣が打ち合う。
対抗策があるとはいえ、当てるだけでも厄介な炎だ。三度攻守が交代した。
それでも、まだ決め手はない。
完全に泥仕合だった。
ドロドロの足場の中、切り合いは延々と続く。
(……ダンのやつ、こいつ才能頼りだから泥仕合にすれば脆いとか言ってたけど、ぜんぜん脆くないぞ!? どう考えたってちゃんと訓練してる!)
ソルは魔法剣から尾を引く魔法の炎を操り、ザルダへ奇襲を仕掛ける。
だが、彼女が気合の叫びを上げると、やはり炎は打ち消された。
(意図的に魔力を放って、体から炎を引き剥がしているのか)
分かったところでどうしようもない。
泥仕合は延々と続く。
(ここまでやっても勝てないのか?)
萎えそうになる心を、ソルは必死で奮い起こす。
必死に考えた策のほとんどは決め手にならなかったが、まだ、ある。
自分を信じろ。ソルは気力で体力を補い、泥仕合を引き伸ばす。
(あと残ってる仕掛けは……一つ……)
ソルは最後の大仕掛けに意識を向ける。
その瞬間、積み重なった疲労がついに足にきた。
わずかに体の動きがズレて、ソルが氷雪の上に転ぶ。
「ッ、やっとかよッ!」
ザルダが好機と見て、大きく踏み込んだ。
次の瞬間、バキッ、と氷の割れる音がした。
「は?」
乱打される炎と、ソルの持つ気温上昇の加護。
そのせいで、足元に張った氷は溶けている。
(最後の大仕掛け!)
フロストヴェイルの鉱山街には、凍った川があった。
街の入口近くにある橋も、そこを川が流れている証拠だ。
この決闘は、一段低い道のようになった雪原で。
つまり、凍った川の上で行われている。
ここがもっとも平らで足場のいい場所だからだ。本当なら溶ける心配もない。
だが、ソルが連打した炎魔法、それと温度を上昇させる〈加護〉のおかげで、氷を溶かすのに十分以上の熱が入っていた。
「嘘……だろ!?」
脆くなった氷を踏み抜いたザルダは、あえなく冷たい川に転落した。
完全に落ちてしまう前に、ソルは彼女の手を掴む。
「俺の勝ち、でいいよな?」
「こんな決着、偶然だろ……って、おい、まさかここまで!?」
「まあ、一応ね! 俺、工夫するのは結構得意なんだよ」
「マジかよ」
ザルダが体を震わせる。
「……お前、すげえんだな」
「ありがとう」
ソルは彼女の重い巨体を必死で引き上げた。
川の水で下半身がずぶ濡れだ。
ソルは魔法剣に炎を纏わせ、焚き火がわりに地面へ置いた。
「はあ……くそっ、完敗だ。これだけ体格で勝ってんのに、タイマン勝負で負けるなんてな。あーっ、マジかよーっ! 負けたかーっ! クソーッ!」
魔法剣の前にあぐらをかいたザルダが、悔しそうに叫んだ。
「……ま、マグレで負けた訳じゃねえ。そこまで悪い気はしねえが。で、あれだ、ほら……一ヶ月で何が出来るかって話、聞かせてくれよ」
「ああ、そうだね」
話しても大丈夫だ、とソルは判断した。
”戦えば、互いのことが分かる”というザルダの言葉は嘘ではなかった。
彼女は訓練をしっかり積み上げ、基礎力で戦っていた。
彼女は真摯だ。文化や価値観が違えども、それがはっきりと伝わってくる。
(信じてもいい)
自信を持って、その判断を下すことができる。
決闘は無駄ではなかった。
(ん?)
ソルの視界に、遠くの木の後ろから顔を出している人影が見えた。
決闘を見守っていたダンだ。助けに入らなくていいことを確認すると、彼は木の後ろに戻った。
左右からにょきっと木の枝が突き出して、わざとらしく揺れている。
(……いや、そんな……学芸会の”木の役”みたいなことしなくても)
ソルは首を振って、ダンの奇妙な行動を頭から追い出した。
あの男が変な事をするたび気にしていたら、一生ずっとダンの事ばかり考えることになってしまうだろう。
「何やってんだ、あいつ?」
「気にしないほうがいいよ」
それから、ソルはザルダへと”魔氷”についての話をした。
この凍土には、莫大な魔力資源が眠っている、と。
「……マジかよ!?」
顎が外れそうなほど派手に驚愕している。
当然の反応だった。
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